ジャスミンの友達

 瀧の事件後、無事に前期の授業を終え、テストも乗り越えて、私たちは夏休みに突入した。夏休みは特に何事もなく、塾の夏期講習のバイトに入ったり、家でゴロゴロしたりして過ごした。大学生の夏休みは二カ月近くもあるのになんて無駄な過ごし方をしているのだと思う人もいるかもしれない。しかし、休みの過ごし方は人それぞれである。

 

 バイトと家でゴロゴロしていただけの夏休みなら、それはそれは平穏で、私にとっては願ったりかなったりの夏休みなのだが、結局そうはならなかった。何せ、うちには神様と幽霊がいる。彼らがいる時点で平穏な生活とは無縁である。

 

 神様である九尾が旅行に行きたいとうるさかったので、九尾となぜか翼君と狼貴君も一緒に沖縄に旅行に行くことになった。夏休みなんて一番混む時期である。飛行機や宿の手配ができるとは思えなかったのだが、運よく手配することができた。

 旅行は私と彼ら、それになぜか佐藤さんも一緒についてきた。沖縄での旅行で起きた事件のことはまた別の機会に話すことにしよう。




 というわけで二カ月近い夏休みが明けて、今は授業が始まったばかりの十月である。今日の服装はハロウィンに合わせて、ハロウィン定番の魔女姿である。黒い三角帽子に同じく黒い長いローブを身にまとい、授業に向かう。

 大学に着くと、やはり佐藤さんが付きまとってきた。なんと、佐藤さんも魔女姿に身を包んでいた。今日は魔女っ子2人組でうわさされるだろう。佐藤さんも黒い三角帽子をかぶり、黒いマントを身にまとっていた。


「おはよう、蒼紗。服装が同じなんて偶然ね。やはりこれも私と蒼紗が結ばれる運命………。」


「おはようございます、佐藤さん。今日も元気で何よりです。」


「佐藤さんなんて、他人行儀に呼ばないで、気安くジャスミンと呼んでくれればいいのに。蒼紗になら呼ばれても構わないわ。」


 ジャスミンとは佐藤さんのあだ名のようだ。佐藤さんの名前は佐藤蛇須美。じゃすみという名前でジャスミンらしい。自分の名前が青のりみたいで好きではない私にとって、蛇須美でジャスミンなど呼べるはずもない。蛇須美という名前を気に入っているのだろうか。


「そんなに呼んでほしいなら呼んであげますよ。ジャスミンさん、あなたはこの名前が嫌ではないのですか。」


「別に好きではないけれど、蒼紗には呼んでもらいたいなと思っているの。まあ、私の友達もジャスミンと呼ぶから気にしないでいいわよ。」


「わかりました。それではこれからジャスミンと呼ぶことにします。授業に遅れてはいけないので教室に急ぎますよ。」


 こうして、佐藤さん改め、ジャスミンと過ごす一日がまた始まったのだった。




「ねえ、蒼紗。死神はこの世に存在すると思う。」


 昼休み、学食でランチを食べていたら、ジャスミンにこう言われた。最近、幽霊や神様に出会っているので、もしかしたら死神もこの世にはいるのかもしれない。しかし、実際にあったことがないのでいるとは断定できない。


「突然、何を言い出すのですか。ジャスミンは存在すると思いますか。」


「質問を質問で返さないでくれる。私のことはいいから、蒼紗の意見を聞かせてくれるかしら。友達が最近、死神にあったと言っていたから、気になってね。」


「私はその手の専門家ではないのですから、聞いても意味ないと思いますけど。」


「そうはいっても、蒼紗の家には神様がいるでしょ。だから、蒼紗というよりはその神様に話を聞きたくて。」


 そういうことか。確かにうちには神様である九尾がいる。九尾なら死神について何か知っていることがあるだろう。


「わかりました。九尾に話を聞いてもらいましょう。その前にその友達から詳しい話を聞きましょう。」


 放課後にジャスミンの友達の話を聞くことにした。



 いつものケーキ屋でケーキを食べながら、ジャスミンとその友達二人の話を聞く。どうやら、友達二人のうちの一人が実際に死神と遭遇したようだ。


「この子が死神に会ったらしいの。バイト帰りに会ったみたいで、それからこんな風に生きた屍状態になっているの。」


 ジャスミンの友達の一人、派手な印象の安藤さんが説明してくれた。死神に会ったというジャスミンの友達を観察する。彼女たちには一度会ったことがあるが、その時とは印象が違っていた。

 死神に会ったという友達は田中さんというらしい。地味な印象しかなかったが、以前はさすがに目が死んだ魚のように濁ってはいなかった。しかし今は目がうつろで焦点が定まらずにぼうっとしている。ジャスミンの言う通り、生きた屍状態である。


「私たちが何を話しかけても返事がないの。ただ、『私は死神様に出会った』と繰り返すだけで、他は何も話さないの。日常生活は普段通りできているみたいだけど、どうしたらいいかわからなくて。何かにとりつかれているかもしれないから、お払いにでも行こうかということになったんだけど、佐藤が朔夜さんに聞けば対処法がわかるかもしれないというので、話を聞いてもらいたかったのだけど。」


 なるほど、確かにこの状態だけを見ると、何かにとりつかれていると考えるのは無理もない。私はどちらかというと、何かにとりつかれているというよりも何者かに生気を奪われたという方が正しいと思う。どちらが正しいかはまだわからないが。

 

 ところで、ジャスミンの友達だからてっきりジャスミンと呼んでいるのかと思ったら普通に佐藤呼びだった。ちらっとジャスミンを見ると、にこっと微笑まれた。


「私は詳しくはありませんが、詳しい人を知っているので、家に帰ってその人に聞いてみます。いつどこで、その死神とやらに出会ったのか、この生きた屍状態はいつからなのか詳しい情報を教えてください。」



 詳しく話してもらった。田中さんはコンビニでバイトをしていたようで、おとといの深夜のバイト帰りに彼女の言う『死神様』に出くわしたそうだ。そして、今の状態に至っているらしい。

 安藤さんは田中さんのバイトが終わり、家に着くころに連絡を入れた。次の日の授業のことで聞きたいことがあったらしい。SNSで田中さんにメッセージを入れたが、返事が返ってこないので、安藤さんは不審に思った。田中さんはいつもすぐに返信をくれる真面目な性格のようなので、何かあったのだと思い今度は電話をしてみたそうだ。すると、電話には出たようで、何かあったのかと問いかけた。

 

 しかし、田中さんの回答はなんだか様子がおかしかった。うわごとのように何かを話しているのが電話越しに聞こえてきた。安藤さんに向かって話しているのではなく、どうやら独り言みたいで、心配になった安藤さんは田中さんの家に夜も遅いが見に行くことにした。

 インターホンを鳴らすが返事がない。思い切ってドアに手をかけると、鍵はかかっていなかった。中に入ると、生きた屍状態の田中さんがいたそうだ。それから数日たってももとに戻る気配はなく、現在に至る。

 


 話を聞いている最中も田中さんは何事かをぶつぶつつぶやいていた。これはやばい状況だ。ケーキを食べ終わり、話も聞き終わったので私たちはここで解散した。 安藤さんは田中さんを家まで送り届けるようだ。ジャスミンは安藤さんたちと一緒の方向に行かずに私についてきた。


「実は、最近ああいう子が増えているの。田中だけじゃない、私の他の知り合いも生きた屍状態になっている。この町でまた何か良からぬことが起きているみたい。」


 ジャスミンは真剣な面持ちで私に話しかけてきた。そういわれても私にはそんな情報は入ってきていない。ジャスミンの独自情報だろうか。とにかく、この状況を九尾に話してみる必要がある。どうやら、ジャスミンも私の家に来るようだ。追い払っても結局ついてくるので好きにしておいた。

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