妖怪歴史入門①

 毎日恒例のコスプレだが、本日もまだハロウィン週間である。今日でハロウィンまで残り半月になった。最近、ハロウィンを楽しむ日本人も多い。私も今年は全力で楽しもうと思う。その日はおそらくコスプレしていても、あまり目立たないので、普段のコスプレよりさらにクオリティを挙げて挑みたい。


 さて、今日の衣装だが、今日は赤ずきんをイメージした衣装である。赤いマントを羽織り、ふんわりとしたこれまた赤いスカート。腰には白いエプロンをしている。鞄も赤ずきんがもっているようなバスケットにした。


「おはよう。今日は赤ずきんなのね。本日も私の衣装は蒼紗とばっちりの相性ね。蒼紗のことは私が食べちゃおうかしら。ガオー、なんちゃって。」


 騒がしく声をかけてきたのはもちろん、一人しかいない。朝からテンションが高い彼女にはいつも驚く。私は基本的にテンション低めなのでテンションが高い人を見るとすごいなと素直に感心してしまう。

 ジャスミンの服装は発言から想像できると思うが、狼をイメージしているようだ。茶色いもこもこのマントを羽織り、もこもこの同じ色のスカートをはいている。全身茶色いもこもこで身を包んでいる。頭には狼の耳らしいカチューシャをつけている。


「おはようございます。いったい私の情報をどこから入手しているのか気になりますが、私を食べてもおいしくないですよ。」


 

 今日の授業は私たちの専門教科の「妖怪」についての授業だ。講義名は「妖怪歴史入門」で、妖怪の定義や昔話から見る妖怪などを学んでいく。


「私たち自体が妖怪みたいなものだから、この授業はなんだか憂鬱になってしまうわね。蒼紗もそう思うでしょう。」


 確かに、私たちには普通の人にはない特殊能力を持っている。だからといって、私はこの授業のことは嫌いではない。何しろ、普通の大学では学ぶことができない特殊なことだからだ。それに私たち能力者について知る良い機会かもしれない。この学科に入ろうと思った理由も私の特異体質がわかるかもしれないと思ったからだ。


「私は興味深いと思いますけどね。私たちみたいな能力者が昔から存在したということがわかるし、その人たちのことを知ることができれば、私たちの生活に活かすことができるでしょう。それに、この授業が憂鬱なのは大学に入る前から分かっていたことでしょう。それなのにこの学科を希望したということは何か理由があるからだと思いますが。」


「まあ、そうだけど。わかってはいましたよ。私だって自分の能力のルートを知りたいと思いました。でも、実際に授業を受けてみるのと、受ける前とでは考えは変わってくるのは仕方ないことだと思わない。」


 二人でそんな会話をしているうちに授業がある講義室にたどりついた。この授業は後期からの授業で、一回目は自分がもつ妖怪の定義やイメージについてプリントを書かされた。そして、先週は祝日で、今日が二回目の授業である。



「では、授業を始めます。」


 授業を担当しているのはこの大学の教授である駒沢という五十代くらいの男性だ。前期の授業では他の学部共通の一般教養が多かったが、後期からは少しずつ専門教科も増えてくる。この授業も専門教科の一つである。ただし、「妖怪歴史入門」という名前通り、入門なのでこの授業については他の学部も受けることが可能である。


「今日は先週書いてもらった『妖怪』の定義やイメージについての詳しい説明をしていきたいと思います。書いたプリントは授業後集めます。このプリントの内容は評価の対象にはしませんので、書いた内容がひどくても別に構いません。授業後にプリントの一番下に今日の話を聞いて、改めて感じた「妖怪」のことを書いてください。」


 前置きをしてから、先生は授業の本題に入っていく。学生は興味深そうに先生の話を聞いている。経済や法律の授業よりは退屈していないように見える。


「では、まず学生に『妖怪』についてのイメージを聞かせしてもらいましょう。誰か、自分の意見を話しくれる人はいませんか。」


 大抵、授業中に積極的に挙手をする人はいない。たまに一人か二人いればいいくらいだ。この授業にもその一人がいたようだ。先生が挙手した生徒を指名する。指名された生徒は講義室の前の方に座っていた学生だった。


「はい。私の考える『妖怪』とは、人々が作り出した畏怖や敬意が具象化したものだと思います。現実には『妖怪』と呼ばれるような化け物は存在しません。それなのに現代までその話が残っているということはそれだけの意味があります。例えば、座敷童という妖怪がいます。この妖怪がいれば幸運が訪れると言われています。これは、家に幸運をもたらすのは努力だけでなく、子供に対しても優しくするということが教訓にあると思います。それから……。」


 話し出した学生は見るからに真面目そうな女性だった。黒髪おさげの丸メガネをかけていた。今時、そこまで真面目を絵にかいたような恰好をしている人は珍しい。自分の書いたプリントを見ながらすらすらと発表する。思いのほかたくさん書いていたようで、まだまだ話は続きそうであった。


「ありがとう、そのくらいでいいよ。確かに妖怪は実際には存在しないのにこんなにも現代に根強く残っているのは不思議だね。それが昔の人の教訓ということも考えられます。素晴らしい意見です。他に自分の意見を発表してくれる人はいないかな。」


 先生はその生徒の発表を途中で遮り、次の生徒を探し出す。発表した学生以外は挙手する様子はない。先生はその様子にため息をつくと、自分から話し出す。


「発表してくれる人はいないようですね。仕方ありません。先生も無理強いは好きではありませんので、君たちの意見はあとでじっくり読ませてもらいましょう。」


 授業の導入部分が終わったようで、本題の『妖怪』についての授業がいよいよ始まった。




「『妖怪』と呼ばれるものは、一般的には人には持ちえない容姿や能力を持った人外のものと言われています。とはいえ、現代の科学では解明できない事象もたくさんあります。その点においては………。」


 

 話し始めた内容は一般論過ぎて、すでに知っていることばかりだった。話の最後には「まだ今の分野については研究中で確かなことは言うことができません。あくまで仮定するとの話です。」とまとめていた。


「これで今日の授業は終わります。今日の授業で感じた妖怪についての感想を書いてください。書き終わったプリントは講義室から出ていく際に教壇に提出してください。このプリントの内容自体は評価の対象にしませんが、プリントの提出を出席代わりにしたいと思いますので、忘れずに提出してくださいね。」


 

 やっと授業が終わった。途中から退屈過ぎてうつらうつらしていた。とりあえず、プリントの感想を書かなければいけないなと、眠い頭でそんなことを考えているうちにまた 眠気に勝てずに寝てしまった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る