九尾の忠告

 風呂から上がって、リビングをのぞくと九尾と翼君がニュースを見ていた。どうやら、いつの間にか狼貴君も帰ってきたようで、3人そろって真剣にニュースを見ている。何か面白いニュースでもあったのかと私もテレビを見ようとすると、唐突にテレビが切られた。犯人は九尾だった。


「今日の夕飯は塩鮭と味噌汁がいい。」


 九尾はそう言い残すと、二階に上がっていく。残された二人はそのままソファに座ったままである。翼君は何か言いたそうにしているが、九尾に口止めされているのか何も話そうとはしなかった。


「九尾に何か口止めされていることでもあるんでしょう。私は気にしないから、そんな気まずそうな顔をしないでくれる。」


「別に口止めされているわけではないんですが、ただ………。もしかしたら、僕たち………。」


「不吉なことを言うな。奴らが町から出ていくまで逃げ通せばいいだけの話だろう。」


 何やら不吉な会話を始める二人だが、私にはわからない話なので特に詮索しないことにした。幽霊には幽霊の事情がある。ここで深く追求してもよいことなどないだろう。私は九尾から言われた夕飯を作る準備を始めた。ちなみに今日も両親は仕事で戻らないようだ。



 夕食が出来上がり、九尾を呼びに二階に行き、九尾たちの部屋をノックしようとすると、私の部屋から九尾が出てきた。私の部屋で何をしていたのだろう。別に見られてやばいものはおいていないが、私にもプライバシーというものがある。九尾が何やら難しい顔をしていたので、私は部屋のことは言わないことにした。


「九尾、夕飯ができたよ。リクエスト通り、塩鮭と味噌汁だからね。」

「わかった。」


 二人で一階のリビングに向かう。リビングを見ると、翼君と狼貴君が夕食の準備をしていた。食器を並べたり、コップにお茶を入れたりしている。確か、二人は幽霊だったはずだ。勉強はできたようだが、それ以外のことは透けてしまってできなかった。だから、夕飯も食べないし、ものを触り、動かすことも無理なことだと思っていた。


「ええと。翼君たちは本当に幽霊なのかな。なんだかだんだん普通の人みたいになってきているよね。」


「……。」

「ええと、それは………。」


「別にそんなことを気にする必要もないだろう。」

 

 私の発言に九尾がそっけなく答えた。気にするに決まっている。そうしないと、幽霊とは何者なのかさらにわからなくなってしまう。


「いただきます。」

「いただくとしよう。」

 

 九尾と一緒に食べ始める。二人はどうやら準備だけしてくれたようで、夕食までは食べないようだ。食べないのに準備だけさせてしまって申し訳ないと思いながらも、お腹が減っていたので、もくもくと塩鮭と味噌汁を食べる。



 無言の夕食の時間がやっと終わり、食器を片付けて食後のお茶を入れる。ようやく、九尾が話し始める。


「さて、夕食うまかったぞ。朝にも話したが、主に話しておきたいことがある。」


「どうぞ。私も九尾に話したいことがたくさんあるから、なるべく手短に頼みます。」


「善処しよう。まずは、今日主が出会った奴について話してくれ。においから誰に会ったか大体想像がつくが、念のため聞いておく。お主が服につけてきた血の主じゃ。」


「奴って言っても、服についていた血は人じゃない。道端に黒猫がいて、腹に大きな傷があったから、手当てしてあげようと思ったんだけど、逃げられたんだよ。」


「黒猫か。その猫についてもっと詳しく話してくれ。」


 やはり、あの黒猫はただの猫ではないようだ。九尾がそんなに詳しく教えてほしいというなんてただの猫であるはずがない。それにしても、においだけで誰に会ったかわかるなんてさすが狐の神様とでもいうのだろうか。


「その黒猫を助けようとしたら、黒いマントの謎の集団に囲まれて、能力を使って逃げたんだけど、その途中で黒猫も謎の集団も消えた。」


「消えたか。それ以外には何かあったのか。」


「それ以外といえば、なぜか私の近くに塾で使っているテキストが落ちていたくらい。」


「そうか。おそらく、お主が出会った猫はお主の思っている通り、ただの猫ではない。誰かに追われていたといっていたか。その猫も男たちもこの世のものではないだろう。」


 九尾の言葉には大して驚かなかった。突然目の前から消えたのに普通の猫や人と考える方がおかしい。それに最近の出来事で人以外のものに耐性がついてきてしまっている。たぶん大抵のものが現れても驚かない自信がある。今回、私は何に出会ったというのだろうか。


「大して驚きもしないとは、まったくだ。別に驚いてもらおうがもらわないがどちらでもいいのだが、驚かないと話した時のリアクションがつまらんな。」


 そういうと、息を吐きだし、また息を大きく吸う。


「その黒猫は死神で、追っていた男たちも同じ死神だろうな。」


 死神が流行っているとは思っていたが、本物も実際にこの町にいるようだ。とうとう私も本当の死神に会ってしまったということか。とはいっても、私にはただの黒猫にしか見えなかったし、男たちも黒マントで全身を覆っているだけで、恰好だけは変わっていたが、それ以外は普通の人間のように見えた。

 

 私に話しかけてきた男のマントの下の顔を一瞬見たが、結構イケメンだった。髪の色は金色で、瞳は青空を思わせるような澄んだ青色だった。俗にいう金髪碧眼のイケメンだ。外国人だと言われれば納得してしまうだろう。


「とにかく、この町には死神のうわさで持ちきりのようだ。そして、その噂通り、死神はこの町に来ている。」


 ただし、と声を潜めるように話を続ける。外は土砂降りのようでザーザーと雨が地面にたたきつけている。


「この町で人間が騒いでいる死神と本物の死神はおそらく違っている。騒ぎを起こしているのは死神の名をかたった偽物で、本物とは関係がない。そもそも、死神は普通の人間に危害を加えることはない。それ以外の幽霊や人間でないものには容赦がないがな。」


「じゃあ、いったい誰がこの町に死神の噂を流しているの。死神じゃないなら、なんでわざわざ死神の名をかたってそんなことをしているの。」


「そんなに一気に質問するでない。それは現時点では何もわからない。実際にその『死神』とやらに出会ってみてみないと何とも言えない。」


 正論である。ジャスミンの友達は被害にあったが、私はまだ被害にあっていない。では、私が実際におとりになってその噂の「死神」と名乗る人物に会ってみてはどうだろうか。そうすれば、誰が何の目的で今回の事件を起こしているか簡単に判明する。


「確かに実際に会ってみるのが一番だな。本物の死神にはくれぐれも気を付けた方がよいぞ。その偽物は何者なのかわからんが、お主なら大丈夫だろう。本物はお主のような人間もどきには容赦がないからのう。」


 

 この話はここまでとなった。私と九尾が話している間、翼君と狼貴君は静かに私たちの話を聞いていた。そういえば、彼らのことを聞き忘れていた。


「ねえ、翼君や狼貴君は本当に……。」


「そうそう。お前たち。今回の死神の視察が終わるまで、家からなるべく出ない方がいいぞ。我がお前たちに力を与えていることがばれると厄介だからな。」


 

 私の話は途中で遮られてしまった。九尾の言葉に無言で二人は頷く。九尾が二人に力を与えているのなら、そのせいで二人は人間のように物が触れるようになったのだろうか。

 話を途中で遮られてしまったので、翼君たちの話はまたの機会に質問することにしよう。


「黒猫については何者かが一応わかった。次は九尾の話だよね。朝に九尾が話したかったのは何の話だったの。」


「ふむ。そうだったな。その話だが、今の話と似ておる。この町に来ている本物の死神に気をつけろということだな。それと、我は明日からちょっとした野暮用で一週間かもしかしたらそれ以上かもしれないが、主の家には戻らんつもりだ。その間に死なぬように気をつけろということだな。」


 黒猫についての話に夢中で、私は田中さんのお見舞いに行ったときのことを話すのを忘れてしまったのに気付いたのは寝る寸前だった。田中さんの状態は話しておきたかったのだが、今日はもう遅いので、寝てしまうことにした。

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