第14話 食


目を覚まして最初に見たのは、綿飴の天蓋だ。

またここか、なんてため息をついて起き上がると、更に不可思議なものを目にした。


アルとメルがグミを頬張りながらトランプゲームに興じている。


「……は?」


目を擦り、瞼に力を込める。

今のは幻覚か何かだろう、そうでなければまだ夢なのだ。一触即発の状態だったあの二人が仲良くしているわけがない。


『あ、だーりん起きた。大丈夫?』


『ヘル、具合はどうだ?』


頭を抱えていると、二人は同時に話しかけてきた。

しばらく返事をしないでいると、アルがベッドに飛び乗って顔を舐めた。


『まだ本調子ではない…か』


『ワタシのベッドに上がらないでよー! 上がるなら全身脱毛してから!』


『無茶を言うな。想像してみろ、ツルツルの私を』


『…………キッモ』


『だろう?』


全身脱毛をしてみすぼらしくなったアルの姿を想像する、笑いを堪えるのは一苦労だ。っと、そんな事を考えている場合ではない。


「ふ、二人とも、仲良いね?」


『ん? まぁな、少し話をした。悪い奴ではない、馬鹿なだけだ』


『ワンコが馬鹿って言うよー! だーりん!』


『馬鹿は好きだぞ? 純粋だからな』


『え? えへへー…って騙されないよ!』


なんだ、特に心配する必要はなかったのか。

そう思うと一気に疲れが押し寄せる、さっきまで眠っていたのにまた眠くなる。

仰向けにベッドに倒れると、二人はまた心配そうな顔をしたが、大丈夫そうだと見ると隣に寝転がった。


『私も眠ろう、少し疲れた』


『じゃあワタシもー!』


『……貴様のせいだがな』


ぼやくアルを無視してメルは僕の腕を枕に寝息を立てた。アルもそれに倣って眠り始める。


広げた両腕に感じる重みを、幸せと感じる。

僕はもう、独りじゃない。







目を覚ます、今日だけで何度目かの天蓋に飽き飽きしながらも満足する。

酷い両腕の痺れにも、幸福だと感じる。

だが、その痺れを与えていたモノが二人とも見えないのは不安で、寂しくて、泣きそうになる。


二、三回か、それとももっとか、二人の名を呼ぶ。

返事がない。

寂しい。

途端に胸が冷たくなって、指先まで固まって、呼吸が荒くなる。

ぽたぽたと落ちた涙が綿飴のシーツを少し溶かしたあたりで、遠くの部屋から悲鳴が聞こえた。

アルの声だ。


声の聞こえた方に向かって走る。

何度も転びながら辿り着くと、ようやく二人の姿を見つけた。

まるで何百年も会えなかったみたいに感じた。


「アル! メル! あぁ……良かった」


『だーりん、おはよぉー、よく寝てたから置いてきちゃった、寂しかった?』


「うん…寂しかった、ひとりにしないでよ」


『………今度から気をつけるね』


安堵する僕や優しく微笑むメルとは対照的に、アルは尾を揺らして唸っている。


「アル…? そういえばさっきの悲鳴、どうしたの?」


『ヘビさんが焦げたのよ、ビックリしたわ』


黒蛇は地面を這うと、僕の手に絡みつく。

見せてきたのは僕が名前を彫った部分だ、赤い輝きを放っている。


『そういえばだーりんの名前知らなかった、ヘルシャフトっていうのねー、何か似合わないような……ぴったりなような』


『……契約違反だ』


「え…アル、何したの?」


『何もしてない! 急に焼けたんだ、カルコスに聞いておくべきだったな』


悔しそうに唸るアルの尾は、未だに煙を上げてはいたが少しずつ再生しているようだった。


「ところでさ、二人で何してたの?」


『グミの収穫が終わったから、取りに来てたの。やっぱり採りたてが美味しいし。王宮グミのフレーバー展開は国一なのよ?』


「収穫なのにフレーバー展開とかあるの…? そもそもグミって収穫するの…?」


『ジャーキー味は最高だぞ、喰うか?』


「いらない」


アルが先程から食べている茶色いグミがジャーキー味だとは予想していなかった。

だからあんなに美味しそうに……


『ワタシのオススメはやっぱコレかな。苺サイダーミルク味、一番人気!』


「一番……そう、なんだ」



個人的には恐怖しか感じなかったグミ部屋からメルの自室へと戻る。

王女の部屋はこんなに気軽に入っていいものだっただろうか。


『そういえば貴様、洗脳のような真似をしていたな?』


『わざとじゃないよ、''魅了する''っていう能力なんだから。ま、色々活用させてもらってるけど。』


「あの大広間にいた人達は?」


『アレはワタシが来る前からああだよ、この国を創った悪魔さんの食料だから』


食料。

人間に対してのその言葉に、背筋が寒くなる。

それを当然の事のように言うメルにも、それを気にとめないアルにも。


『貴様、何故この国で王女の真似事をしている?』


『力が弱って消えかけてた時に辿り着いて、ここのお菓子食べたら力がドンドン強くなって、気がついたら王女』


『意味が分からん』


『ワタシもよく分かんない』


『くっくっく、良いな、はははっ!』


『そう? あははは!』


大広間の食料の話はアレで終わりらしい。

そして今度はメルがここに居る理由……だが、よく分からない話をされて終わった。

アルはそれを楽しそうに聞いているし、魔物というものは根拠を無視する傾向があるのかもしれない、なんて思った。


そもそも、だ。

この国全体が悪魔の食料庫だなんて大変な事じゃないのか?

メルだってついさっきまで世界を滅ぼそうなんて考えていた。

この国にかけられている呪いは危険すぎる、解決すべきではないのか?


そう、二人に話した。



『……無理だな、『暴喰の呪』は術師を殺せば解けるなんて単純なモノではない。ましてやこの呪いをかけたのは上級も上級、最高クラスの悪魔だろう、私にどうにか出来る相手ではない』


『ダメなことあるの? 人間も悪魔も食料安定してるし、イイことしかないじゃん』


「良い…って、人間が食べられてるのに、そんな!」


『人間食べちゃダメなの?』


「そんなのダメに決まって……る?」


決まっている? 誰が決めた?

いや、当然の事だろう、人を喰うなど許されない。

それを叫ぼうとして、声が詰まった。

コレは言っちゃいけないんじゃないのかって。

メルに、アルに、この…魔物達に。

僕の……人間の価値観が通用するのか。

今までだってそれは感じていた。でも、目を背けてた。

この価値観の違いは重大だ。

だが、どちらかを押しつけるのはどちらかを滅ぼす行為だと、そう思った。


『だーりん? ねぇ、ダメなの?』


目の前で首を傾げるメルに、ダメだと言ったらどうなる? 食べてもいいと言ったらどうなる?


「あ……いや、ダメっていうか」


何も言えない。

言っちゃいけない。


『ヘルは人間だ、自分の目の前で自分と同じ種族のモノが喰われていたら、どうだ? 人間は頭が良い、その上精神は細い。特にヘルはな。』


『あー……ご、ゴメンねだーりん。

ワタシ食べてないから! お菓子の方が好きだし! そもそもそういう種族じゃないし!』


アルは欠伸をして、僕の膝の上に頭を乗せね興味なさげに目を閉じた。

メルは焦って僕に訂正をしてくる。

二人ともこの国の人をどうにかしようとは考えない。

手段も、理由も、無い。

だから僕は──


「ううん……僕こそごめん、気にしないで」


現状のぬるま湯に浸かることにした。

それがいずれ僕を窮地に追い詰める事になるだろうと思いつつも。

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