妖怪歴史入門②

 気持ちよくうとうとしていたら、頭を軽くたたかれた。誰かと思い隣をみるとジャスミンだった。ジャスミンは怖い顔で、壇上にいる先生をにらんでいる。


「あの先生、私たちのこと狙っているのかもしれない。だって、私たちのことずっと見ているもの。私たちの能力がばれているのかもしれない。」


 何を言い出すのかと思えば、さすがジャスミンである。うとうとしていた気分が一気に覚めてしまった。

 初対面の人にそうやすやすと私たちが能力者であることがわかるはずもない。それこそ、瀧のように相手の能力がわかる能力でもなければ無理な話である。すでに半年の付き合いで、彼女に何を言っていても無駄だということを知っているので無視する。


 周りを見渡してみると、どうやら私たち以外の学生は教室から出ていったようだ。教室に残っているのは私とジャスミンと先生の三人だけだった。時計を見ると、授業が終わって5分ほどが過ぎていた。


「これはどういう状況か、説明してもらえますか。ジャスミンさん。」


「説明も何も、授業後、私と蒼紗に対して、先生が居残るように指示していただけよ。蒼紗ったら、爆睡しているから話を聞いていなかったのね。そんなところもかわいい。」


 そんなことを先生は言っていただろうか。授業終わりの挨拶はかろうじて聞いた気がする。さらには、プリントに感想を書いて、提出するということまでは眠い頭でも聞いている。


 私は授業後、どれだけ爆睡していたのだろうか。まさか、授業が終わって生徒が教室を出ていく音にも気付かないくらい寝ていたとは思わなかった。


「私が残ってもらうように言ったのですよ。本当は朔夜さんだけでよかったのですが、佐藤さんも残ると言い出したので、残ってもらっています。」


「私に何か用ですか。授業中、寝ていたのはすみません。次からは気をつけます。それ以外のことで先生に迷惑をかけたことはないと思いますが、それにプリントの感想もすぐに書きますので、少し待ってもらえれば提出できますよ。」


 先生の目つきがなんだか気味が悪かった。私のことをじっと見透かすような嫌な視線である。まるで私の正体を知っているぞ、ばらしてほしくなかったら言うことをきくんだという、心の声が聞こえてきそうだ。


「授業中に寝ている生徒は他にもいるので、それは問題ですが、呼びだして注意するほどではありません。それではなくて、個人的に聞きたいことがありましてね。あなたの入試の成績や、今まで通ってきた学校などを拝見したのですが、不審な点がありましてね。その点を明らかにしたくて。よかったら、この後、少し研究室で話しませんか。」


 私の経歴に興味を持ったということか。しかし、私の経歴に問題はなかったはずだ。事前に何度も見直しをして確認している。それとも、ジャスミンの言う通り、私が能力者だということに気付いているのだろうか。

 返事をせずに考えていると、ジャスミンが話に割り込んできた。


「お断りします。それはプライバシーの侵害ですよ。蒼紗は蒼紗です。それ以外の何物でもないので。そんなくだらない用事でしたら、私たちはこの後、大事な用事があるので失礼します。」


 行きましょうと言って、私の手を引いて、教室を後にする私とジャスミン。先生は後を追うことはせず、その様子を見守っているだけだった。にこりと笑っていたが、目が全然笑っていなくて、ぞっとした。



「そうそう。その格好、朔夜さんによく似合っていますよ。いつも可愛らしい恰好をしていると思っていたのですよ。これからも、私の目を楽しませてくださいね。」



 私たちはその言葉を無視して講義室から出た。後ろを振り向きもしなかったので、変態発言をした駒沢という教授がどんな表情で話していたのかはわからなった。




「蒼紗、あの先生とは知り合いなのかしら。」


「そんなことはありません。授業で初めてあったはずです。」


「そんなことはないと思うけど。蒼紗は本当に興味ないことは覚えていないのねえ。入学式に一度会っていると思うわよ。学科のガイダンスで会っているはずでしょう。まあ、蒼紗が覚えていないというなら、仕方ないけれど。蒼紗がまったく覚えていないということは、それ以外で接点がないということよね。いったい、蒼紗の過去に何があるのかしら。」


 そんなに面白い過去なら、私も知りたいわね……。ぶつぶつ何かつぶやいている。


「何かあったら私に言いなさいよ。力になれると思うわ。それにしても、最後のあの発言は気味が悪いわね。気をつけなさいよ、確かに蒼紗は可愛らしいから、変な男とかに近寄られても素直についていってはダメよ。」


「ありがとうございます。気をつけます。」


「それにしても、あの授業、くそつまらないわね。妖怪なんて実際のところ、私たちのような能力者がもとになった話に違いないのに、その説明が全くないなんて変な話よね。まあ、そのおかげでこうして私たちは普通の生活を送れているのだけど。」


「その話はもういいでしょう。結局、人間は自分とは異質のものとは一緒に生きていけないのですよ。異端者は排除か、いないことにしたいということですよ。」


 そんなことを話しながら、先ほどの授業を思い出す。どうして私は授業中にあそこまで深く眠りに落ちていたのだろうか。夜遅くまで起きていることはないし、そこまで疲れるようなことをしているつもりもない。

 

 とはいえ、最近妙な連中に遭遇することが多いので、それが知らず知らずのうちにストレスとなって疲れになっているのだろう。せっかく大学まで通っているのに授業中寝てしまうのは学費の無駄使いである。何とかして疲れの原因を排除して、大学の授業をしっかり聞きたいところである。



 私たちが廊下でそんなことを話しているのをひっそりと聞いている人がいた。授業中に発言していた黒髪おさげの学生である。その学生は私たちをにらみつけながら、そっと独り言をつぶやいた。


「どうして、私には何も言ってくれないのに、あの子を呼びだしていたの。どうして先生はあの子には興味を持つのかしら。私の方が先生の授業を熱心に聞いていたのに。」


 学生のつぶやきは誰にも聞かれることなく、静かに廊下に響き渡っていた。もちろん、私たちもまさか、先生に呼ばれたことをうらやましがれているのだとは思ってもいなかった。



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