九尾たちの行方

 家に帰ると、今日も三人の居候の姿は見当たらない。いったいどこをほっつき歩いているのだろう。彼らが私の家に戻らなくなって一週間ぐらいが経過している。九尾は一週間くらいかそれより長く戻らないかもしれないといっていたが、いったい何をしているのだろうか。

 彼らとの連絡手段を持っていない私には、彼らがどこで何をしているのか、いつ私の家に帰ってくるのか知りたくても知りようがないのだった。



 一人で寝ることには慣れているはずなのに、なぜだか無性に寂しさを感じた。今までだって隣の部屋で彼らは寝ていて、私は自分の部屋で一人で寝ていたはずだ。人の気配が全く感じられないから寂しく感じるのだろうか。ここ一週間くらい、言いようもない寂しさや孤独感が私を襲ってくる。


 凝りもせず毎日隣の部屋を確認している私は、彼らのいない自分の家に違和感を感じなくなるのはいつになるのだろうか。今までだって突然の別れは何度も経験してきた。


 しかしそれは私から別れを告げてきたことがほとんどなので、相手から何も言われずに別れてしまうという経験はしたことがない。一人に慣れていたのに彼らのせいで、一人が寂しいものだという感情がまた私の中に出てきてしまった。


 私にこんな感情を思い出させたからには彼らに何とかして責任を取ってもらわなければならない。


 一人寂しく寝ていても、寂しさで眠れないということはない。今日も目が覚めて時計を見ると、すでに朝になっていて目覚ましが鳴る十分前くらいだった。私はもそもそと起きだし大学に行く準備を始めた。念のため隣の部屋をのぞいてみるが、九尾を含め、三人の姿はなかった。どうやら翼君と狼貴君も帰ってこなかったようだ。

 

 彼らは人間ではない。いつまでも一緒にいられるという保証はない。もしかしたら、私の特異体質を知っても離れていかないのかもしれないと考えていた。それなのに私の特異体質を知られる前に出ていかれては困る。


 しかし、長年培われた人間不信は早々治るはずもない。私は戻らない九尾たちのことを考えながら、うつうつとした気分を抱えていた。



 私はある決意をした。連絡が取れないのならば、自分から彼らを探せばいいのではないか。私は彼らを行方を捜すことに決めた。



 

 大学の準備をしたのだが、ふと今日は大学の授業がなくなったことを思い出す。今日は珍しく大学の授業がない日になって、一日予定が空いた。たまたま先生の都合によって私の取っている授業が休講になったのだ。


 何をしようか考え、とりあえず九尾や翼君、狼貴君がいそうなところをしらみつぶしに探していこうかと思っていると、スマホが突然なり始めた。画面を確認すると、ジャスミンからだった。


「はい。」


「おはよう、蒼紗。今日は大学の授業が休みだから暇だよね。私も暇を持て余しているから、今日は一緒に遊びましょう。」


「私はジャスミンと違って暇ではありません。」


 とっさに返事をすると、あきれたような嘲笑がスマホ越しに聞こえてくる。ジャスミンのくせに生意気である。


「そんなこと言って、実は家でゴロゴロしたいだけでしょう。蒼紗の考えそうなことなら大体想像がつくからね。実は今、蒼紗の家の前にいるのだけど、ちょっと窓から見てごらんなさい。」


 仕方がないので窓から外を覗いてみる。ジャスミンの言う通り、家の外にはジャスミンがいて、私に気付くと手を振ってきた。


「どうする、蒼紗。私と一緒に外で遊ぶか、それとも私を家に招いて一緒にお話しするかどちらがいいかしら。」


 どちらの選択肢にしろ、私はジャスミンと一緒に過ごす以外の選択肢はないらしい。しかし、考えようによってはジャスミンと一緒に九尾を探せるということである。一人で探すより、二人の方が見つかる可能性が高まる気がする。私は良い方向に考えることにして、ジャスミンの言うことに従うことにした。



「おまたせました。」


 ジャスミンに家の外で待ってもらい、私は外出の準備を終えて外に出る。ジャスミンの服装は今日も目に痛い配色である。明るい色は元気が出るといっていたが、連日そんな派手な色合いの服を着る必要はないのではないか。ショッキングピンクのセーターに緑のミニスカート。足元はボーター柄の赤と黒のニーハイを履いていた。足元は茶色の厚底ブーツを履いていた。


 私はというと、別に大したことはない。灰色のTシャツに黒のパーカー、下はジーンズである。大学内ではコスプレのような派手な目立つ格好をすることに決めているが、普段の私生活まで派手にする必要はない。それに本来の私は地味なのである。


「蒼紗ってやっぱり地味よね。」


「何とでも言ってください。本来の私は地味でつまらない女ですから。そんな女と付き合いたくないなら別に無理に付き合わなくてもいいですよ。」


「別に無理に付き合っているわけではないわよ。私が蒼紗のことが好きだから付き合っているわけだから、そんなに卑屈にならなくてもいいでしょう。」


「そうですか。それなら構いませんが、あとで私と一緒に過ごしたことを後悔しても知りませんよ。なんせ、私は……。」



 そこで言葉を止めてしまった。私の特異体質をこの場で話してしまってもいいものだろうか。勢いに任せて話してしまってよい内容だろうか。


「私は何。もしかして蒼紗は他にも面白い能力を持っているというのかしら。その能力が特殊すぎて今まで付き合ってきた人が離れていったのね。それなら大丈夫。私なら蒼紗のどんな能力でも受け入れて見せるから安心しなさい。」


 私は一体ジャスミンに何を言おうとしていたのだろう。私が彼女に本当のことを言ったからといって私の特異体質は治るわけではないし、逆にジャスミンに迷惑をかけてしまうだろう。

 ジャスミンがいけないのだ。自分も能力者だからといって私に馴れ馴れしく接してくるからだ。


「一緒に出掛けるのはいいですけど、ひとつジャスミンに手伝ってほしいことがあります。」


 私は手短にジャスミンに用件を伝えることにした。

 

「私の手伝ってほしいことですが、九尾たちが一週間ぐらい家に戻ってこないので、どこにいるのか探してほしいということです。」


 私の話を聞き終わったジャスミンは何か考え込むような仕草をして、予想外な回答を私によこした。


「いなくなっても別に探す必要はないのでは。だって、勝手に彼らが蒼紗の家に居候を始めたわけで、蒼紗も彼らがいて何かと苦労していたはずよ。彼らは人間ではないから、結局、私たち人間とは相いれない存在だったということでしょう。蒼紗には私や大学の仲間がいるのだから、わざわざ人間以外のものと付き合うことはないのではないかしら。」


 ジャスミンの言うことは正しい。しかし、私には彼らが勝手に私の家からいなくなるとは思えなかった。だからこそ、彼らを探して私の家にいたくない理由を聞いて、きちんとお別れがしたいのだ。


「ジャスミンの答えは正しいと思いますが、私は彼らを探したい。探す気がないようならここで別れましょう。私以外の友達と一緒に遊ぶことをお勧めします。」


 そもそも、これは私と九尾たちの問題であり、ジャスミンは関係のない話である。一人より二人の方が何か手掛かりでも見つけやすいと思ったのだが、仕方ない。私はそのまま玄関のカギをかけて、家から出ようとした。ジャスミンを無視して、九尾を探そうと歩き出すと、ジャスミンが慌ててついてきた。


「待って、私は一般論を言っただけだから。おいていかないでよ。私も一緒に彼らを探すのを手伝うから。」


 こうして、私たちは今日の貴重な休みを、九尾たちを探すことに費やしたのだった。しかし懸命に探したのだが、結局彼らは見つけることはできなかった。

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