第104話 手掛かり


悪魔との戦いの翌日。いや、正確には何日経ったのかは分からない。

何年も何十年も眠っていた気分だ、中天に輝く変わらない太陽を見ながらもそう思った。


『や、良く寝てたね。君はもう少し自分の睡眠時間を考慮した方がいい』


「……く、ろ?」


『それ以外何に見えんの?』


寝転がったままの僕に呆れたと『黒』は歩き去る。

観念して体を起こすと、生き生きとした緑が飛び込んできた。

まるで光の洪水、ここは暖かく柔らかい緑に満ちている。


「おはよう」


「おはよう……君、誰?」


隣に座っていた見知らぬ少女は、焦げ茶色の触覚を力なく揺らした。


「助けてくれたって聞いた、ありがとう」


「え? あ、あぁ…どういたしまして」


少女は丁寧に頭を下げ、定まらない視点が地に向いた。

悪魔との戦いはどうなったか、まだ思い出せない。

僕の記憶は胡乱なままだ。


「ひーめーこー! たっだいまー!」


「おかえり、ロージー」


紅色の翅をばたつかせてロージーが駆け寄る、その腕には果物が抱えられていた。


「姫子さんだったんですか、気づきませんでした」


「そうなのー! 繭に入る前とはもー別人、前から可愛かったけど、今はもっと可愛いでしょ!」


「あ、うん。それよりウェナトリアさんは?」


このまま放っておけばロージーは延々と姫子について語り出すだろう。

繭に入る前と比べられても僕はその頃の彼女を知らない。

それを避けるために話を逸らす、ウェナトリアに話したいこともあった。


「国王様は各民族にお知らせ中、ずっと眠ってたからさ、その原因と今後の対応について色々あるみたい。一国の王って大変なんだなーって感じ」


「へぇ……じゃあ、『黒』は?」


ウェナトリアとの話はまた次の機会に、国務を邪魔する訳にはいかない──大臣とかいないのかこの国は。


「向こうに歩いてったけど行かない方がいいよ?」


「どうして?」


ロージーはニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべ、もったいぶって話す。


「いやー、ほら。逢引は邪魔しちゃダメよ。うんうん」


「逢引って……『黒』が?」


「ほら、あの金髪の綺麗な天使様。禁断の愛ってやつ? あれ、天使って性別無いんだっけ? まぁどっちでも……って、ちょっと!」


嫌な予感に思考が支配され、ロージーの話など聞かずに飛び出した。

そんな低俗な感情を『黒』が抱くとは思えない、良くて決闘悪くて──考えるのも恐ろしい。


木々をかき分け木霊を蹴散らし、辿り着いたのはうら寂しい湖畔。

この場所だけ世界から切り取られたように現実感のない物悲しさに満ちていた。

生き物、木霊すらも居ないのは天使と天使でもあるモノの所為なのか。


『やぁ嬉しいな、君から私を誘ってくれるなんていつぶりだろう』


真昼間だと言うのに月に等しい美しさ、オファニエルは心の底から喜んでいるようにも見えた。


『誘ったこと無いと思うけど?』


『黒』の姿は悪魔との戦い以前に戻り、苛立ちを隠さずオファニエルを睨んだ。


『それで、話とは何かな。私としてはこのまま君と他愛のない話を続けていたいけれど、君はそうでもないようだ』


『そりゃ、君との接触は最小限に抑えたいからねぇ』


縋るような目で見つめるオファニエルを一蹴する。

可哀想で泣きそうになってきた、見ている方が損を食う。


『賢者の石についてちょっと聞きたくてね。君、石好きだろ?』


『私が普段扱っているのは月永石だけで、それ以外の石はあまり……あぁでも、一つだけ』


二人の話は賢者の石について、だ。

"あの"『黒』が僕のために嫌いな奴と話している、だって? 信じられない。

人のために働くような性格ではないと思っていた、考えを改める必要がある。


『希少鉱石の国、知ってるかな』


『前々回の封印の直前に天使長が呪いをかけた国だろ? 知ってるよそれくらい』


『だけどこれは知らないだろう? その国にはまだ錬金術の文化が色濃く残っている。

ただ最近クローンを作り出したとかで、調査をするかどうかが天界で協議にかけられているんだよ。邪魔が入らないうちに何かしたいなら、早くした方がいいと思うよ』


『ふぅん? ま、頭の隅っこにでも入れとくよ』


ふざけた対応をしつつも、『黒』の表情は珍しく真面目だ。


『賢者の石について研究している科学者がいるそうだよ、訪ねてみるといい』


『へぇ? 耳の遠いおじいさんかな?』


『いいや、六徳・刹那。まだ若い女だよ。数百年見た目は変わっていないけどね』


『……あ、そ。不老不死ってわけ』


挨拶もなしに『黒』はオファニエルに背を向ける。

僕が来た道とは違った道を通り、僕の居た方へと帰って行く。

放置されたオファニエルは寂しげに、だがどこか嬉しそうに自らの翼を抱き締める。


『あぁ……やはり君が欲しい、あのゴミを見るような目も素っ気ない言葉も、最近クセになってきた……あぁ、あぁ、早く首輪を完成させてしまわなければ!』


見なかったことにしよう、そうするべきだ。

僕の精神の健康のために、彼女の名誉のために。

オファニエルの声に耳を閉ざし、来た道を戻った。


『あ、おかえり。どこ行ってたの?』


林檎を齧りながら『黒』は目を丸くした、寝起きの悪い僕が出歩いていたのがそんなに意外なのか。


「ちょっと散歩」


『黒』の後を追っていたとは言わない、ロージーにも目で伝えた。

伝わりはしなかったが、姫子の世話を焼くので忙しいようで『黒』に話しかける様子はない。


『そう? まぁいいや、次の行き先決まったよ。今度は確実だから』


さっき聞いた、なんて口を滑らせないように黙って聞こう。

あんな態度ではあったが、『黒』は天使を信頼──いや、信用しているらしい。

そして僕は希少鉱石の国について、錬金術がどうこうと先程の話をもう一度聞いた。

退屈極まりない時間ではあったが、僕のために話してくれているのだと思うと眠気も飛んだ。


すぐにでも出発と言いたいところだが、僕はウェナトリアに謝らなければならない。

その日も木陰で野宿をし、木霊に集られて眠った。

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