お見舞いに行きました

 大学に到着すると、さっそく更衣室に向かいコスプレ衣装を取り出す。今日は黒猫のコスプレだ。猫耳カチューシャをつけて、黒いワンピースに猫の尻尾をお尻につける。手には肉球がついた手袋を着用する。

 

 更衣室を出ると、今日もまたジャスミンが私を待ち構えていた。ジャスミンの今日の衣装は毒ガエルのような派手な色だった。ブラウスにスカート姿で色を見なければ普通の格好だ。しかし、色がいただけない。黄色のブラウスに青い水玉の入ったスカート。ブラウスの上にはカーディガンを着ていたけれど、その色は真っ赤だった。アマゾンとかに住む毒ガエルみたいに毒々しい色合いだ。まあ、ジャスミン自体が毒蛇みたいなものだから、今日は彼女自身を服装で表現しているのだろうか。


「おはよう。蒼紗。今日は地味な衣装ね。」


「おはようございます。というか、ジャスミンの恰好は色が奇抜だと思いますが。それに今日の私は黒猫のコスプレなので別に地味ではありません。」


「そうかしら。だって、黒一色なんて地味すぎるわよ。前から思っていたけど、蒼紗ってコスプレ衣装が地味なのよね。今度、私が蒼紗の分まで衣装を持ってきてあげるから、それを一緒に着ましょうよ。どんな衣装がいいかしら。」


 話が長くなりそうな予感がする。そんなことより、今日の田中さんのお見舞いについて聞いておきたいことがある。


「どうして今日はこの色にしたのか聞きたがっているようね。友達の田中が入院して寝込んでいるのだもの、私まで落ち込んで寝込んでしまったらいけないでしょう。だから気合を入れようと思って明るい色の服にしてみたの。明るい色だと元気が出るっていうでしょう。」


 ジャスミンはまだ服装について話していた。確かに明るい色は元気が出るかもしれないが、配色を考えてほしい。ジャスミン本人は元気が出ていいのかもしれないが、私には目がちかちかしてくる嫌な配色である。きっと周りの人もそう思っているだろう。

 服装の奇抜さも聞きたかったことだが、それよりも重要なことがある。田中さんの容態についてである。昨日のメッセージには田中さんが入院することになったと書かれていた。


「その田中さんですが、今日お見舞いに行くのですよね。」


「昨日伝えた通りよ。生きた屍状態でも生活はできていたらしいから、そのままにしていたら、今度は突然ビルの上から飛び降りたらしいのよ。運よく死なずに済んだみたいだけど。本人に聞いてみても、微笑みしか返さないで、どうしてそんなことをしたのかわからないらしいの。」


 それが本当ならば、運がよかったというしかないだろう。どうしてビルから飛び降りようとしたのか、もしくは誰かに突き落とされたのか。気になることが多すぎる。




 私とジャスミンは予定通り、大学の授業後に田中さんのお見舞いをするため、病院に向かった。市民病院に入院しているらしい。

 

 病院に行くと、たくさんの人でにぎわっていた。ジャスミンが受付に行き、田中さんのお見舞いに来たと告げると、看護師さんが私たちを田中さんがいる病室まで案内してくれた。


 田中さんが入院している病室は四人部屋だった。ベッドに横たわる田中さんは、自殺するような思いつめた表情には見えなかった。そして違和感を覚える笑い方をしていた。笑うというよりも微笑んでいるみたいだ。神様や仏様が人間に対して向けるような微笑みである。この世のすべてを許しますといった慈悲に似たほほえみであった。普通の大学生がそんな邪気のない微笑み方をするだろうか。

 

 田中さん以外の入院患者の様子を観察する。すると、田中さん以外の三人も同じように微笑んでいた。


「この病室にいる人達も田中と同じ死神に会ったと言っているみたい。田中、お見舞いに来たよ。私は佐藤だよ、あんたの友達の佐藤。こっちは知り合いの朔夜蒼紗。前に会ったでしょう。」


 被害者はどんどん増えているようである。ジャスミンが田中さんに話しかけたが反応がなく、微笑みは全く崩れていない。私もジャスミンに続いて話しかける。


「こんにちは。朔夜蒼紗です。田中さんが入院したと聞いて、心配でお見舞いに来ました。」


 私の言葉には反応した。田中さんはゆっくりと私の方に顔を向ける。そして、ぶつぶつと独りをつぶやき始めた。何を言っているのか聞こうと口元に耳を近づける。


「あなたは人間……。どうして。死神様に見つかったら………。この町から……。早急に。じゃないと………。」


「田中が自殺未遂してから初めて反応を見せたわ。蒼紗、田中に何をしたの。この子は両親や看護師、私たちが話しかけても全然反応がなかったのに。」


 突然、ジャスミンが大声を出した。ここは病院だというのに大声を出すなんて何事かと思えば、田中さんが私にだけ反応したということだった。


「私はただ、田中さんに話しかけただけですよ。それに前にケーキ屋で話していた時は何の反応を示していませんでしたよ。田中さんの気分ではないですか。たまたま今日、田中さんの気分が良くて、私の声が田中さんに届いて反応したというだけで。」


 せっかく田中さんが私に何か言おうとしていたのに、ジャスミンのおかげで最後まで聞くことができなかった。田中さんはまた微笑みだけを顔に張り付けて、話すことをやめてしまった。


 田中さんは私に何を伝えたかったのだろう。「あなた」とは私のことだろうか。とぎれとぎれにしか聞こえず、結局何が言いたかったのかわからなかった。おそらく何か重要なことを私に伝えようとしていたのだろう。死神がどうのこうのと言っていたのはわかったが、早急に何をしなければいけないのだろうか。肝心なことが聞き取れなかった。


 再び静かになってしまった田中さんに、私は今言ったことをもう一度話してくれと言ったが、田中さんが私の言葉に答えることはなかった。これ以上いても田中さんからは何も情報を得られないと判断する。田中さんの顔を見ることができたから先に帰らせてもらうとジャスミンに伝えて病室を後にする。私に伝えようとしていたことは何なのか、家に帰ってじっくり考える必要がある。


 ジャスミンは私の後を追いかけてはこなかった。外を見ると、どんよりとした曇り空だった。一雨きそうな天気だが、あいにく私は傘を持っていない。急いで病院から出て、小走りで家に向かった。

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