黒猫の正体

 放課後、いつものようにバイトをするために塾に向かうと、すでに車坂先生が塾に来ていた。どうやら体調は良くなったようだ。


「車坂先生、今日もよろしくお願いします。」


 私が挨拶をすると、少し驚いた様子を見せたが、すぐにいつも通りの表情に戻り、こちらこそとあいさつを返した。


「先週はすみませんでした。ちょっとした不手際が起きてしまいまして。まだ、その不手際の後遺症があるので、体調万全というわけではありませんが、一緒に頑張りましょう。」


 あいたたた、と言いながら塾の準備をしている車坂先生。しきりにお腹を押さえている。額には脂汗が浮かんでいる。お腹が相当痛むようだが、本当に大丈夫なのだろうか。もしだめなら今日もまた私がひとりで担当してもよいと言おうとしたら、電話が鳴った。


「はい、CSSです。」


 電話は生徒の母親からだった。今日塾に行く予定だった小学生の兄妹が体調不良で休むという連絡だった。体調不良というあいまいな言葉が気になるが、親が言っているのだから深く突っ込むことはできない。振替日を指定しもらい、電話を切る。


 車坂先生に話しかけたことの続きを言おうとしたが、また邪魔が入った。まだ塾の時間には早いはずだが、塾に生徒がやってきた。塾に来たのは三つ子だった。走ってきたのだろう。息が切れてハアハアと苦しそうだ。



「先生、本物の死神が出るみたいだよ。」


 何と、噂の死神が無料動画サイトに犯行予告をアップしたようだ。私は塾のパソコンでその動画を検索した。すぐに動画は見つけることができた。

 その動画によると、二日後の深夜に三つ子が通っている中学校の近くで事件を起こすらしい。動画に移っている人は全身を黒いマントで覆い、顔も見えずに不気味な姿だった。そして、死神の武器ともいえる大きな鎌が男の後ろに写っていた。車坂先生も私を注意することなく、じっと動画に釘付けになっている。

 


 全身黒いマント姿といえば、先日黒猫を拾って助けようとした時のことを思い出す。今回のこの動画の主は彼らと関係はあるのだろうか。関係はなく、たまたま黒いマントで全身を覆っていただけなのか、気になるところである。


 動画についての話を三つ子としていると、車坂先生が急に腹を押さえだして苦しみ始めた。痛みがぶり返してきて我慢の限界のようだ。慌てて、三つ子とともに駆け寄ると、今日は塾を休んで帰るので、生徒は朔夜先生の指示に従って勉強しなさいと言って、ふらふら塾から出て行ってしまった。


「車坂先生はお腹でも壊したの。何か変なものでも食べたのかな。なんだかとても痛そうにお腹を押さえていたけど。それとも、お腹に怪我をしていたのかな。」


「大丈夫ではなさそうだね。」


「俺たちが死神の話をしたから、興奮して傷が開いたとかだったら、やばいかも。」


 口々に車坂先生についての意見を言っている。しかし、車坂先生が早退したとなれば、私がしっかり塾の面倒を見なければならない。


 パンパンと手をたたき、私に注意が向くように仕向ける。


「では、車坂先生も言っていたように今日もしっかり勉強していきましょう。」



「せっかく死神に会える情報を渡したのに残念だなあ。もしかしたら会えるチャンスだったのに。あんなに調子が悪そうじゃあ、ダメだなあ。」


「弱いねえ。」


「やっぱり、死神の話に興奮して、傷が開いたのかもしれないよ。」



 三つ子が何か話していたのだが、無視して勉強するように促した。


 



 その後はいつも通りだった。その後に来た生徒も口々に死神の話をしていたが、それ以外は特に問題がなく時間は過ぎていった。そして今日も問題なく時間が過ぎ、すべての生徒が帰り、教室には私一人が残された。これまたいつも通りに後片付けなどをしていると、にゃあ、という声が聞こえた。


 声の発信源を探っていると、どうやら塾の外で猫が鳴いているようだ。それからもにゃあ、にゃあと声がうるさかったので、仕方なく塾を開けて外の様子を確認する。猫はその瞬間を待っていたかのように塾の中に入ってきた。


 猫が塾に入ってくるとは思っていなかったので、私の対応は遅れた。その隙をついて、猫は車坂先生の荷物を口にくわえた。そしてそのまま塾から逃走を図ろうとしていた。そういえば、車坂先生は早退する際によほどお腹が痛かったのか、何も持たずに塾から出て行ってしまった。そのため、荷物がそのまま塾に置いてあった。猫はその荷物を持ち出そうとしていた。


 慌てて猫を捕まえようとすると、意外にもあっさり猫を捕まえることができた。猫は急いで塾から逃げようとしていたが、どうやら口にくわえていた荷物が重かったようで引きずっていた。さらに猫は怪我をしているようでお腹を前足で押さえていたので、簡単に捕まえることができたのだった。


 荷物を猫から引き離し、猫を腕に抱える。その猫は黒猫で、腹には大きな傷があり、以前に助けようとした黒猫と同じ場所に傷があった。

 

 猫は腕の中でおとなしくしている。いったい、この猫は何者なのだろうか。問い詰めようとしたが、相手は動物である。私の能力を発動しても猫なので、命令しても意味がないだろう。しかし、もしこの猫が本物の猫ではなく、人間が化けていたとしたらどうだろうか。一か八かで能力を発動させてみようか。


 そんなことを考えていると、猫から突然煙が上がり、目の前が見えなくなった。数分後、目が慣れてくるとそこに黒猫の姿はなく、黒猫がいた場所には塾から帰ったはずの車坂先生の姿があった。


「すみません。塾に忘れ物をしたのを忘れていまして。ここに黒猫が来ていたでしょう。その子はうちのペットで家からついてきたもので、本当に困ってしまいますよね。」


 そういった車坂先生は塾から逃げようとした。もちろん、そんなウソに騙される私ではない。とっさに能力を発動して車坂先生を拘束しようとした。


「動くな。」


 途端に車坂先生の身体が動きを止める。どうやら能力が発動したようだ。このまま車坂先生の正体を教えてもらおう。黒猫が突然消えたこと、その黒猫の腹の傷と車坂先生の体調不良のタイミングなど不審な点が多い。

 私が追加で能力を発動しようとすると、車坂先生から待ったの声がかかった。


「それ以上能力を使わなくても大丈夫です。報告通り、あなたの能力は厄介ですね。」


「車坂先生のこと、詳しく教えてくれますよね。」


 車坂先生は力なく頷いた。しかし、今日はもう遅いので、話は土曜日の塾が終わった後に昼食を食べながら話そうということになった。


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