第101話 顔隠しの国王


咄嗟に土に爪を立てる。

だがそんな抵抗には何の意味もない、僕はそのまま穴の反対側に引きずられていった。



ようやく離され、何とか起き上がる。

植物の生えている地まで戻されたらしい、僕を引きずってきた男は大木に身を預けている。


「誰? なんで僕をここに?」


戦闘となれば僕に生き残る道はない、出来る限り温和に対応しなくては。


「私は国王ウェナトリア、まずは先程の非礼を詫びよう」


「え? あ、あぁ……ご丁寧にどうも」


深々と頭を下げる男、予想と違った反応に返事が遅れた。

彼は顔を黒い布で隠している、それ以外に不審な点はない。

国王というのは本当だろうか? その風格はある。


「あの穴はとても危険だ、特に今はね。人間を近づけたくない」


「はぁ……そう、ですか?」


人間には危険……

まるで自分が人間ではないような物言いをする、今までに見た国民と違って人間にしか見えないというのに。


『ヘル!』


『黒』の叫び声だ、翼を生やして猛スピードでウェナトリアに突進する。

足を顔に叩き込むつもりだったのだろう、だが『黒』は足をガッチリと掴まれてしまった。


「連れの娘か、悪いね」


ウェナトリアは片手で軽々と『黒』を振り、大木に叩きつけた。


「君達に危害を加える気はない。国王として君達を危険な目に遭わせることは出来ないのだよ、すまないね」


大木にめり込むほどの威力だったが、『黒』に怪我はない。

僕を背に隠しウェナトリアを睨みつける。


「非礼を詫びよう、美しいお嬢さん」


『国王……って言ったね』


「ああ、どうぞ気軽にウェナトリアと」


『じゃあ、この国に起こってることも理解してるよね?』


ウェナトリアの希望には答えず、挑発するように言った。

顔の半分を隠す布のせいで彼の顔色は伺えない。

緊迫した空気を切り裂くように、明るい声が聞こえた。


「国王様! こんなところで何をしていらっしゃるのですか!」


走ってきた女ロージーは息を切らしながらも恭しくお辞儀をした。


「悪しき風習を私の代で終わらせようと思ってね、だがアレを怒らせたみたいだ」


アレというのはこの国に呪いをかけた悪魔のことか? 言い伝えの穴に棲むものか? 僕はそれを聞きたかったのだが、ロージーの興味は別の方にあった。


「風習……そうだ国王様! 姫子は無事なんでしょうか。私、心配で心配で、どうしようもなくて」


「無事は無事だが、今は会えない」


困惑と希望の入り交じった顔をするロージーに、ウェナトリアは目だけで少女の居場所を示した。

そこは人為的に木に開けられた穴だ、よく見れば淡い光を放っている。


「アレから隠すためとはいえ、多少手荒だったな」


「姫子! あぁ……あぁ、無事だったのね、姫子」


感激しつつも走り寄るような真似はしない、遠巻きに穴を眺めるだけだ。


『アレって?』


僕も忘れていた僕のして欲しい質問。

心の中で『黒』に感謝する。


「大穴の底の悪魔だ、名を呼ぶと見つかってしまうからね。生贄が来ないからと呪いを撒き散らしているのだ、私もそろそろ危ないな」


『王様は呪いに強いんだねぇ、流石は軍神と恐れられただけはある』


「知っているのか」


『有名な話さ、武術の国の軍曹様、天使すらも退ける最強の亜種人類。

そして強い悪魔の支配する島に住むことで天使の襲来を避けるというその策士っぷり、全く素晴らしいよ』


どこかトゲのある話し方だ、叩きつけられた事を根に持っているらしい。

やはりウェナトリアも亜種人類なのか、だが見た目には分からない。


「完全とは言えないがね、人間は欲深いから」


珍しいとされる亜種人類は闇で高値で取引される。

奴隷として剥製として、人の尊厳を奪われる。


『君は随分と人らしくない話し方をするね』


「私は人から外れすぎている、国民を守るためとはいえ……私は化け物に等しいだろう」


『見た目には気を使っているみたいだね』


ウェナトリアは一瞬僕の方を向いた、唇を醜く歪ませて。


「人は私の姿を気味が悪がるだろう?」


『どうかな? この子は化物見慣れてるよ』


ウェナトリアはじっと僕を見つめる。

もっとも、目を隠している以上本当の目線は分からないのだが。

僕は優しい彼に辛い思いをさせないようにと、出来る限り社交的な笑みを作った。


「僕はどんな見た目でも気味悪がったり怖がったりしませんよ」


「……そうかい、ありがとう」


『見たら後悔すると思うけどね、君虫苦手だろ?』


嘲笑うように『黒』は言う。


「とりあえず家においで、夜になればアレが森を歩き回る」


結局、ウェナトリアは僕に素顔を見せなかった、『黒』の言葉を気にしているのだろうか。



ウェナトリアの家は木に開けた穴だ、横穴の奥には淡い光を放つ糸の塊がある。

一国の王とは思えない部屋だ。


「あぁ……姫子、姫子」


「触ってはいけないよ」


光る糸の塊を恍惚とした顔で眺めるロージー、たしなめるウェナトリア。


「あれが姫子さん?」


「繭の中にいるよ、出てくる頃には美しい大人の女性になっているはずだ」


人が一人入るかどうかという大きさだ、糸はどこか儚げな輝きを放っている。


「あと二、三日か。その間は家を変えられないな」


「王様なのにお城とかに住んでないんですね」


「決まった家はどうも性にあわなくてね」


優しい形に変わる口、顔の半分しか見えない彼の感情を汲み取る手段は乏しい。

だが口だけでも十分なくらいに彼はニコニコと笑っていた。


他愛もない話で盛り上がったが、幸せな時間はそう長くは続かない。

今の今まで静かだった頭の上の木霊こだまが震えだし、それと同時に地面が揺れた。


『悪魔の気配だねぇ、どーすんの?』


「奴にこの光が見つかったら終わりだ」


僕にも分かる、強大な悪魔の気配。

ウェナトリアは用意していた遮光布で入口を塞ぐ、悪魔の足音はだんだんと大きくなる。

僕は頭の上の木霊を掴む、しっかりと押さえられた木霊はカラカラという音を止めた。

ウェナトリアは身振り手振りで静かにするように伝えるが、ここで騒ぐ者などいるわけがない。


悪魔はこの近辺を彷徨いているらしい、去るように祈りながら、夜は更けていく。

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