お見舞いの帰りに遭遇しました

 家に帰る途中、道端に黒猫が転がっていた。文字通り、転がっているという表現が正しい。猫はぐったりとしていて動かない。事故にでもあって死んでしまったのだろうか。

 普段なら近寄らずに他の道から迂回して家に帰るのだが、最近の私はなんだかおかしい。明らかに面倒事に自ら関わっている。とはいえ、このまま黒猫を放置しておくのは後味が悪い。近寄って様子を確認する。


 

 黒猫はどうやら生きているようだった。かすかに息をしていることがわかる。よく見ると、黒猫の腹には大きな傷があり、そこから血が流れているようだった。これは早急に手当てしないと死んでしまう気がする。

 この黒猫を助けたい気はするが、私はあいにく猫の手当てなどしたことがない。ここはとりあえず、動物病院にでも電話した方が無難なのだろうか。スマホでこの近くの動物病院を探し、電話しようとすると、突然黒猫が動き出した。おぼつかない足取りで、ふらふらと私から逃げるように歩き出す。私はあわてて黒猫を抱き上げる。


「にゃあ。」


 黒猫はどうやら私から離れたいようで、腕の中から抜け出そうともがく。とはいえ、このまま腕から離してしまえば、この猫は腹の傷がもとで死んでしまうだろう。


「大丈夫だから。今、動物病院に電話するから、きっとお医者さんが助けてくれるよ。」


「にゃあ。」


 まるで、私の言葉を理解しているかのように、また一声鳴いた。もぞもぞと動き、とうとう腕から抜け出してしまった。猫の言葉を理解することはできないが、どうやら私に迷惑をかけたくないように見える。その証拠に黒猫は私を一度振り返り、再度にゃあ、と鳴いて、心配しなくても死にはしないといっているように聞こえた。



「いたぞ。その黒猫を捕まえろ。」


 その時、唐突に声が聞こえた。周りを見渡すと、今まで誰もいなかったはずの道に数人の全身を黒マントで覆った謎の集団が姿を現した。

 私は謎の黒マント集団に囲まれていた。黒猫は威嚇するようにシャーシャーうなり声を出し、全身の毛を逆立てている。


 とっさに黒猫を腕に再度抱えなおす。どうやら、この猫は男たちに狙われているようだ。もしかしたら、腹の傷は彼らにやられたのかもしれない。

 

 この男たちに能力は発動できるだろうか。冷静に男たちを分析していると、男の一人が話しかけてきた。


「お嬢さん。その黒猫をこちらに引き渡してはもらえないでしょうか。」


「お断りします。この猫はあなたたちのことを嫌っているみたいですよ。それに、よってたかって黒猫一匹に躍起になっているのを見ていると、なんだか引き渡したくなくなります。」

 

 彼らは全身を黒いマントで覆っていて顔も隠れている。私の能力は相手の目を見て声を聞かせないと発動しない。何とかして、相手の顔をさらしださなければここから逃げ出すことができない。


「仕方ないですね。本当は現世の人間に干渉してはならないのですが、やむを得ません。これが最終通告です。私たちにその黒猫を渡していただけませんか。渡していただければ、悪いようには致しません。」


 そういった男は黒いマントのフードを外し、顔がさらされる。その隙に私は相手の目を見て能力を発動させる。


「私と黒猫を見逃しなさい。」


 私と男の周りが光りだす。能力は発動したのでこれで逃げられるだろう。ただし、相手は男一人ではないことをすっかり忘れていた。


 私の言霊の能力に従い、男は私たちに道を開ける。黒猫を抱えたまま、私は全速力でその場から逃げ出した。周りの男は突然の男の行動にあっけにとられて、動きが止まっていたが、すぐに動き出す。走って私たちの後を追いかけてくる。


 しばらく無我夢中で走っていると、途中で黒猫が腕からまた抜けだした。そして、突然光りだす。あまりのまぶしさに目をつむり、その後目を開けると、黒猫の姿はどこにもなかった。そこには私だけがいた。男たちも黒猫と同様に忽然と姿を消してしまった。

 

 いったいどこに行ってしまったのだろう。もしかして、私は白昼夢でも見ていたのかと思ったが、それはないようだ。私の腕には黒猫のものと思われる血がこびりついていたし、地面には私のものではない参考書が散らばっていた。拾って誰のものか確認すると、それはうちの塾で使っているテキストであった。

 

 それをすべて拾い、今起こったことを考えていると、雨がぽつぽつと降りだしてきた。このままでは家に着く前にびしょ濡れになってしまう。慌てて、本格的に雨が降り出す前に家に着けるよう、走り出した。普段運動していないので、すでにヘロヘロだったが、懸命に家路に向かって走った。

 

 私の必死の走りは報われず、結局家に着くころには雨は本降りになり、全身びしょ濡れになってしまった。

 

 

 そういえば、黒猫と黒マントには今日初めて会ったはずなのにどこかで会ったような気がしてならなかった。思い出した、夢で見たのだ。あの夢は予知夢だったということだ。


 

 さて、彼らは一体何者だったのだろうか。突然消えてしまったということは人間の能力者か、はたまた人間以外の何者かに違いない。九尾にこのことを相談してみよう。

 



「ただいま。」

 

 玄関で声をかけると、バタバタと足音が聞こえ、九尾が二階から降りてきた。そして、その後ろから翼君が一緒に降りてきた。狼貴君はどうやら家にいないようだ。いつもなら不機嫌ながらも私を出迎えてくれていたのに珍しい。


「お帰り。主よ。雨に濡れておるな。早く着替えた方がよいのう。」


「おかえりなさい。雨が降る予報ではなかったのにいきなり降ってきたので驚きました。風邪ひかないでくださいね。」


「そうだね。風邪ひく前にお風呂に入ることにする。」


 風呂場に向かおうとすると、九尾が近寄ってきて私のにおいをかいできた。そういえば、服に黒猫の血がこびりついていたのだった。雨が急に降ってきて急いで家に帰ろうと思っているうちにすっかり忘れていた。


「お主、また面倒な奴に会ったのだな。気をつけないとやられるぞ。お主がどうなろうと別に構わないが、お主の代わりの暇つぶしを見つけるのは大変そうだから、せいぜいしっかり自己防衛に励むのだぞ。」


 そんな言葉を残し、九尾はリビングに行ってしまった。そして、テレビのチャンネルをつけたようだ。女子アナがニュースを読み上げている声が聞こえてくる。翼君が私に近寄ってきて、私に耳打ちしてきた。


「九尾さんの忠告は本当だと思いますよ。僕も何かはわかりませんが、嫌な予感がします。気をつけて下さいね。」


 そう言って、九尾に続いてリビングに行ってしまった。何かわからないものにどうやって身を守れというのだろうか。忠告はありがたいが、曖昧過ぎてどうしようもない。

 とりあえず、まずは風呂に入ってこのびしょ濡れの状況から早く抜け出し、さっぱりすることにした。

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