名刺を渡されました

 今日の服装もハロウィンにちなんでヴァンパイアにした。中世の貴族が着るようなジャケットとズボンに口には真っ赤な血をイメージした口紅。口の端からは血がしたたり落ちているようなメイクにした。髪はオールバックにしてみた。

 ジャスミンもどうやらは私の意志を汲んでハロウィンのコスプレにしているようだ。ジャスミンはミイラ男に扮しているのか、服には至るところから白い包帯のようなものが巻かれている。頭には白いピンがこれもまたいたるところに留められていた。


「私が帰った後の田中さんはどうでしたか。また無反応のままだったのでしょうか。」


 ジャスミンに会うと、すぐに昨日の田中さんの様子を聞いてみた。


「それが大変だったのよ。蒼紗が出て行ってから、急に暴れだして看護師と私で押さえるのに苦労したわ。しばらくすると、疲れたのかおとなしくなったけど。」


 授業の間にこそこそと昨日のことを話し合う。


「そんなに情緒が不安定だとまだまだ退院は難しそうですね。」


「そうでもないみたい。ビルが三階建てで低かったのと、落ちた場所がたまたまコンクリートじゃなくて、木が生い茂る場所だったから。運よく木に引っかかって足の骨折だけで済んだみたいでもうすぐ退院できそうよ。精神面では不安だけど、怪我が骨折だけですんでよかった。」



 話を終えて授業に意識を戻すが、経済学の授業ですぐに先生の話が子守歌に聞こえて、眠くなる。先生にばれないように寝ることにした。



 大学の授業が終わり、バイトに向かう。事前に連絡は来ていたが、今日はどうやら車坂先生は体調不良により休みらしい。ということは、今日は一人で生徒たちのことを見なければならない。私以外のバイト講師はいると思うのだが、彼らも彼らのシフトが組まれていているので、私が一人になっても臨時で入ることはできないようだ。


 この塾にもだいぶ慣れて、生徒の名前も覚えることができた。生徒一人一人の性格や学校での成績、好きな教科、苦手な教科も把握済みだ。それにここの生徒たちも真面目な生徒が多いので、バイトがしやすい。

 

 それにしても、車坂先生はどこか悪いところでもあるのだろうか。先日も塾に来るのが生徒の来る直前で、勤務時間より大幅に遅刻していた。そして今日も体調不良で休みと連絡があった。少し心配である。


 以前働いていた「未来教育」から私と同じように「CSS」に移った生徒がいる。別に瀧がいなくなっただけで、それ以外は何も変わらないはずだが、塾を変えたようだ。私が結局、最後まで見分けることができなかった三つ子である。


 今日は彼らの当塾日だった。彼らも死神についての話題を私に持ち掛けてきた。いつものように塾で出された宿題の丸つけをしているときに三つ子の一人が話しかけてきた。名前は覚えたのだが、いまだに見分けをつけることが難しい。


「先生は、死神に会ったら誰の魂を刈り取ってもらいたい。」


 軽いノリで話しかけられたが、話の内容が中学1年生の話す内容ではない気がする。ここでもまた死神だ。本当に死神はこの町の人気者らしい。これは本気で一度会ってみたい。そして、有名になった気分はどうかと問いかけたい。


「僕はそんな物騒なことはしてもらわなくてもいいな。」


「俺もそう思うけど、クラスの人はそうでもないみたいで、わざわざ死神に会いに行った人がいるらしいよ。」


 三人が思い思いに話し出す。ちなみに三つ子の名前は上から順に「陸玖(りく)」「海威(かい)」「宙良(そら)」というようだ。親のネーミングセンスについてはここでは問うまい。別に一人一人で見れば別にそこまで変な名前でもない気がする。三人並ぶと何とも言えない感じだが。苗字は高橋で普通である。


 それはそうとして、この前塾に死神の話題を持って来た兄弟に話を聞かなくもこの三つ子に聞けば詳しくわかりそうだ。


「先生も死神に魂を刈り取ってもらいたい人はいないかな。クラスの人は会いに行ったといっていたけど、どこであって、そのあとどんな様子だったか教えてくれるかな。」


「先生、ずいぶん死神に興味があるんだな。俺のクラスじゃなくて宙良のクラスの子が実際にあったといってたよな。」


「そうそう。僕のクラスの女子がうちの学校の正門に真夜中に行ったらしい。真夜中十二時ぴったりにいくと会えるみたい。でも、その子は次の日は学校に来たけど、そのあと体調不良で一週間ぐらい学校に来ていないから、詳しいことは聞けてないよ。」


「でも、俺っちのクラスの女子が急に休みだしたのも同じ時期かもしれない。そいつ、元気が取り柄だっていうくらい、風邪もひかずに小学校六年間皆勤だったやつなんだけど、突然休みだしたから驚いた。もしかしたら、噂通り、その女が魂を刈り取ってとお願いしたのかもな。女子って怖えな。」


 休み始めた時期が同じなのは気になるところだ。真夜中十二時に学校の正門前に行けば必ず会えるのだろうか。学校はこの三つ子の通っている学校で間違いないのだろうか。まだまだ聞きたいことはたくさんある。


「先生、死神に興味あるんだね。意外だね、そういう現実に存在しないものは信じていないイメージあったから、ちょっと新鮮かも。」


「先生も興味を持つことがあるんだね。何にも興味ない無関心キャラだと思っていたから。死神の話なら僕も話せるよ。聞きたいなら教えてあげる。」


 いつの間にか、三つ子の周りには生徒がたくさん集まってきていた。そして、わいわい騒ぎだしている。もっと話は聞きたいが、ここは塾であり、何をするべき場所かというと、勉強をする場所だ。わざわざお金を払ってきている生徒にはそれ相応の勉強をしてもらわなければならない。


「さあさあ、その話はまた休憩時間にしましょう。まずは塾で出された宿題の丸つけから。それが終わったら、各自カリキュラムに書かれた教科をやり始めてください。」


 素直な彼らは「はあい」と返事をして、自分の席に着き始める。そして、いつも通りの塾の雰囲気に戻り、私も塾の講師として、彼らの勉強のサポートをしていく。質問がある生徒には丁寧に答え、生徒が解いている問題に目を向けて、手が止まっているようならヒントを出して答えに導いていく。そうしているうちに時間はあっという間に過ぎていき、すぐに最後の生徒が帰り、塾には私一人となった。


 休憩時間にまた死神の話題が出たのだが、彼らの中に実際に死神に会ったことがある生徒はいなかったので、どの話も的を得ない微妙なものだった。これは生徒たちのくれた情報をもとに実際に会ってみて真相を確かめた方が早いだろう。一人で塾の後片付けをしていて決意した。しかし、話を聞いてすぐに会いに行くというのは、はしゃぎすぎていて恥ずかしい。

 一度、家に帰ってしっかりと情報を整理してみよう。そう思い、塾のシャッターを閉めて、裏口から出る。



 すると、私を待ち伏せしていたかのようにじっと塾を見つめていた謎の男を見つけた。私はつくづく変な人間を引き寄せる体質のようである。黒いスーツを身にまとったその男は私に会釈し、名刺を渡してきた。


「私は車坂の上司の伴坂と申します。以後お見知りおきを。それと、あなたにはいろいろ聞きたいことがありますので、近々お話を伺いにまいります。その話の内容次第によっては血を見ることになるかもしれませんが、悪しからず。」


 そう言うと、また会釈してその場を去っていった。暗闇に紛れてすぐに姿は見えなくなった。突然の出来事に私は声を発することもできなかった。

 渡された名刺を確認する。そこには「死神労働組合 魂見守り課 課長 伴坂寧々尾」と書かれていた。


 どうやら私は意図せず、本物の死神に出会ってしまったようだ。この名刺が本物で彼が噂の愉快犯を語っていないという証拠があるならばの話だが。

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