朔夜蒼紗の過去(回想)

 伴坂が帰り、ジャスミンも自分の家に帰っていった。結局、夜になっても九尾たちは帰ってこなかった。

 今、家には私一人しかいないことになる。九尾たちは私の家に戻ってきて早々、どこに出かけてしまったのだろうか。

 

 九尾がいないことは特に気にせず、お風呂に入り、寝る支度をする。明日は土曜日なので朝早く起きる必要もないが、なんだか疲れていたので、すぐに寝てしまった。


 彼らが来る前は両親も帰ってこないので、広い家にたった一人で生活していた。一人には慣れていたはずなのに、今は無性に一人でいることが寂しい。九尾たちが帰って来なかった一週間も同じ思いを抱いていた。


 そんな寂しさを抱えていたからだろうか。それとも、今日はやけに寂しさや孤独を感じていたからだろうか。久しぶりに昔のことを思い出した。私が自分は特異体質かもしれないと思い始めたころのことだ。




「蒼紗って、童顔なのか、若作りなのか知らないけど、年とらないよねえ。いつみても二十歳くらいをキープしているって感じ。」


「そうかなあ。逆にみんなが早く老けすぎなんじゃないの。私は別に若さを保つための特別な生活をしていないし、みんなと同じ普通の生活をしているだけだよ。」


 大学を卒業して、就職して働いていたころのことだ。そこで働き始めて数年が過ぎたあたりで、大学時代の友人と話をしていた。


 この時、私は自分がただ単に童顔で年が若く見えるだけだと思っていて、大学の友人の言葉にも軽い感じで受け流していた。

 

 銀行に就職した私はそこで30歳になるまで働いたと思う。30歳を過ぎたあたりで、私が世間の時間とは違う時間の流れで生きているということに気付いた。


 勤めていた数年間でたくさんの写真を撮った。あるとき、写真を整理しようとして、写真を見ていた時である。たまたま大学の卒業式の写真が出てきた。大学の同じ学科の生徒が集まって撮った集合写真である。女子は袴、男子はスーツを着ている。皆、4月からの新しい生活に思いをはせていたのだろう。

 懐かしいなと思うと同時にふと、10年たっても変わらない私の姿に違和感を感じた。


 その違和感の正体は、その後に見た写真と見比べて判明した。これもたまたま目に着いた写真だったのだが、その写真は10年後、つい最近行われた大学の同窓会の写真だった。

 

 写真を見比べると、私以外は皆、それぞれ10年分の年齢を重ねていた。つまり、年相応の顔で写真に写っていた。その中で私の存在は目立っていた。同窓会で撮った写真の中の私は驚くほど、大学卒業当時と同じだった。


 私はある事実にたどりついた。私は年を取らない特異体質なのだということだ。にわかには信じがたいことだが、写真を見る限り、そうだとしか考えられなかった。そんな非現実的な話があるものかという思いはもちろんあった。しかし、私の本能が特異体質であることを否定していなかった。


 もし、この体質が本当だとすれば、このまま同じ仕事場に居たら、年を取らない体質がばれてしまうだろう。いろいろ詮索されてしまうし、さすがに20歳前半の姿のまま、30代、40代を迎えられるわけがない。


 私はすぐさま行動に移すことにした。仕事の同僚も給料も休みも気に入っていたが、私の得意体質がばれて、怪しまれてしまってはいけない。


 仕事場には、結婚するので寿退社しますということにしておいた。結婚式について聞かれたが、もちろん結婚は嘘に決まっている。彼は今、海外にいて結婚式は今のところ、考えていない。籍だけ入れることにしたと伝えた。相手は北海道の人で、海外から帰ってきたら、一緒に北海道で暮らしますとも伝えておく。

 

 皆、突然のことで驚いていたが、私の苦し紛れの言い訳を何とか受け入れてもらうことができた。


 

 こうして、仕事はやめることができた。さて、次に考えなければならないことは両親である。私は現在、両親と共に暮らしている。いわゆる実家生活である。幸い、一人っ子であるので、両親だけをどうにかすればよい。


 まずは一人暮らしを始めなければならない。実家暮らしのために仕事で稼いだお金は貯金されている。無駄遣いもあまりしていないので、当面の資金は大丈夫だろう。

 

 とりあえず、両親にはそろそろ独り立ちとかなんとか理由をつけて家を出よう。家を出れば私が年を取らないことがばれることはない。


 私はそうして、仕事を転々とした生活を続けた。私の予想した通り、10年、20年たっても私の外見は20歳前半のままだった。気が付けば、すでに60年くらい生きている。

 両親はすでに亡くなった。両親はそろって老人ホームに入所したので、実家は売り払うといっていた。家のローンもすでに払い終えているので、私は両親に頼んで実家に住むことにした。


 両親が亡くなっても、私は葬式には出なかった。出たかったが、この姿ではだれも私だと気づかないだろう。


 

 年を取らないせいで、厄介な問題も出てきた。転職するたびに書く履歴書についてである。いつまでも自分の生まれた年を書くわけにもいかない。さらには戸籍もこのままでは怪しまれてしまう。


 私は特に考えもなく、市役所に行き、事情を説明した。もちろんそんな話を信じてくれる人はいない。当然、市役所の職員は私のことを不審な目で見てくる。しかし、このままでは生きていくことが難しくなってしまう。何とかしなければならない。



「お願いですから、私の戸籍を20歳くらいのものに変更してはくれませんか。」


 今にして思えば、この時から私は言霊の能力を無意識に使っていたと思う。そうでないとその後の職員の対応に説明がつかない。私の言葉を聞いた職員は目がうつろになり、「わかりました」とだけ言うと、そのまま部屋の奥に行ってしまった。


 1週間後くらいにまたその市役所に行って戸籍のことを確認しようと近くにいた職員に声をかけ、戸籍を出してもらうと、驚いたことに戸籍の生年月日が改善されていた。どうやって改ざんしたのかは不明だが、これは良いことだ。これで心置きなく新しい生年月日を使うことができる。


 かくして私は10年ぐらいことに市役所で戸籍を改ざんする生活を続けていくのであった。仕事ばかりしていて疲れたので、たまには大学に行きたいと思った。そして、受験勉強をして、この春無事大学生になった。


 そして、西園寺さんや九尾、翼君や狼貴君たちと出会ったのだった。

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