ネオン輝く娯楽の国

第16話 明るい光の影は濃い


娯楽の国。

大国と地続きになっているこの国は、元々その大国の一部であった。

しかし娯楽施設の異常発達により国として急速に発展、独立。

そして今に至る。




「うわっ……すっごい人、大丈夫かなぁ」


どこを見ても人、人、人……目眩がする。

アルははぐれないようにと僕の腕に尾を絡ませている。

煌めく原色のネオンに気後れする、こんなに明るい国があるなんて。

時刻は夜九時、だがこの国はまだまだ夜には早いと言わんばかりだ。


『ご主人様、取り敢えずは宿だ』


「そ、そうだね。どこにあるのかな」


何故か畏まったように振る舞うアルに疑問を抱きつつ、入国の際に渡された地図を見る。


「えっと…この道…じゃない、こっち?」


『ご主人様? 迷ったのか』


「迷ってないよ!」


細か過ぎて分かりにくい地図を頼りに、一番近くの宿を目指す。

と、すれ違うことも出来なさそうな細い路地が近道らしい。


『ご主人様、本当にここを通るのか?』


「近いし…ちょっと狭いけど。通れるよ」


この国らしくない薄暗い道を進んでいくと、少し開けた場所に出る。

まだ路地裏ではあるが、そこには人が集まっていた。黒いスーツの、見るからに怪しい男達が。


「……で、………から……だろ。」

「……や、………なら………ろし……が。」


何かを話しているが、上手く聞き取れない。

何となく嫌な予感がして、こっそりと後ろを走り抜ける事にした。

そう、狼の尾が腕に絡めてある事を忘れて走ったのだ。


「うわっ! ……いった…ぁ」


そして転んだ、そうすれば当然男達に見つかる。


「誰だ!」

「ガキだな」

「どうする?」

「聞かれたか」

「……殺るか」


二人の男がひそひそと何かを話し合っている、何故だろうか……嫌な予感がする。


『ご主人様! あまり急がないで、ゆっくり歩きましょう』


「え? あ、あぁうん。ごめん」


アルが僕と黒服の男達の間に割り込むように現れる……何故、いきなり敬語を使い出したのだろう。


合成魔獣キマイラ…!」

「おい、あまり見るな」

「あのガキ…良いとこの坊ちゃんか?」

「さぁな、どっちにしろあんなバケモン連れてちゃ無理だ」


『ご主人様、お怪我は?』


「ないけど…どうかしたの? アル。今日なんか変だよ」


『いつも通りですよ』


アルは漆黒の翼を見せびらかすように広げた、そして僕を器用に尾で助け起こし、先を急ぐように言った。

すると男達が声をかける。


「あー、そこの坊ちゃん、ちょっといいかな」


「は、はい…何か…『ご主人様に何用だ、人間』


「ひっ」

「おい! ビビるな」


サングラスをかけた男に睨みをきかせるスキンヘッドの男は落ち着いて話を続けた。


「あぁいやね、君さ、俺達の会話聞こえた?」


「え? 会話……?」


会話をしている程度には聞こえていたが、内容までは分からない。念の為にしらばっくれる。


「ああ! 聞こえてないならいいんだけどね」


『おい人間! 近いぞ……無礼者が!』


「アル、やめなよ」


アルは唸り声をあげ、男を睨む。

獰猛なその目線にスキンヘッドの男も少したじろいだ。


「……君さ、家こっち?」


「えっと……その、この国には住んでなくて」


「旅行かい?」


「はい」


至って普通の、いや寧ろ人の良さそうな男だ。

だが、アルは警戒を解く気はないらしい。


「そうかい、なら……この店オススメだよ」


男はスーツのポケットからチラシを取り出し、僕に手渡そうとした。


『近いと言っているだろう!』


アルが男を尾で突き飛ばし、吠えた。


「アル! どうしたのさ…もう。すいません。その、気が立ってるみたいで」


「あ、ああ、大丈夫。それじゃ、是非来てくれ」


地に落ちたチラシを指差し、男は仲間達を連れて路地裏から出ていった。

チラシは……闘技場? のようなものだ。少し興味を惹かれる。


「アル、どうしたの?」


だが今はそれよりもアルの方が気になる。アルは落ち着かない様子で辺りを見回した後、いつも以上の低い声で話した。


『あまり旅行だとか話すな、無視しろ。この国にはああいう輩が多い、私から絶対に離れるなよ』


「え? えっと…どういう意味?」


『警戒しろ、と言っている』


「それって、いつもと違う口調に関係ある?」


『ご主人様と言っていた方が貴方にも威圧感が出る。もう少し気の強そうな話し方をするといい』


「え、難しいなぁ。まぁ善処するよ」


アルは僕の腕に黒蛇を巻きなおし、今度は先を歩いた。




そして宿なのだが、この国の宿は随分と派手だ。眠れるかどうか心配になってくる。

宿屋の主人はなんだか胡散臭い顔をしているような……失礼かな。


「いらっしゃ……うおっ、合成魔獣か。珍しいな」


『ご主人様はお疲れだ、静かな部屋を用意しろ、広い風呂もな。ああ、夕飯は私に毒味をさせろよ。』


「しゃ、喋った! ああ、えっと。かしこまりました…よ」


カウンターに前足をかけ、勝手に注文をつけるアルの尾を引く。得意気な表情で振り向くアルにため息をつく。

宿屋の部屋はかなり良いものがとれた、それもかなり安くに。


「いいのかな、これ」


『私はごく普通に手続きをした』


「あぁうん、そうだね。唸ってたけどね」


明らかに二人用ではない風呂の広さだ、アルは喜んで泳いでいるが、僕はあまり落ち着かない。

だが、やはり良質な湯なのだろう。

肌の調子がいつもよりいい……気がする。

ベッドも大きく、柔らかく清潔なシーツは薔薇のような香りがする。


『……チッ、匂いがキツいな、この部屋。まぁ…毒ではないか。ならいい』


アルは部屋中に焚き染められた花の香りが気に入らない様子で何度も鼻を擦っていた。僕にはリラックス出来る良い香りと感じられるのだが、嗅覚の鋭敏さが裏目に出ているのだろうか。


「アル、一緒に寝る?」


『いや、起きておく』


「そこまで警戒しなくても……寝ようよ、せっかくベッド大きいんだからさ、ねっ? おいで」


一人でこのベッドに寝るのは、少し寂しい気もする。辛抱強く隣に誘うと、アルはようやく折れてくれた。


『ん……ふむ、風呂は中々良かったらしい』


「髪はあまり舐めないでよ、出来れば他も控えて欲しいけど」


『嫌なら共に寝ろなどと誘うな』


アルは就寝前に僕の顔を舐めるのを日課にしているらしい。今日はいつも以上に執拗い、終わる頃には顔は唾液まみれで寝られやしない。

アルは洗面所で顔を洗うのにもついてきた、いつもならもう寝ていそうなものなのに。

べったり引っついてくるアルを可愛らしく思い、抱き枕にして寝た。


今日は夢見が良さそうだ。





深夜だというのに、この国は眠らない。

騒がしい、眩しい、耳が痛い、目が痛い。

人間はよくこんな場所に居られるものだ。

薔薇の強い香りに包まれて眠るヘルを見つめ、ため息をつく。

ここに寝泊まりする以上あの香りはヘルから剥がれない。


気に入らない。


自分の匂いをつけてやろうかともしたが、無駄だ、こうが強過ぎる。


気に入らない。


舌がピリピリと痛む、今頃になって夕飯の薬が本来のものではない効果を示したらしい。


気に入らない。


私の鋭敏な五感はこの国の全てに拒絶反応を示す。

ほうら、部屋への侵入者の足音が聞こえるだろう。


ギィ、とドアが開く。

明かりを持った数人の男……路地裏で会った男達だ。

その人間共は私がベッドの上で軽く翼を広げて威嚇すれば簡単に逃げ帰った。

何を狙ってきたのかは知らないが、暫くは眠れない夜が続きそうだ。

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