九尾の話

 朝、目を覚ますといつもと違う光景が目に入った。まず、隣にジャスミンがいた。今まで一人で寝ていたのに隣に誰かがいることは新鮮である。ジャスミンはぐっすり眠っているようだった。


 ジャスミンは急きょ私に家に泊まることになったので、泊まる用意はもちろんしていない。仕方ないので、私の服を貸してあげることにした。今は私の貸した服を着て眠っている。

 

 まさか、自分の服を他人が来ているという状況が来るとは思っていなかった。私は背の高いほうなのだが、ジャスミンも割と高めの身長なので、特に大きさが合わないということはなく、私の貸したスウェットの上下を着ている。


 

 ジャスミンを起こさないようにこっそりとパジャマからジーパンとTシャツに着替えて自分の部屋から出る。そして、九尾たちがいる隣の部屋へと向かう。

 部屋の前にたどりついて深呼吸する。昨日確かに九尾たちは帰ってきた。昨日の今日でまたいなくなったりはしないだろう。


 意を決してドアをノックする。すると、部屋の中から返事が聞こえた。


「主か。入っても構わんぞ。」


 九尾の声がして安心する。入っても構わないといわれても本来ここは私の家である。それなのにわざわざ許可を取るなんておかしな話だ。ふふっと、思わず笑ってしまった。


 許可も取ったので部屋に入る。そこには九尾と翼君と狼貴君がいた。少し会わなかっただけでひどく懐かしく感じる。


「おはよう。九尾、翼君、狼貴君。」


「おはよう。」

「おはようございます。」

「………。」


 挨拶をすると、返事がきちんと返ってきた。


「さっそくだけど、話したいことが……。」


「ぐうっ。」


 私の話を遮ったのは私自身のお腹の音では断じてない。私以外だと九尾の腹の音だろうか。しかし予想は大きく外れることになった。


「話をする前にまずは朝食にしよう。こいつらは人の姿になってからまだ食事にありついていないから腹が減っているのだろう。」


 そう言って、九尾は部屋から出て行ってしまった。残されたのは私とこいつら呼ばわりされていた二人。


「ええと、人の姿になったというのはどういうことかな。」


「それは……。」


「その話は後にした方がいい。話せば長くなる。」


 

 二人にそう言われてしまえば、従うしかない。確かに私もお腹が減ってきた。先に朝食を食べてしまった方がいいだろう。ジャスミンもそろそろ起きてくる頃だ。二人に先に一階に行くように指示し、私はジャスミンの様子をうかがいに自分の部屋へと入る。



「おはようございます。昨日はよく眠れましたか。」


「おはよう、蒼紗。おかげさまでよく眠れたわ。それにしても蒼紗は早起きなのね。まだ8時過ぎよ。」


「早起きというほどでもありません。今日はたまたま早く目覚めてしまっただけです。いつもと環境が違っていたので、眠りが浅かったのかもしれません。」


「まあ、私が勝手に泊ったことに対する嫌味かしら。とりあえず、起きたらお腹が減ったわね。朝食はどうしようかしら。」


「はあ。」


 ジャスミンは相変わらず自分勝手である。まったくいつもと変わらずに逆に安心する。


「朝食は作るのが面倒くさいのでいつものファミレスにでも行きましょう。」


「ええ。行くのが面倒くさいんだけど、蒼紗の家に食料はないの。あれば私が朝食を作ることもできるけど。」


「あることにはありますけど……。」


「じゃあ、今日は私の手料理をふるまうことにしましょう。泊まらせてくれた借りもあるからね。それに服も貸してもらったことだし、お礼もかねて作ってあげましょう。」


 ジャスミンは上機嫌で部屋から出ていった。私の貸したスウェットの上下のまま一階に降りていく。自分勝手な行動は相変わらずだ。私もジャスミンの後に続いて部屋を出て一階のリビングに向かった。



 私とジャスミンが一階のリビングに行くと、すでに朝食が出来上がっていてダイニングテーブルの上に準備されていた。ジャスミンが料理の準備をする必要はなかった。テーブルの上にはこんがり焼けたトーストに目玉焼き、サラダが置かれていた。


「キッチンを少しお借りしました。僕と狼貴君の二人で朝食を作ったので、みんなで食べましょう。」


「あなたたちは確か………。」


 ジャスミンが不審そうな目で二人を見つめる。それもそのはずだ。彼女には翼君たちが幽霊だということを伝えている。幽霊が朝食を準備するなど聞いたことがない。


「ええと……。」


「せっかくこやつらが作った朝食が冷めてしまうぞ。温かいうちに食べてしまった方がいいと思うがな。」


 二人が説明をしようとすると、九尾が話に割って入ってきた。確かに冷めてしまってはもったいない。私たちは急いで席に着く。


「いただきます。」


 朝食は5人分用意されていた。皆それぞれが席につく。そして、皆で手を合わせて挨拶をして食べ始めた。


 朝食を食べ終わると、翼君が5人分の食後のコーヒーを入れてくれた。朝食の準備もしてくれて食後のコーヒーまで入れてくれるなんて、とても気の利く子である。



「さて、朝食もとって腹も落ち着いたところで、話を始めようか。」


 九尾が話を切り出した。


「まずは我かお主、どちらから話していこうかのう。」


「じゃあ、まずは九尾から話してもらえるとうれしい。今までどこに行って何をしていたのか説明してほしい。それと、翼君たちのこともしっかりと私たちが納得いくように説明してくれるかな。」


「そうか。では我から話していくことにしよう。」


 九尾の話が始まった。




「お主と離れてから我はこいつら二人とともに京都に向かった。ちょっと西園寺家の後始末をしに行こうと思ってな。ついでにこの町で何やら調査している死神どもの目を欺くためにも都合がよかった。」


「九尾さんは僕たちに京都に来ないかと言いました。」


「俺たちもこの身体のままでいいのかと考えていたところで、このままお前の家に居続けるのもどうかと思っていたからついていくことにした。」


 翼君と狼貴君が九尾の話に補足していく。


「ということで、京都で西園寺家の後始末をするついでにこいつらも京都に連れていくことにした。そして、今後どうしたいかという問いをした。このまま幽霊のままでも我は別に構わんのだが、ここにまた戻ってくれば、二人は死神に目をつけられる。捕まれば最後、強制的に天に還されることになる。」


 九尾は一息ついてちらりと二人に目を移す。そして話を再開する。


「彼らが死神に目をつけられない方法は二つ。一つは我の眷属になる契約を結ぶこと。契約を結べば、我のものになるから、死神たちは手を出すことができなくなる。そして、二つ目は、これが本来のことわりでもある、自然に成仏すること。」



「僕たちはすぐに決めました。だからこそ、今ここに居るというわけです。」



「ということは、翼君と狼貴君はこの狐の神様の眷属になったということなのかしら。」


「そういうことだ。どうやら二人にはまだこの世でやり残したことがあるようでな。それならと思い、提案したというわけだ。まあ、我も自分の眷属が欲しいと思っていたところだから、双方にメリットがある契約ということだ。だから、そこの蛇娘にも姿が常時見えている。こいつらは我の眷属であるからこそ、我が見えるようにしている。」



 私から離れている間にそんなことが起こっていたとは知らなかった。これから彼らはどうするのだろうか。戻ってきたということはこれからも私の家に居候をしてくれるのだろうか。


「我の話を簡単にまとめるとこういうことだ。ちなみに西園寺家の後始末は話すと長くなるし、お主たちには関係ないことだから、割愛するがな。次はお主たちの番だぞ。」



 九尾たちの話は簡単にまとめすぎていて、もっと詳しく聞きたかったのだが、仕方ない。今度は九尾がいない間のこの町で私が出会った死神たちについての話をすることにした。



 そう思って、話そうとした矢先、玄関のチャイムが部屋に鳴り響く。こんな時に誰が何の用事を持ってきたのだろうか。宅配を頼んでもいないし、私の家までくるような親しい友達はジャスミンくらいで、すでに私の隣に座っている。

 

 タイミングの悪い客である。とはいえ、放っておくのも後味が悪いので、玄関のモニターを確認した。

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