翌日の大学

 次の日、すっきりしないまま大学に行く支度をしていると、スマホがメッセージを受信した。ジャスミンからだった。そして、なぜか綾崎さんからもメッセージが届いていた。


「おはよう!今日も一日頑張ろう!」


「おはようございます。佐藤さんから連絡先を勝手に聞いてしまいました。私の兄と話がしたいと聞きました。兄に話を聞く前に私と話をしてもらいたいです。」



 ジャスミンは私に許可も取らずに何をしているのか。人の許可も得ずに連絡先を教えるとは相変わらずに自分勝手ぶりである。綾崎さんとはいつ親しくなったのだろうか。ついこの前まではなんて失礼な女といっていたのにずいぶん態度を変えたものだ。


 メッセージを読んだが、さて返信はどうしようか。どうせすぐに大学に会うことになるのが、綾崎さんには返事をした。


「わかりました。大学で会えるのが楽しみです。」


 ジャスミンには特に返信内容が思いつかなかったので無視した。私は大学に向かう準備を再開した。




 今日は11月1日。なんの衣装を着ようかと悩んだが、犬耳と尻尾をつけることにした。どうやら、ネットで見たのだが、一が並んでワンワンと犬の鳴き声にちなんで犬の日であるようだ。そんな適当でいいのか疑問だが、今日はそれにあやかることにしよう。


 大学は事件の翌日ということもあり、大学自体に落ち着きがなかった。学生の話題は昨日のことで持ち切りだった。大学のあちこちで話されていた。結局、休講にはならなかったようだ。


 大学内は落ち着きがないが、予想していたより、報道陣の数が少ないように感じた。門の前に数人のアナウンサーらしき人がカメラに向かって話しているくらいだった。たくさんいて、根掘り葉掘り聞かれるのは面倒だったので良かったのだが、少し拍子抜けしてしまった。

 

 きっと、昨日の事件で死人が出ていないことが原因だろう。殺人事件にでもなっていたら、こんなものでは済まなかっただろう。視聴者もマスコミの刺激的なニュースを好むようだ。



 授業がある教室に向かう途中でジャスミンに遭遇した。その隣は綾崎さんもいた。ジャスミンも私と同じ考えのようだ。犬耳をつけていて、お尻に尻尾もついている。


 私はダックスフントみたいな垂れた耳を頭につけていたが、ジャスミンは完全にダルメシアンになりきっているようだ。頭には白と黒のぶち模様の耳、洋服も同じように白と黒のぶち模様のワンピースを着ていた。


 やると決めたら、派手に決めるのがジャスミンである。隣の綾崎さんはさすがにコスプレをしていなかった。白いセーターに黄色いスカートをはいていた。


 綾崎さんはジャスミンを冷めた目で見ていた。その割にはジャスミンの隣にいるのが不思議だった。私を見つけるや否や、近くに寄ってきて、ぴったりと横に密着してきた。


 綾崎さんの考えることがわからない。わからないとは言っても、自分ことでさえ、わからないことが多いのに、ましてや他人の考えをわかるわけもない。


 

 私たちはお互いに挨拶をして教室に向かった。授業まで少し時間があったので、席について雑談ができた。


「ええと、昨日の事件と綾崎さんのお兄さんの話ですが……。」


「そんなことは後でいいでしょう。綾崎さんって実はすごいんだから。頭もいいし、美少女だし………。」


 ジャスミンが話に割り込んできた。綾崎さんはほめられてまんざらでもなさそうで照れている。私の居ぬ間に何があったのだろうか。




「静かにしましょう。授業を始めます。」


 駒沢が教室に入ってきた。今からは駒沢の授業「妖怪歴史入門」である。駒沢とはもう一度二人でじっくりと話をしたいところだが、二人きりになるのは危険な気がする。とはいえ、私の特異体質がばれているような発言をしているので、何とか口止めをしておきたいところだ。どう行動するのが最適であるのか、考えてもわからない。


「では、テキストの101ページから進めていきますよ。」


 まるで、昨日のことがなかったかのように淡々と授業を進める駒沢。生徒は一言も昨日のことに触れない駒沢の態度に不服なのか少し教室がざわついた。


「落ち着きがありませんね。仕方がない。本当は話が脱線して、授業が進められなくなるので話したくなかったのですが、昨日の事件のことを話していきましょう。」


 ざわついた原因がわかっていたようで、駒沢は昨日の事件について語り始めた。



「昨日のことですが、実は先生もこっそりと大学に向かいました。そこで、じっくりと事件の一部始終をしっかりと観察していましたよ。実に興味深い内容で満足することができました。事件の被害者には申し訳ありませんが……。一般人たちの服装がハロウィンにちなんでコスプレしていた人が多かったこと、死神に影響されて、黒マントを羽織った人が多かったこと、理由は実にいろいろあります。そういえば、ハロウィンといえば………。」


 駒沢の言う通り、話は授業の大半を使ってしまった。しかし、思いのほか、生徒の興味を引いたようだ。ざわついていた教室の空気が収まった気がした。死神についての駒沢の独自の解釈やハロウィンと妖怪の関係など、話の要所要所に授業にかかわることも混ぜられていた。


 最後の方にやっと授業の本題に入ったが、やはり今日の目標のところまでは進まなかったようだ。


「これで今日の授業は終わりです。雑談が長くて予定の箇所まで進めませんでしたので、次回は巻きで進めていきます。テキストをしっかりと読んできてください。」


 授業が終わり、教室を出ようとしていた時、駒沢に呼び止められた。


「朔夜さん、聞きたいことがあるので、今から私の研究室に来てくれませんか。」


 私も話しておきたいことがあったが、あいにく先約がいる。


「すいません、今日はこの後予定が入っていまして。また後日でもいいでしょうか。」


「そうですか。では、また後日にしましょうか。開いている日があったら連絡をください。そんなに長くはならないと思いますので、気楽に来てくださいね。」


 私が断ったにも関わらず、あっさりと駒沢は教室から出ていった。私としては好都合だが、こうもあっさりと話を後でいいといわれると気持ちが悪い。早いところ、駒沢との時間を取った方がいい。




「朔夜さんは駒沢先生と親しいのですか。」


「またあの教授に声を掛けられるなんて、よほど気に入られているのか、よほど悪いことでもしたのかのどちらかだけど。蒼紗の場合は気に入られているといったところね。」


 駒沢に気に入られているかといえば、それは違うと即答できる。駒沢はただ、私の特異体質と能力について興味を持っているだけだ。親しいかといわれると、それも違うと即答できる。


「悪いことはしていません。私は駒沢先生とは親しくはありません。綾崎さんの家にはお兄さんがいるのですよね。」


 ジャスミンと綾崎さんの二人の言葉に一度に返答して話題を無理やり変えることにした。そもそも、今日の放課後の先約は綾崎さんの家を訪れて、お兄さんに直接話を聞くことだ。それを忘れてはいけない。


 私が無理やり話題を変えると、しぶしぶといった様子で二人は私への追及をあきらめた。



「駒沢先生と親しいなんて羨ましい。」

「蒼紗ばっかりモテモテでなんか悔しい。」


 二人して何を言っているのやら。あきれてものも言えなかった。


「ええと、いるにはいますけど、話はできないと思いますよ。なんだか精神的に不安定みたいで、私や家族が声をかけても、うるさい、どっかいけ、といわれるだけで何も話をすることができません。」


 綾崎さんがお兄さんの様子を説明してくれた。話をする方法などいくらでもある。私の言霊の能力を使えば、口を開かせるのは容易いことだ。加えてジャスミンもいるので、話を聞けないという状況には陥ることはないだろう。。


「家にいるなら問題はありません。今日、綾崎さんの家に行ってもいいですか。」

「私も行くからね。」


「いいですけど、今日は親が家に帰ってこないので。特に気を使う必要もありませんからぜひ来てください。」


 

 私たちは大学の授業後、綾崎さんの家に行くことになった。


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