事件は続く

 車坂が家から去ると、疲れがどっと出てきてソファに座り込んで動けなくなってしまった。話を聞くだけだったのに、思ったより疲れていたようだ。意外に話し込んでいたらしく、もう夕食の時間である。いつもなら九尾がうるさいのだが、家の中は私一人でしんと静まり返っている。あまりにも静かなので気味が悪くなって、何か音を出そうと思い、テレビをつけた。



「次のニュースです。最近頻発している事件についでです。」


 ニュースは死神事件の話題で持ちきりだった。詳しく聞いてみると、被害者はいまだ増加中であり、深夜に一人で外出しないように注意を呼び掛けていた。


 被害はいずれも深夜に一人でいるところを襲われているらしい。今のところ、学校以外の場所での被害者が報道されている。被害者はいずれも死神様に会ったと証言しているらしく、先日見たニュースと同じだった。生気を失ったような死んだ魚の目をしている点も同じだった。いまだに犯人は捕まっていないようだ。


 死神が出る場所は様々で、コンビニや居酒屋、路地裏などである。次に被害者がどこに出没するのかわからないので警察も捕まえるのに苦労しているようだ。


 ニュースでは、塾の生徒たちが言っていたことは報道されていなかった。深夜の学校に行くことで、死神に会えるのは噂だけだったのだろうか。被害者が死神に襲われたという現場に学校は含まれていなかった。犯行予告の動画で初めて学校が選ばれたくらいだ。


 学校で流行っている死神と被害者が出ている死神は違うものだということか。これについては真相がわからないが、大きな被害は出ていないようなので、塾の生徒が言っていた死神については今は放っておくことにしよう。



 犯行予告の動画については何も報道されていなかった。犯行予告までしていたのだから、警察や野次馬が大勢詰め寄ってもおかしくはないと思うのだが、それについて何もニュースに取り上げられていなかった。不自然なくらいに何も報道されていなかった。まるで、誰かが記憶を捜査したみたいだった。犯行予告を調べてみたのだが、すでに削除されていた。




 いよいよ、本格的の行動を起こさなければ、この町はそう遠くない未来にゾンビ化してしまうような気がした。生気がない生きた屍状態の人間が増加すれば、日常生活にも大きな影響が出てくる。


 さらに悪いことに今までの被害者は徐々に回復して、1か月も立てば通常通りの表情が戻り、社会生活を普通に送ることができていた。それが、ここ数日の被害者は回復するどころか、逆にさらに悪化しているという。どんどん衰弱していて中には病院で寝たきりになってしまっている患者もいるそうだ。


 

 ニュースが死神の事件以外の放送を始めたので、テレビを切った。何気なくスマホを確認すると、車坂からスマホにメッセージが届いていた。


「ニュースで報道されている死神については私ではありません。朔夜さんも深夜に用事もないのに一人で出歩かない方がいいと思います。念のため、忠告しておきます。」


 面倒くさくなって、返信はしないで忠告だけ覚えておくことにした。




 久しぶりに夢を見た。私は人通りの少ない路地裏にいた。空を見上げると、星一つない真っ暗闇が広がっていた。スマホを確認すると、時間は真夜中12時少し前だった。この状況から考えるに、私はニュースで報道されている犯人にわざわざ会いに行ったと思っていいだろう。


「今日はお前が俺を楽しませてくれるということか。」


 突然、背後から声が聞こえた。振り向くと、そこには全身を黒マントで覆った人物が立っていた。


「いいえ。あなたがニュースで話題の死神さんですか。」


「俺は死神ではないけど、死神様なら存在するぜ。」


 もう一人、話しかけてきた人物とは別に人がいた。その人物も黒マントで全身を覆っていた。死神は全身を黒マントで覆う決まりでもあるのだろうか。


「何か考えているようですが、生気を吸われる前に親切な私がお前の質問に答えてあげましょう。あの伴坂や車坂が目をつけていた女性ですからね。それに前に会ったときは、あいつらの邪魔が入って、ろくに話ができませんでしたし。」


 私から遠いほうの黒マントが話し出した。伴坂や車坂といった知り合いの名前が出てきたのには驚いた。声から男と判断するが、どこかで聞いたことがある声だった。最近、聞いているような気がする。


 思い出した。犯行予告の現場で出会った謎の黒マントの声と同じだった。相手も前に会ったといっていた。どうやら、彼が本物の死神ということらしい。



「じゃあ、質問しますけど、あなたが噂の死神さんですか。ずいぶんと人気者のようですが、こんな時間に待ち伏せしていて何か面白いことはあるのでしょうか。」


 まずは、前回あった時と同じ質問をすることにした。あの時は、伴坂が途中で乱入してきて話を途中までしか聞けなかった。

 


「前と同じ質問ですね。面白いというより、私の欲求を満たせるからここで待ち伏せしている感じですね。お前は今までの奴とは違ってやばそうな臭いがプンプンしていますが、それはそれで刺激があって楽しめそうです。では、私のお楽しみの時間の始まりだ。綾崎、やってしまいなさい。」


 私の質問に簡単に答えると、綾崎と呼ばれた初めに私に近づいてきた黒マントの男が私に一気に近づいてきた。数メートルは離れていたはずなのに一気に距離を縮められて、逃げる隙が無かった。近づいてきた黒マントはフードをとり、顔を私の前にさらした。


 すごい美形だった。髪はサラサラの銀髪で、瞳の色は真っ赤な深紅だった。銀色の髪なんて下手をすると白髪で見た目が老人に見えてしまうけれど、その人物は見事に銀色の髪が似合っていた。しかし、こんなイケメンが深夜にいったい何をしているのだろうか。そういえば、生気が抜けたという状況にするという芸当を死神の他にできそうなものが一つ頭をよぎった。


 吸血鬼に襲われたというのはどうだろうか。目の前にいる美形を見ていて思いついた。吸血鬼は人間の血を吸うという化け物だ。人間の首から血を吸う場面を創作の中では見かける。とはいえ、被害者の首に神跡らしきものはついていなかったはずだ。


「いったい何を考えているか知らねえが、あんたは今、俺に襲われているということをわかってるのか。それなのにのんきに考え事とは余裕だな。助かる見込みのねえのに可哀想な奴だな。」


 そういえば、ものすごい美形と顔を合わせていたのだった。美形の顔と私の顔が近すぎてすでに唇と唇がくっつきそうである。


「まあ、俺にかなう奴はいないだろうから、あきらめておとなしく俺の糧となるんだな。」


 美形が私にキスをする直前で目が覚めた。美形の後ろには黒マントの男がじっと私を見ているのが見えた。




「ジリジジジジジッ。」


 急に目覚ましの音が聞こえ、慌てて飛び起きる。もう少し目が覚めるのが遅ければ、私も生気を吸われていたのだろうか。目覚ましはきちんと時間通りに仕事をしていた。時計を見て外を見ると、すでに起きなければならない時間だった。今日も雲一つない快晴のようだ。



 この夢を見た数日後、私は凝りもせずに犯人捜しを一人で行うのだった。そして、夢と同じように私は謎の黒マント二人組と出会うのだった。夢から覚める直前に私にキスをしようとした美形にはとっさに頭突きをした。頭を抱える美形を見ることなく、私はその場を走って逃げた。 

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