車坂の言い分②
昼食を食べ終わり、一息ついたところで車坂が話を切り出す。
「昼食も食べ終わったことですし、さっそく話を始めていきましょう。」
「ええと、話を始めてもらってもいいのですが、こんな公共の場で話しても大丈夫な話だとは思えないのですが、それに話は長くなりそうだとここから追い出される可能性もありますよね。」
こんな誰が聞いているかわからない場所で死神なんて言葉をだして話しても大丈夫だろうか。それにここだと周りの目が気になって集中して話を聞くことができない。
車坂も同じことを思ったのだろう。どこで話をしようかと思っていたら、思いがけないことを提案された。
「では、朔夜さんの家にお邪魔して話すというのはどうでしょうか。」
予想外過ぎて言葉が出なかった。てっきり、塾に行ってそこで話すものと思っていたので、私の家と聞いて反応が遅れてしまった。
「それなら誰にも話を聞かれずに済みますし、それに朔夜さんの家には今は朔夜さん以外いないはずですよね。」
私が固まっている間に話は進められ、あっという間にファミレスの勘定を行い、私の家に向かうことになったのだった。ファミレスの代金は車坂のおごりになったのでそれは少しうれしかったが、私の家に来ていいことにはならない。そう思ったのだが、結局私の家に車坂は来てしまった。
私の家に私以外いないことをなぜ知っていたのだろうか。偶然か、それともどこかで知りえたのか。やはり、車坂も普通の人間ではないと思ってしまった。
車坂は塾では常におどおどして挙動不審だったのだが、今日の車坂はそんな様子が見られない。今までの態度は演技だったのかと思うほど、車坂はしっかりとしていた。
私の家までファミレスから歩いていくこと10分くらい。とうとう私の家の前に来てしまったが、さてどうしたものか。確かに私の家だったら周りの目を気にすることなく集中して話すことができる。
私が往生際悪く家の前で立ち止まっていると、それを見越したかのように車坂が話し出す。
「あなたの居候たちは当分帰ってきませんよ。何しろ、彼らは私たちの捕獲対象となっていますから。当分というより、二度と戻ってこないといった方が正しいかもしれません。ですから、あなたの家なら誰にも邪魔されることなく話を進めることができるということです。」
車坂もいろいろと情報を持っているようだ。そういえば、九尾が翼君たちに死神に見つからないように言っていたのを思い出す。車坂の言い方だと、九尾たちは死神たちに捕まって私の家に戻ってこないとでも言いたげだ。
いまさら私の家に死神の一人や二人招くことにためらうことはない。むしろ、今の話を詳しく追及しなければならなくなった。
長い一日になりそうである。
車坂を家に上げ、一階のリビングに案内する。私の部屋で話をしてもよかったのだが、私にもプライバシーというものが存在する。リビングで話を進めることに決めた。
「飲み物は何がよいでしょうか。コーヒーか紅茶、緑茶くらいしか出せませんが。」
「ではお言葉に甘えて、コーヒーをお願いします。砂糖やミルクは不要です。」
私の分も合わせてコーヒーを机に置くと、車坂が話し始めた。
「では、話を始めていきましょう。まずは私の正体から話した方がよさそうですね。」
「お願いします。」
「私の正体は、朔夜さんはもうお気づきと思いますが、人間ではありません。世間でいう死神と呼ばれる存在です。あなた方人間がイメージしているものとほとんど変わりないと思います。主に私たちは魂が天に還るのをサポートする仕事、暴走した魂を刈り取る仕事をしています。そして、それらの仕事行うために……。」
説明をしてくれたのはありがたいが、すでに九尾や伴坂から話を聞いている。もうすでに聞いた話を聞くのは退屈だ。さらに話が長すぎて途中で何度も眠くなってしまった。
その都度にコーヒーを飲んで眠気を吹き飛ばしながら、なんとか最後まで聞くことができた。コーヒーにはカフェインが含まれていて眠気を抑える効果があるとか言うけれど、それでも眠たくなってしまったのは、車坂の説明が下手くそなのだからなのだろうか。
「死神の仕事についてはわかりました。それで、一番聞きたかったことを聞きますけど、車坂さんは本当に黒猫に化けることができるのですか。もしそうだとしたら、なぜ、お腹に大怪我を負っていたのですか。
私は一気に核心に触れることにした。死神についてはある程度は理解した。これ以上、死神についての新しい情報は聞くことができないと判断したためだ。
「いきなりその質問ですか。もっと朔夜さんとはいろいろな話をしたかったのですが、先日のこともありますし、お話ししましょう。もともと、このことを話そうと思っていたのでした。つい、話を長くしすぎてしまいました。」
車坂はどうやら、話をすると長くなってしまうタイプのようだった。別にそれは構わないのだが、時間は限られているので、本題に入ってくれるのはありがたい。
「まずは、確認ですけど、私は先ほども話したように、人間ではなく死神です。そして、黒猫に化けることができます。先日、塾で出会った黒猫は朔夜さんの思っている通り、私の化けた姿です。まさか、人間に私の姿がばれてしまうのは予想外ですが、仕方ありません。それに、朔夜さんには助けてもらった恩もありますので、質問には答えましょう。」
助けたということは、道で助けたあの黒猫も車坂ということか。よく思い出してみると、塾であった黒猫もお腹に怪我をしていたし、助けた黒猫も同じようにお腹に怪我をしていた。さらには、車坂もお腹を押さえていたので、すべて車坂という証拠になるだろう。
そういえば、助けた黒猫の近くに塾のテキストが散乱していた。あれは車坂のものだったということだ。そう考えると、すべてにつじつまが合う。
「納得して頂けたようですね。では、なぜ、けがを負っていたということを話していきましょう。」
車坂が話をしようと口を開きかけたとき、車坂の電話が突然なりだした。慌てて、電話に出た車坂は、いったんリビングから出て、廊下で電話の相手と話している。誰からの電話だろうか。
数分が経ち、車坂が再びリビングに戻ってくると、申し訳なさそうな顔をして謝ってきた。
どうやら、今日はこれで話は終わりのようだ。
「すいません。急用が入ってしまいまして。これから現場に向かわなければならなくなりました。話はまた後日、塾の後にでも。失礼します。」
そのまま、車坂は私の言葉を待たずに家を出て行ってしまった。なんとまあ、自分勝手な死神である。取り残された私は、突然の車坂の行動に頭がついていかずに、そのままリビングに立ち尽くしていたのだった。
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