第13話 一件落着?

・お菓子の国


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グミの壁を破壊し、進む。

何枚かを突き破った後、探していた者を見つけた。


『ヘル! 無事か!』


体を内側から焼く痛みに耐え、ヘルの元へと急ぐ。


「アル? あぁ……良かった、来てくれたんだ」


憐れなまでに純粋な微笑みに胸を締めつけられる。

だが、それと同時に限りない安堵が心を埋めた。

ヘルは無事だ。


余裕が出来てようやくヘルの腕の中の存在に気がついた。


『ヘル…? それは』


「あぁ、えっと、メル……ちゃん」


バツが悪そうに苦笑いを浮かべるヘル、の腕に抱かれたメル。

その少女には見覚えがある、というより此奴を追ってきた。


『ヘルから離れろ! 下賎な淫魔が!』


ヘルの背に回された腕に噛みつく……事は出来なかった。


「アル! ダメ……やめて、ね。落ち着いて?」


目の前にヘルの手のひら。

止められた? 何故。

何故この悪魔を庇う?


『……んふふっ』


二ィ、と勝ち誇ったように笑いヘルの胸に顔を埋めるメルを見て確信する、激昴する。

ヘルはこの悪魔に誑かされたのだ! そう確信した。


『ヘル、その悪魔から離れろ、私の話を聞け』


「悪魔って呼ぶのやめて。話はするよ、でもまず落ち着いてよ」


『私は落ち着いている! 貴方は騙されている、その小娘から離れろ』


「分かった……けど、僕が離れた途端に飛びかかったりしないでよね?」


『そんな真似は……しない』


見透かされている。

だが、まぁ、離れると言っただけいいだろう。

説得すればいいだけの話だ。

問題は一つ、私はヘルに逆らえない。

魔物使いとしての力は日に日に強まっている、それは喜ばしい。

だが、その力を無意識的に使われるのは困る。

従うしかなくなってしまう。





アルに言われた通り、メルから離れる事にする。

アルがメルを襲わないかは心配ではあったが、約束は守ってくれるだろう。

大丈夫だ、ちゃんと話せば分かってくれる。


「ほら、立てる? じゃあちょっと離れて」


『いーや。離れないー』


「わ、ちょっ……困るよ」


立たせる事は出来たが、メルは僕から離れようとしない。

あぁ、マズい、困る。アルの機嫌がどんどん悪くなっていくのが手に取るように分かる。


『何が困るの? ワタシ、アナタから離れたくないのに、ダメなの?』


上目遣いで、胸を押し当て、足を絡ませて迫る。

豊満な肉体を存分に利用する。

首筋を指で優しくなぞり、もう片方の手を腰に回す。

耳まで真っ赤になって固まっている僕の顎を引き寄せ、くちづけようと……したところでアルが飛びかかった。



『ヤダ! もう……最っ低! 痛い! やめて!』


『黙れ! やはり貴様は許せん、ここで死ね!』


取っ組み合いを始めるメルとアル。

鱗の剥がれた痛々しい黒蛇はメルの手に絡み、締め上げる。

細長いメルの尻尾は狼の崩れかけた翼を更に引き抜こうとする。

狙いも無く手を振り回し、角を使った頭突きを仕掛ける。


「………はっ! ヤバい、ぼーっとしてた……ああ! 何してるのさ二人とも! やめて、やめてってば…… や め ろ !」


その珍しい大声は、メルとアルを容易く従わせた。

それは魔物使いであるが故に成せる技。


『ヘル、ヘル……この小娘は貴方を誑かそうとしているのだ』


『だーりん! このワンコがワタシをいじめる!』


だが、大人しくさせるにはまだ至らない。

その上、多用は禁物だ。


「ごめん。二人とも、ちょっと黙って……お願い」


頭が痛い、吐き気がする。

耳鳴りのせいで二人の声が遠く聞こえて、目の前が真っ暗になっていく。

歪んだ景色が閉じていって、最後に背中に衝撃を感じて、僕の意識はそこで途切れた。




『……ヘル? どうした、おい!』


『だーりん、起きて、起きてってば!』


倒れたヘルに駆け寄る二人。アルは耳元で語りかけ、メルは体を揺さぶった。


『おい! 揺らすな小娘!』


『ワンコうるさい! だーりんが倒れちゃったじゃない! アンタのせいよ!』


『私のせいのわけが無かろう!』


『うーるーさーいー! 黙っててよ! あぁ……だーりん、大丈夫? 今すぐ何とかしてあげるからね』


メルは軽々とヘルを抱え上げ、そのまま上階の自室まで運んだ。

先程までと同じにグミのベッドに寝かせて、先程と同じ液体を飲ませる。

先程までと違うのは、その行為が全てヘルの為だということ。


『おい、ヘルに何を飲ませた』


『ワンコも飲む? 美味しいのよ、ちょっとぼーっとするけど』


意識の無い人間にものを飲ませるのは危険なのだが、メルはそんな事を気にしてはいない。

自分とは体の作りが違うということを理解していない。

それはアルも同じだ、心配なのは毒かどうかだけ。


『妙な物じゃないだろうな?』


『だーりんに変なの飲ませるわけないじゃん! この国では結構良い方の栄養剤よ!』


そう言ってメルは残った液体を飲み干す。

空になった器を見て納得したのか、アルはベッドのそばに腰を下ろした。

ベッドに腰掛け、眠っているヘルの頬を優しく撫でるメルを見て、不機嫌そうに壁を這う黒蛇。

メルはベッド横の棚から新しく液体を取り出す。


『ワンコも飲んでよ』


『いらん、甘い物は好かん』


『酷い怪我じゃん、コレ飲んだらスグ治るから、ね?』


『……何故貴様が私の怪我を気遣う?』


『だーりんのペットはワタシの家族でしょ?』


『意味が分からんが、まぁいいだろう。寄越せ、治らなかったら承知せんぞ。』


相変わらず不機嫌ではあるが、用意された器に顔を突っ込むアルを見て、メルはわけも分からず笑い出す。


『……チッ、甘い。おい貴様、何を笑っている』


『ん? ふふー、顔真っ赤だよ? ワンコ飲むの下手だねー』


足を叩く黒蛇は気にとめず、メルはアルの頭を撫でる。

アルは舌打ちを繰り返したが、その手を払うような真似はしなかった。

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