報道
ファミレスで昼食を食べ終わり、少し落ち着いたところで、再度九尾が話を切り出した。
「犯人といっても、人間の方しか捕まえておらぬが、まあ話くらいは聞くことができるだろう。捕まえて、少し脅しておいたので、今は自分の家に引きこもっていることだろう。」
「それは翼君が言っていたから知っているけど、すでに九尾たちはその人間に犯行理由を聞いているはずでしょう。」
すでに犯行理由を知っているのなら、私たちに教えてくれてもよさそうなものだ。それなのにどうして話を聞くように促しているのだろうか。
「じゃあ、綾崎さんの家に行けば話を聞けるということかしら。」
私の疑問はよそにジャスミンは九尾に話をどこで聞けるのか質問していた。おそらく、人間の方は綾崎さんのお兄さんで間違いはないと思う。
「名前までは聞いていないが、自分の家にいることは間違いない。今から行って話を聞きに行けばいいと思うのだがな。」
それに、と九尾はもったいぶったような話し方をした。
「人間の犯行理由が面白くてな。我から話してもよいのだが、それでは面白さが半減してしまうだろう。のう、お前もそう思うだろう。」
九尾は翼君に同意を求めていた。翼君はしばらく考え込んでいたが、自分の考えを口にするのはやめたようだ。あいまいに微笑んだだけだった。
「では、今からでも行くとしようか。」
綾崎さんのお兄さんの家に行くということは、家には綾崎さんもいるということだ。私とジャスミンが押し掛けることは問題ないと思うが、突然、九尾や翼君も一緒に出向いたら、変に思われたりしないだろうか。
「どうして、そんなに急いで、合わせようとするのかわからないんだけど、急ぐ必要はあるのかしら。突然、みんなで押しかけたら家の人にも迷惑がかかるし、どうせなら今日はもう解散にして、明日以降にした方がいいと思うわ。今日は疲れていてまともに話せそうにないし、一晩おいて、聞きたいことを考えておくのもいいと思うのだけど。」
ジャスミンが気を聞かせてくれた。ジャスミンが他人のことを気遣った発言をするのは珍しい。何か変なものでも食べたのだろうか。
それは置いておくとしても、ジャスミンの考えに賛成である。ハロウィンの犯行予告からまだ数時間しか経っていないのだ。記憶が残っているうちに話を聞こうということかもしれないが、犯人である綾崎さんのお兄さんは狼貴君が見張っているというし、そう簡単に行方をくらませたりはしないだろう。
「それならそれで我は別に構わない。じゃあ、蛇娘の言葉通り、今日はこのまま解散にしようかのう。実はまだやり残したことがあってな。翼、お前もついてこい。」
自分で提案した割にあっさりと私たちの要望を聞き入れた九尾である。相変わらず何を考えているのかわからない。
九尾と名前を呼ばれた翼君の二人はそのまま席を離れていった。私たちも会計を済ませてファミレスを後にした。ジャスミンも今日は疲れたといって、家に帰っていった。
ちなみに今日も平日で明日も平日である。今日は休講になったが、明日はどうだろうか。死神騒動でマスコミが大学に殺到して、授業にならないかもしれないが、一応授業はある気がする。あとで大学のHPで確認してみよう。
家に帰って、自分の部屋に戻る前にリビングにあるテレビをつけた。スマホでもニュースは見ることができるが、テレビの方が大画面で情報を見ることができる。ちょうど、今日の正午の大学での騒動が報道されていた。
「次のニュースです。死神から犯行予告と思われる動画が挙げられていた問題です。犯行予告の今日、犯行現場である○×大学には大勢の警官が校門前で警戒をしていました。大学は急きょ授業を取りやめ、休講という措置を取りました。」
テレビには正午前の映像が映し出されていた。大学から少し離れた場所でアナウンサーが状況を説明している。
「正午まであと10分ほどになりました。死神が来る様子は今のところ見受けられません。大学前には死神を一目見ようという人々が集まり始めています。警官は大学に近づかないように指示しています。一人が警官に何か話しかけているようです。おや、警官と一般人が言い争いになってきました。いつの間にか、大学の周りにはたくさんの人が集まっています。一般人と警官がぶつかり合っています。」
私はテレビにくぎ付けである。ここからが一番見たい場面である。結局、正午になると、彼らは時刻通り姿を現した。
いったん、CMが入り、スタジオに画面が切り替わる。
「ただいま正午になりました。死神は本当に来るのでしょうか。ただの愉快犯だったのでしょうか。今、現場から入った情報です。死神はどうやら一般人の間に紛れていたようです。一人の青年が次々と一般人に近づいては何かをささやいているようです。すると、何をされたのでしょうか。次々と人が倒れていきます。」
スタジオでの速報から、現場に再度画面が切り替わる。大学前は大変なことになっていた。
私は九尾に連れられてその場を離れてしまったので、よくわからなかったのだが、本当に人が次々と倒れていく様子がテレビに映っていた。
綾崎さんのお兄さんらしき金髪の黒マントがアップされていた。よく見ると、私もテレビの中に映りこんでいた。そして、私の姿は唐突に消えた。おそらく、九尾によってその場から引き離されたのだろう。確かに何も映らなかった。本当に九尾は姿をくらますことができるようだ。
次々と増えていく被害者。その時、ウサギの耳と尻尾を持った青年と、狼の耳と尻尾を持った青年がテレビ画面に現れた。彼らは綾崎さんのお兄さんの身体をふたりがかりで拘束した。話通り、口にマスクをつけさせていた。見事拘束を終えると、大学から離れていく。それに気づいたアナウンサーが慌ててマイクを二人に向けた。
「これはこれはいったいどういう状況でしょうか。君たちは何者なのか、教えてくれないでしょうか。」
「僕たちは通りすがりのハロウィンの妖精です。楽しい楽しいハロウィンを台無しにしそうなやつを見つけたので、成敗しただけです。」
「おかしくれないといたずらしちゃうぞ。」
「ありがとうございました。どうやら、彼らはハロウィンを楽しむ市民だそうです。いったん、カメラをスタジオに戻します。」
ここで画面はまたテレビ局のスタジオに切り替わる。それからは今日の事件の概要や誰が何のために行っているのか、専門家たちが話し合うという内容だった。別にそれは本人に聞く機会がある。用は済んだのでテレビを消した。
家はテレビの音が消えて、しんと静まり返っている。私は疲れたので昼寝をすることにした。
思いのほか疲れていたのか、目が覚めた時にはすでに外は暗くなりつつあった。九尾たちの用事はまだ済んでいないようだ。家には私一人が取り残されていた。時計を見ると、夕食を作り始めてもいい時間だった。さて、九尾たちは夕食をどうするのだろうか。
もし彼らが帰ってこないなら、わざわざ一人分だけを作るというのは面倒くさい。私はカップ麺で夕食を済ますことにした。
夜遅くまで帰りを待っていたが、九尾たちが今日中に帰ってくることはなかった。明日は大学があるので、いつまでも待っていたら明日にひびいてしまう。日付が変わる頃まで待って、私はそのまま寝てしまった。
結局、朝になっても彼らは帰ってこなかった。また、彼らは私を一人残してさってしまうつもりだろうか。不安が胸をよぎったが、彼らに限ってそれはないだろう。そう信じることにした。
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