第11話 王女の本性
城下町の中心でピエロが踊っている。
時折に転んでポケットからカラフルな包み紙の飴玉をばら撒き、おどけて魅せる。
城下町では今お祭りの最中だ、そう大きいものではないが、せっかく城の近くだからと王女が演説を行う予定になっていた。
だから今日はいつも以上の賑わいを見せている。
そんな中に、だ。
巨大な黒の翼を生やし、黒蛇を尾にした狼が現れたとしたら……どうなるだろうか?
答えは一つ……では、ない。
突然現れた魔獣に怯え、叫び、逃げ惑う者もいる。
だが少数の人間はその魔獣の尾に名が刻まれている事に気がつき、逃げる足を止める。
そしてさらに少数の人間はその魔獣に話しかける。
これは魔法の国では有り得ない、魔獣との共存の進んだお菓子の国だから起こりえた事だ。
「き、君! どうしたのかな? 飼い主さんは?」
合成魔獣の中でも最上級とされる三体のうちの一体。
それを知らずともその見た目の威圧感たるや、恐ろしいモノである。
魔獣に話しかけるなんて奇特な人間であろうとも、アルに話しかけるには並の勇気では足りない。
『ヘルが居ない! 何処だ! 貴様か!』
「え? ち、違う違う、違うよ!」
その上アルは我を失っている。
話しかけるのが正解と一概には言えないだろう。
「へ、ヘルって、飼い主さんの名前かな?」
『何故知っている! やはり貴様か! 何処へやった! 』
「今君が言ったんじゃないか!」
通行人に誰彼構わず言いがかりをつけるアル。
だが決して噛みついたりはしない、その事に気がついたのか、町民達には余裕が出て来た。
「あ、ほら、放送かけて捜してもらおうよ、ね? ほら、迷子センターまで案内するから」
『そこにいるのか?』
「さぁ? でもここよりは居そうだろう?」
『……ふむ、一理ある、か』
根気を持って話すと、アルは少しずつ冷静さを取り戻した。
町民の何人かが『迷子センター』に押し付けようと思いつき、実行した。
実行役はジャンケンで負けた青年だったが、彼はそこまでそんな役回りではない気がしてきていた。
落ち着いたアルは黙って後ろをついてきている。
不安に満ちた瞳は可愛らしいし、その姿は絵画の如く美しい。
尾に彫られた名を不安そうに見つめるその仕草は愛らしく、アルを独りにしている飼い主が憎くなってくる。
迷子センターの受付嬢はかなり困惑していたがなんとか対応してくれた。
迷子センターはいつも開いている訳ではない、祭りだからと開いたのだ。
「えっと、お名前と種族名は?」
『アルギュロス、
アルはすっかり大人しくなった…というより落ち込んでいる。
耳は垂れ下がり、黒蛇はだらしなく地を這う。
時折にきゅうん、と似合わない可愛い鳴き声をあげている。
「飼い主さんの名前と…あと服装や年齢は?」
『ヘルシャフト。首元が破けてる白シャツに、ところどころほつれた黒のズボン。左手に猫に噛まれた痕がある。年は……分からん。まぁ、まだ幼い』
「よく覚えてるのね、偉いわ」
受付嬢に頭を撫でられるも、機嫌が良くなる様子はない。
愛しい主が居ないのだから当然の事だ。
よく覚えていて偉い、なんて言った受付嬢だが、アナウンスの内容には少し手こずっていた。
アルの言う『幼い』はどのくらいなのか、それによって随分変わる。
あれだけ心配しているなら三、四歳か?
だけどアルの口振りは尊大で、人間の年齢など気にしなさそうだ、それならもう少し大きいのかも。
でも猫に噛まれて痕が目立つくらいなら小さい子だろうか。
なんて考えていると、目の前で赤いドレスが翻った。
「あ、お……王女さま!?」
『ごきげんよう、舞台のマイクが壊れていたのよ。
こちらの物を貸してもらえるかしら?』
「ええ! ええ! もちろん!」
『ありがとう』
真っ赤なドレス、真っ赤な髪、真っ赤な瞳。
赤を現した王女はその美しさを惜しげも無く晒す。見た目に劣らぬ美しい声で、二、三言演説すれば全国民を虜にする。
本当に……素晴らしいお方だ。
『ふふ、緊張したわ。ありがとうね』
そんな心にもない事を言って、受付嬢にマイクを手渡すと、メルは足下にアルを見つけた。
『あら。オオカミさん? 契約済みね、こんな上級……珍しいわね』
『小娘、貴様……何者だ』
やる気なさげに地面に頬をつけていたアルが突然起き上がり、メルを睨みつける。
王女に仇なすモノかと駆け寄る兵士を片手で制止させ、美しく微笑む。
『メルでいいわよ? オオカミさん』
『悪魔か、それも下賎な淫魔』
『口の悪いオオカミさんねぇ。そんなんじゃ女の子にモテないぞ!』
『ヘル…? ヘルの匂いがする。貴様、ヘルを何処にやった!』
『はぁ? ヘル? そんな子知らない…あぁ』
メルは無礼な魔獣を見下しながら、部屋に置いてきた魔物使いを思い出す。彼が言っていたアルとやらも。
面倒なことになった、声をかけなければよかったと後悔した。
『アンタがアル? 似合わない名前ね』
『アルギュロスだ、ヘルは何処だ! 私のヘルを何処にやった!』
『はぁ……めんどーい、メルちゃん帰るー。あとはよろしくねー、みんな。』
『待て!』
メルの背中から蝙蝠のような羽が四枚現れる。
それはメルの体を宙に浮かせ、城の方へと飛び去らさせた。
『飛べば逃げられるとでも思っているのか!』
アルはその黒い翼を広げる……が、町民はアルを押さえつけた。
『離せ、人間』
無闇に人を傷つければ主が悲しむだろう、そう思ってアルは自らに掴みかかる町民達を脅すだけに留めた。
だが、それに効果はない。
町民達は虚ろな目で、ただ一言だけを繰り返している。
「王女さま」「王女さま」「王女さま」「王女さま」
「王女さま」「王女さま」「王女さま」「王女さま」
『洗脳……? いや、そんな真似が出来るほどの悪魔ではなかった』
翼をゆっくりと振り、尾で優しく薙ぐ。傷はつけないようにしなければ。
そんな考えは町民を追い払うには適さない。
転ばせたところで意味はない、離れなければならないが数が多く振りほどき切れない。
そして、アルとって最も危惧していた事態が起こった。
『くっ……ヘル、頼む…もう少し時間をくれ。私は、必ず貴方の元へ行ってみせる』
尾に彫られた名前が赤く輝く。内側から溶かすような痛みが始まる。
焼ける痛みにのたうつ蛇に、町民が退いた。
アルはその隙を逃さず、木を伝って屋根の上に跳び乗る。
アルの視線の先は巨大な城だ。
赤を基調とした、生き物の体内を思わせる色合いの不気味な城。
あの悪魔は彼処に飛び去った。
崩れ始めた翼を必死に羽ばたかせ、空を走る。
その姿は、痛々しい。
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