第100話 御白様


その白は生贄の印。


だからあの娘の親は子供が流れたと嘘をついた。

あの娘の親は成人するまで子供を外に出さないと決めた。

成人してしまえば生贄には出来ない。


隣に住んでいた私は、あの娘の親とも仲が良かった。

家に遊びに行った時にあの娘と会ったが、絶対に口外するなと言われた。

だけど幼かった私は、話してしまった。


「パパ、ママ、お隣さんの赤ちゃんすっごく可愛いの! 肌も髪も真っ白なの!」


両親はそれを族長に報告した。

程なくしてあの娘の両親は事故で亡くなり、私の家には大量の報酬が与えられた。

族長に引き取られたあの娘に私は毎日会いに行った、それは償いに近かった。

あの娘の両親が殺されたのは私のせいなのだから、あの娘の両親を事故に見せかけて殺したのは私の両親なのだから。


「ねぇロージー、外が見たいわ」


「……窓からだけよ。アナタを外には出せない」


あの娘は体がとても弱かった、生贄として大切に育てられているからなのか、成人する必要がないからなのかは分からない。

縄梯子を掴む力もない、魔獣を退けることは出来ない。

族長は私に外に出たがるあの娘の見張りを命じた。





カラカラ、カラカラ、頭の上に乗った木霊はずっと揺れている。

言葉を繰り返さなくなったのはいいが、これはこれでうるさいのだ。

涙ながらの彼女の話がよく聞こえないではないか。


『それで、族長さんも寝てるの?』


「ええ、叩いても起きないのよ」


『ふぅん……どうして君は無事なのか。』


「無事って訳でもないわよ、さっきまで眠っていたもの。姫子が心配で頑張って起きてるの」


『頑張りで悪魔の呪いを防げるとはねぇ……ま、耐性が異常に高いのはたまに居るから、不自然って程でもないけどさ』


頭の上の木霊を掴む、涙混じりになり細くなっていくロージーの声が聞き取れないからだ。

それに木霊に気を取られては道に迷ってしまうかもしれない、この木の密度なら前を行く二人を簡単に見失うだろう。


『で? その娘は死んだの?』


「なっ!? ち、違う、違うわ! 姫子は生きてる! そうじゃなきゃ……私はもう、生きていけない」


『仲のよろしいことで。希望的観測は大事だけどね』


ロージーは俯き、それきり何も話さなくなった。

心の底ではもう生きてはいないと思っているのだろう。

重苦しい沈黙に包まれた、その時だ。

ロージーは突然歩みを止めた。


「ロージーさん? どうかしましたか」


「……ここ、アイツらの縄張りよ」


「アイツら?」


前に回り込み顔を覗く、女の顔は真っ青だ。

大きな目は恐怖に満ちている。


「ホルニッセ族よ、ここならまだ間に合うわ、引き返して違う道から行きましょ」


『寝てるんじゃないの?』


「……分からない」


『ま、僕はどっちでもいいけどさ。君の友達は大丈夫なのかな』


意地の悪い笑みを浮かべながら、挑発するように両手を広げる。

『黒』の悪い所が出ている、僕は彼女達のやり取りから目を背けることにした。

決定権は僕にはない、嫌味の言い合いに発展しないように祈った。


「姫子! でも、アイツらに見つかったら……でも、姫子が……でも!」


『迷ってる間にも時は進む──なんてね』


「……アンタ、天使なのよね」


『でもある、って感じかな。正確には違うし』


「人間如きに遅れは取らない、そうよね」


ロージーは縋るような、脅すような目をしていた。


''人間''


僕にはどうしても彼女が人には見えない、魔物やその類に見えてしまう。

頭では分かっていてもどうしようもないのだ。

ホルニッセ族とかいうのも彼女と同じ亜種人類なのだろう。


『どうかな』


不敵な笑みを浮かべる『黒』だが、戦闘となれば人間に劣る。

『黒』の能力は自分だけに作用するもの、その気になれば僕の方が強いかもしれない。

だがロージーは『黒』を強いと勘違いした、『黒』の思惑通りだ。


「大丈夫ね? なら早く最奥に行くわよ」


『止まったのは君なんだけどね』


再び歩み始めたロージーには聞こえない程度の声でそう呟く、全く……性格の悪い。


「姫子、私の姫子、待ってて」


森を行くうちに小走りなるロージー、気持ちは分かるが体力の温存は必要だ。

置いていかれても困る、僕は歩くように声をかける。

苛立ち気味に振り返ったロージーは、足を何かに引っ掛けて尻餅をついた。


『あーあ、大丈夫かな? ちゃんと前見て歩かないと』


「誰のせいだと思っ、て……」


ロージーの反論はそこで止まる、足を引っ掛けたのは木の根でも石でもない。

人だ。

彼女と同じ亜種の者。


『眠ってるみたいだね』


「ソイツがホルニッセ族よ、コイツらも眠っているなら安心して森を抜けられるわね」


黄と黒の警戒色の薄い鎧に鋭い槍。

透き通る四枚の翅、頭から生えた二本の触覚。

ホルニッセという名前通りの見た目だ。


『雀蜂って凶暴なんだってね、あんまり知らないけど』


「私達を虫と同じにしないで欲しいわね、確かに生態はほとんど同じだけど……一応人間なの」


『あぁ、悪いね。ところでさ、長いツノいっぱいあるカブト虫とかいないの?』


「……虫と同じにしないで」


『これは失礼、気になったもので』


わざとらしく気取ったように言う『黒』には、謝罪の意は感じられない。

ロージーは更に機嫌を悪くし、黙ったまま森を早足で抜けた。



しばらく歩くと目に映る景色から植物が消えた。

後ろを振り返ればまだ緑は目に入るが、なんとも国名に反した地だ。


「ここが島の最奥部。一応国をまとめてる王様がいるはずなんだけど」


『王様居るの? 城とかないみたいだけど』


「何年か前に急に現れたのよ、武術の国からって言ってたかしら。その人がバラバラに暮らしてた島の住人をまとめあげたのよ。

昔は色々あったみたいだけど、今ここでなら私達みたいな亜種人類も安心して暮らせるの」


『安心、ね。その対価が生贄ってわけ?』


「……行きましょ。穴はもうすぐよ」


意地悪な質問には答えず、ロージーは再び歩み始めた。

穴はもう見えてはいるが、まだまだ遠い。

相当大きな穴らしい。


『穴って何か住んでるの?』


「言い伝えには名は記されていないわ、他の種族の言い伝えも似たようなものよ。意図的に隠されてるって感じもするのよね」


ロージーが他の部族達の言い伝えを思い出しながら話した。

生贄を捧げるのはナハトファルターの一族だけだが、ほとんどの部族がそれに言及しているらしい。

押し付けられているという訳だ。



果ての見えない大きな穴、底の見えない深い穴。

ここに、年端もいかぬ少女を落とすと?

怖くて覗き込むことすら出来ない、離れているというのに身震いがした。


『なーんにも見えないけど』


恐れずに穴を覗き込む『黒』、自力で空を飛べるというのは羨ましい。

ロージーは少女の名を叫びながら穴の淵を歩き回っている、彼女の翅は飛ぶことは出来るのだろうか。


『降りてみる?』


「絶対やだ」


『そう言うと思った』


僕もロージーにならって姫子を探すとしよう、呪いをかけた悪魔探しはまた後で。

『黒』から離れ、ロージーと反対方向に歩く。

名を叫ぼうとしたその時、何者かに足首を掴まれた。

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