死神とは

 家に帰って二階の自分の部屋に行くと、部屋には九尾しかいなかった。翼君や狼貴君はいないようだ。


「ただいま、九尾。ちょっと聞きたいことがあるんだけど。」

「お邪魔します。」


「おかえり、珍しいな。蛇娘も一緒とは。何か面白いことでもあったのか。」


「蛇娘は失礼でしょう。ジャスミンと呼んであげると喜ぶみたい。」

「それはやめて。その名前は蒼紗にだけ許した呼び名だから。蛇娘のままで大丈夫です。」


 部屋の隅にあった折り畳み式の机を出して広げる。ついでに人数分の座布団も用意する。そして、一階から飲み物を持って来ようとすると、ジャスミンもついてきた。


「あの神様は失礼すぎます。蒼紗は何も思わないの。」


「別に気にならないですよ。とりあえず、話を聞いてもらいたいなら失礼な言動でも怒らず我慢することですね。」


 何を飲みたいかをジャスミンに聞くと、紅茶と言われた。ちょうど、九尾が飲みたいといって買った紅茶の茶葉があったので、それを出すことにした。紅茶を入れたカップを自分の部屋に持っていき机の上に置く。

 私たちは机を囲んで座った。ジャスミンが自分の友達に起こったことを詳しく話し始めた。



「なるほど、その娘が死神に会ったといっておるのだな。」


「そう言っているのですけど、本当に彼女は死神に会ったのでしょうか。」


「さて、それはわからんな。だが、死神は実際に存在する。彼らには人間の寿命が見えている。普通は死ぬと自然に体から魂が抜けて、魂は天に還る。普段の死神の仕事はそれを見守ることが仕事のはずだ。たまに未練があり、この世に残りたがる魂もある。その場合は、魂の記憶からそれまでの人生を見て、すぐに未練が断ち切れそうならそのまま幽霊として残っていても放置しておく。未練たらたらで、どうあがいても未練を捨てきれない魂は暴走する前に魂を浄化させる。この時に使う道具が俗にいう死神の鎌と呼ばれるものだ。鎌を使って魂を切り、浄化させる。浄化された魂は天に還り、死神の仕事完了というわけだ。」


 九尾はずいぶん死神に詳しいようだ。実際に本物の死神に会ったことがあるのだろうか。いや、神様というからには私たちよりも長く生きているはずなので、一度くらいあったことがあってもおかしくはない。


「まあ、お主の思っている通り、我は本物の死神に会ったことがある。死神の姿は基本的に幽霊と同じで人に見えることはめったにない。たまに霊感が強い人物に見られることがあるから、人々に死神の存在が広まっているのだろう。死神は黒猫を連れているという話が伝わっているが、それは死神が猫に化けているからだな。死神は通常、猫耳、尻尾が生えていて、猫に化けることもできる。もちろん、人間の姿にも化けることは可能だ。」



 死神については大体わかった。今の話を聞く限り、死んだ後の魂を云々ということだから、生きている人間が、ましてや霊感のない普通の人間が死神に出会ってもわかるはずがない。見えないのだから遭遇してもわからない。

 ということは、田中さんが出会ったのは死神の名を語った偽物ということになる。いったい誰がなんの目的で行ったのだろうか。死神に会ったと言っている人間が生きた屍状態になっている状況はどう説明すればいいのだろう。


「その娘が死神にあったといっているのは嘘だろうな。そもそも死神は人間に危害を加えることはしない。人間との接触も避けるようにしているからな。我はその娘に会っていないが、生きた屍状態となると、おそらく彼女は生気を奪われている可能性が高い。」


「生気を吸われるというのはどういう状況ですか。田中はもとに戻るのでしょうか。」


 ジャスミンが九尾に詰め寄る。友達のことを心配するのは当然だ。生気を吸われるというとどちらかというと、吸血鬼やサキュバスがやっていそうなイメージだ。


「落ち着け、蛇娘。生気を多少吸われようと、よほど大量に吸われなければ命にかかわることはないだろう。一カ月もすれば元通りになり、普段通り話して生活できるだろうよ。」


 九尾がそう説明すると、ジャスミンは安心したのだろう。緊張の糸がほどけたようでぐったりと床に頭をつける。私も安心した。回復に一カ月もかかるというのは気になるが、それでも命にかかわることがないなら問題ないだろう。


「ただし、そんな他人の生気を吸う能力者がいるということを忘れてはならないぞ。そいつがこの町にいる限り、いつまた同じ状況になるかわからんからな。油断しない方がいいだろう。」

 

 わざわざその娘が死神に出会ったといっていたことはちと気になるがのう。九尾が最後につぶやいた言葉は私たちの耳には入らなかった。



 話が無事に終わったので、ジャスミンは帰っていった。ジャスミンを玄関まで送り、自分の部屋に戻ると、いつの間にか翼君と狼貴君が帰ってきていた。


「おかえり、翼君。狼貴君。」


「ただいま、蒼紗さん。」

「………。」


 翼君は挨拶を返してくれたが、狼貴君は無言のままだ。狼貴君が挨拶を返してくれることはめったにないので気にすることはない。


 ふと外を見ると、すでに日が暮れ始めている。今日の夕食は何にしようか。そんなことを考えながら、キッチンに向かい夕食の準備を始める。どうやら今日も両親は仕事で帰りが遅くなるらしい。いったいいつになったら帰ってくるのやら。



 今日の夕食はカレーライスである。九尾が居候を始めてから、しっかりと食事を作るようになった。翼君と狼貴君は幽霊なのでご飯を食べる必要はないが、彼らも食事の時間になると、私たちと一緒に席に着く。

 九尾と一緒にカレーライスを食べながら、テレビのニュース番組を見ていると、気になるニュースが報道されていた。


「次のニュースはこちらです。ここ数日で生気を失ったような人間が病院に運ばれるケースが相次いでいます。いずれも深夜に一人で歩いているところを何者かに襲われたということです。被害者は命にかかわるほどのけがはありませんが、皆一様に目がうつろで『死神に会った』と繰り返しつぶやいているようです。警察はこの事件の真相を捜査しています。」



 これは田中さんと同じ状況である。ジャスミンはこのことをニュースより早く知っていたということだ。最近は私に付きまとっていて、私以外の人と話しているのを見たことがなかったのだが、意外にも人脈は広いようだ。


 また、この町で何か不穏な出来事が起き始めている。いったい今度はどんな事態が私たちに降りかかってくるのだろうか。不謹慎だが、わくわくと興奮を隠せない自分がいる。そんな私を九尾がじっと見つめていることに私は気づかなかった。そして、翼君や狼貴君がそのニュースに対して何か言いたそうな雰囲気を醸し出していたことも私は気づくことができなかった。

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