第五話 『俺、めくるめく』

 世の中には摩訶不思議な話、奇妙奇天烈な話ってのがありまして……

 こいつは誰でもない、このあたしが自分で体験した事なんですけどね、

 ある朝、ひどい二日酔いの気分で目を覚ましてみると、どうも周りの様子がおかしい。

 いきなり目に飛び込んできたのが青空ってのは……え?

 酔っ払って道端で眠り込んじまったんだろって?

 あたしもてっきりそう思ったんですけどねえ――どっこい、そうじゃない。

 身体がね、樽にでも押し込められたみたいに妙に不自由だ。

 それでも何とか苦労して起き上がってみますと……

 街がね、小さいんですよ。

 まるで特撮映画のミニチュア・セットみたいに。

 視点が地上何十メートルって高さにあるんですよ、これが。

 しかも、ただ大きくなっただけじゃない。

 あたし自身も様子が変わってた。

 手の皮がゴツゴツしたグローブみたいになっちまってて、

『親分! てぇへんだ、てぇへんだ! 俺の手ぇ変だ!』

 ……なんつって。

 前にも言いましたっけね、このくだり。

 けっこう気に入ってるもんで。

 変わったのは手だけじゃない。

 背中には硬い甲羅を背負ってるわ、尻尾はあるわ……有り体に申し上げますと、でっかいカメの姿になってたんですな。

 いや~驚きましたねえ。

 参りましたよ、ええ。

 実存主義文学の先駆者として知られるフランツ・カフカの『変身』という作品がございます。

 ま、教科書なんかにも載ってるくらいですから、だけなら知ってるよという方も中にはいらっしゃるかと……あ、お手はお挙げにならなくて結構でございますよ。

 ご存じない方のために簡単に説明致しますと、主人公のセールスマン、グレゴール・ザムザがある朝目覚めてみると、自分が一匹の巨大な虫に変身していることに気付くってな具合の話でございます。

 それの巨大怪獣版だと思っていただけると結構。

 虫になったザムザは会社に出勤するわけにもいかず、自分の部屋に引きこもるわけですが、こちとらその辺りのビルよりも背が高い怪獣ですから、逃げも隠れもできません。

 呑気者のあたしもさすがに思いましたね。

 このままだと自衛隊の皆さんのご厄介になるぞ、と。

 怪獣といえば自衛隊、自衛隊いえば怪獣ってなくらい、このふたつは切っても切れない関係、持ちつ持たれつの間柄ですからねえ。

 これが特撮映画の世界なら、自衛隊の戦車が大砲をバンバン撃ってきても怪獣側は平気の平左、カエルの面に小便ってな具合でしょうが、現実はそうは問屋が卸さない。

 終戦直後ならいざ知らず、現代の自衛隊の装備ってのは大したもんで、巨大生物なんて一人で担いで運べる大きさのミサイルでイチコロだって噂じゃないですか。

 ただ寝てただけなのにいきなり退治されるのは、いくら何でも御免被りたい。

 なにせ今はこの有り様とはいえ、あたしも元は人間だった――

 人間……だった?

 ………………

 …………

 ……


『……おい! 急に黙るんじゃねーよ!』

 背中に担いだサバ頭が抗議の声をあげた。

『けっこうイケるクチじゃねーか。いいから続けろよ。オレ様がまだ出てきてねえだろ』

 試しにやってみただけの落語版で冒頭から全部語り直せとは無茶を仰る。

 それに俺が黙ったのは途中で断念したからじゃない。

 物語としての前提条件に、差し挟んじゃいけない疑念が湧いてきたからだ。

 賢明なる読者の皆さんはすでにお察しのことと思うが、俺の妄想が爆発するのは、肉体的なダメージや、それに伴う精神的なストレスがトリガーになっている。

 過度のストレスに晒されると、俺の中の『妄想袋』もしくは『妄想脳』的な器官から脳内麻薬や幻覚物質が分泌されて現実逃避する仕組みになっているのだろう。

 俺の内部図解が描かれたら小さな脳の隣に描かれるであろう『妄想脳』の働きは非常に有り難いのだが、それが目覚めてからもフル回転しているとなると話は別だ。

 さっきからサバ頭のおしゃべりが止まらない。

『だからサバじゃねーっつってんだろが!』

 確かにサバじゃなくてサメだけど、サメ頭だとよく分からないし、セイバーヘッドだと七文字も使うし。

 セイバーのフランス語読みということでこじつけられないだろうか。

『おフランスの発音じゃしょーがねーな』

 意外と物わかりがよくて助かる。

 いや、妄想会話が延々と続いている時点で助かるもへったくれもないのだが。

 ヤバいというのはつまりこういうことだ。

 原因ははっきりしている。

 幼女A(仮)のことだ。

 せっかく仲間になれそうな怪獣と出会えたのに、それが叶わなかったから……?

 そんな単純な話じゃない。

 巨大化した幼女の存在は、俺が持っている『かつて自分は人間だった』という記憶を裏付ける証拠になりうるものだった。

 それこそが幼女A(仮)を保護する最大の動機だったのだ。

 決してロリコンだからじゃない。

 ロリコンだって人間の証明にはなるから、それはそれで否定することもないが……

 だが現実は違った。

 幼女A(仮)の正体は擬態怪獣だった。

 タコのように目にした怪獣の姿を模倣し、その幼体(風)に変身する。

 幼体の姿になるのはもともと身体が小さいからという都合もあるだろうが、目的は相手の保護欲をかき立てることだ。

 その姿で油断させて近付く。

 隙を突いて相手の血を吸い、遺伝情報を解析して新たな能力を獲得する――そういう生態の怪獣だった。

 つまり、だ。

 人間の子供の姿をしていたからといって、元が人間だったという証拠にはならない。

 むしろ……あの姿に変身していたと考えるのが自然だ。

 人間が巨大化しただけなら人間そのものだが、擬態するために人間の遺伝子を取り込んだとしたら――

 本人に悪意も害意もなく、ただ生き残るための戦略にすぎないとしても。

 やはり、人類の敵と認めざるをえない。

 しかし、それが分かっていても、俺には幼女A(仮)をどうすることもできなかっただろう。

 だから、あの飛竜が幼女A(仮)を倒したことを、俺は恨んではいない。

 いや……恨んでいないどころか、感謝していると――そう言ってもいいくらいだ。

 こんなことを考えてしまう俺は最低の人間に違いない。

 サバ頭で飛竜に斬りつけたのだって、体のいい言い訳みたいなものだ。

 ナパーム袋を喰われたことも、奪われたという感覚はない。

 袖の下を渡したというか、裏取引をしたというか、そういう気分。

 これで貸し借りなしのイーブンって感じだ。

 もちろん俺の一方的な考えで、飛竜の方はそんな取引をしたつもりはないだろうが……

 そういうわけで、幼女A(仮)の件は俺の中で始末がついている。

 始末はついているのだが――心身ともに受けた傷は深い。

 胸にぽっかり穴が開いたような、という譬えはあるが、実際に胸に穴が開いていると少々話は違ってくる。

 果たしてこの胸の痛みは心理的なものなのか、肉体的なものなのか――

『細けーこたぁいいんだよ! ドンマイドンマイ! 火なんか吐けなくったって、このオレ様が片っ端からブッタ斬ってやっからよー』

 サバ頭はサバ頭なりに慰めてくれているつもりらしい。

 しかし問題は俺自身の出自だ。

 幼女A(仮)が人間ではなかったとすると、感覚的に信じているだけの『自分が人間だった』という確信は、根拠としては甚だ心許ない……弱いどころかも同然だ。

 俺は、本当に人間だったのだろうか――?

 仮に人間ではないとして、ものを考えているこの俺は、果たして何者なのか……?

 それを考え始めると、意識が底なしの深淵に落ち込んでいくような虚無感を覚える。

『……おい、足が止まってんぞ』

 サバ頭に指摘されて、俺は自分が立ち尽くしていることに気付いた。

 隅田川の川縁である。

 北千住を後にした俺は、川沿いを歩いていた。

 目指すは東京スカイツリー――浅草の隣、墨田区押上にある東京の新名所だ。

 何故スカイツリーなのかといえば、新たにできたランドマークを破壊するのは『怪獣の作法』であり『通過儀礼』だから、というよく分からない理由からだった。

 川に沿って海を目指せばどうしてもスカイツリーの近くを通ることになる。

 人間としてスカイツリーに登った記憶もないので、観光のつもりで立ち寄るのもいいだろうと歩を進めているわけだが――

 そろそろ見えてもいい頃のスカイツリーが、いまだに先っちょすら見えないのはどういうことなのか。

 すでに別の怪獣によって倒壊した後なのかもしれない。

『チッ、こいつは出遅れたな!』

 出遅れるも何も、目指しはじめたのがついさっきだし。

 別に是が非でもスカイツリーを壊したかったわけでもないし。

 他の怪獣に先を越されたからって悔しくともなんともないし。

『しょーがねーから暇潰しに適当な煙突でもブッ倒そうぜ。いっちょ派手によー。アレなんか手頃じゃねーか?』

 ったく……どうしてそう発想が暴れん坊なんだ?

 サバ頭の言う煙突は俺にも見えている。

 先端から三分の一にあたる箇所がパラボラアンテナのような皿状になっている変な形をした塔で、全体が緑の蔓に覆われていた。

 ビルの向こうからニョッキリ生えているということはけっこう高いはずだ。

 どこかの工場の煙突だろうか。

 そうか、二十三区それぞれに作られた清掃工場のひとつだな。

 池袋で飛竜が乗っかっていたアレだ。

 煙が出ていないが……怪獣が闊歩する非常事態だから操業を停止しているんだろう。

 蔓に覆われているのもエコを意識したデザインかな。

 サバ頭の提案に従うわけではないが、川に沿って進めば自然と塔には近付いていく。

 近付いて……

 …………

 ……

 おかしい。

 十歩以上歩いたのに――つまり二百メートル以上進んでいるのに、一向に煙突との距離が縮まる気配がない。

 手前に見えるビルを過ぎればすぐにでも到着しそうに思えたが、思ったより遠くに建っているらしい。

 ………………

 …………

 ……

 さらに二キロほども進んで、ようやく俺は、完全に目測を誤っていたことに気付いた。

 煙突――超デケえ!

 つーか、それは、煙突じゃあなかった。

『じゃあいったい何だよ?』

 いや……何かと問われれば、俺はこう答えるしかない。

 スカイツリーだと。

 緑の蔓に覆われた煙突だと思っていた塔こそが、スカイツリーだったのだ。

 かつてスカイツリーだったもの――と、そう言い換えた方がいいかもしれない。

 煙突に向かって歩いているうちに気付くと右手に浅草があり、それと隅田川を挟んだ対岸に建っているのだから、それはもう当然スカイツリーと考えるしかないだろうという論理的帰結でもってスカイツリーと結論付けられるわけだが、パッと見だと絶対にスカイツリーだとは思わないだろうというくらいに元のスカイツリーとはかけ離れたビジュアルに変貌を遂げていた。

 遠目には細い蔓にびっしり覆われているように見えたが、近寄ってみると蔓というよりも蔦であり、そこそこ太くてしっかりした樹木だった。

 ……『蔦』と『蔓』って正しくはどう違うんだっけ?

 どっちも他の樹木や建物の壁に絡みついて成長する植物だけど、蔓は細くて柔らかい草、蔦は蔓よりも太くて木みたいに固くなるっていうイメージなんだが。

 用語として使い分ける意味があるかどうかは微妙だが、『蔓』は柔らかい触手っぽい部分、『蔦』は幹に相当する固い部分と思ってもらいたい。

 パラボラアンテナのように見えたのは展望台のあたりから外側に伸びている枝だ。

 地上付近は網の目状に根が絡み合っていて、その根の間から本来のスカイツリーの構造が垣間見えている。

 ……待てよ。

 逆転の発想をするなら、むしろこれこそがスカイツリーではなかろうか。

 真スカイツリー――そう呼びたくなるルックスだ。

 上の方は……うわ、近くから見上げると高えな!

 高さは確か語呂合わせの数字になってたよな。

 六百四十五メートルだっけ?

『なるほど645むしごろしか』

 ……違った。

 大化の改新じゃねえ。

 そうそう、634むさしで六百三十四メートルだ。

『たいして変わんねー』

 そりゃそうだが……どっちにしても俺の身長の十倍以上か。

 これを倒せと?

 怪獣だからって無茶な注文だぞと言わざるを得ない。

 人間のスケールに換算するなら、高さ二十メートルの鉄塔を倒せと言ってるようなもんだぞ?

 ナパーム・ブレス吐き放題の時でさえ苦労しそうなデカブツを、素手でどうしろと?

『バーカ、素手じゃねえだろ? オレ様を使ってさっさとブッ倒せ!』

 ええ~?

 お前、生きてる時なら高周波振動とか使えたけど、今はただのでっかい刃物だしなあ。

 峰のノコギリっぽい部分を使えばいいのか?

 でもお前を使って倒すのって、やってることがほぼじゃん?

 怪獣が象徴するところの大自然の圧倒的なパワーでもって、文明の象徴たる巨大建造物が為す術もなく破壊されるから醍醐味があるんであって、道具を使って工夫して倒すってのはちょっと違う気がする。

 たとえナパームがあったとして、それで放火して、上の方まで燃え広がって、やがて高熱で倒壊するのを待つってのもやっぱり違うと思うし。

『ケッ、面倒くせーな!』

 面倒臭いんだよ、実際。

 だいたい何でそんなに苦労してまでスカイツリーを倒さなきゃならんのだ。

 それよりも、だ。

 スカイツリーを覆っている植物はいったい何なのか。

 この木何の木気になる木。

『見たこともねえ木だからなー』

 お前が見たことある木の方が少ないだろうが。

 サメの生活圏に木は生えてなさそうだし。

 ……もしや、この植物も俺の仲間なのか?

 つまり植物怪獣だ。

『ユグドラシル』なんて単語が俺の脳裏にふと浮かんだ。

 どこぞの神話に出てくる『世界樹』とか『宇宙樹』とか呼ばれる巨大樹のことだ。

『身体があったまりそうだなー』

 ユグドラじゃねーから!

 味噌仕立てで具だくさんの郷土料理じゃねーから!

 ゴボウとかきりたんぽとか入ってねーから!

 想像してると腹が減ってきた。

 味噌や醤油で味付けされた料理が恋しいぜ。

 ほどよく炙ったほんのり塩味の海の幸しか食ってないし。

 でもまあ、今欲しいのは食い物よりもアルコールだな。

 ビールでも日本酒でもワインでも、何でもいい。

 浴びるほど痛飲して、前後不覚になるまで酔い潰れたい気分だ。

 そういや二十三区内に酒蔵ってあったっけ?

 怪獣サイズで浴びるほどってのは贅沢すぎる願いかもしれないが……

『果実酒ってのは?』

 いいねえ。

 甘かろうと何だろうと酔っぱらえるならウェルカムだ。

 ……そうか、この木が果樹なら怪獣サイズの実がなるはずだな。

 それで果実酒を作って――飲む?

 ナイスアイデアと言いたいところだが、果実を発酵させるにも酵母が必要だし、漬け込むにしても蒸留酒とか砂糖とかいろいろと用意しなきゃならんだろ。

 ……って、どんだけ気が長いんだよ!

 俺は、今、飲みたいの!

 桃栗三年柿八年って言うだろ?

 この植物怪獣に花が咲いて実がなるまで、いったい何年かかるんだ!?

 食えるかどうかも分からないのに。

 食ってみたらスゲー渋くて悶絶とか勘弁だぜ。

『この木がここまで成長するのにどれくらいかかったと思う? あっとゆー間に伸びたに決まってんだろ?』

 それもそうだ。

 植物とはいえ怪獣に常識は通用しないんだった。

 それこそ一晩でスカイツリーを覆い尽くしたとしても不思議じゃない。

 だったら花くらいすぐに――

 不意に、俺の鼻を甘い匂いがくすぐった。

 息を吸い込むと、鼻腔の奥に甘い痺れが広がり、脳まで響いた。

 見上げると、黄色い粉のようなものが天から降ってきている。

 色のついた雪?

 いや……花粉か?

 展望台から張り出した枝に、白い花がいくつも咲いているのが見えた。

 花粉の発する甘い匂いに全身が包まれるような感覚。

 この匂い……まるでブランデー入りのチョコレートの中身みたいだ。

『それってチョコ関係なくね?』

 ブランデー入りのシロップと言った方が正しいな。

 とにかくいい匂いだ。

 これはもう花の蜜に醸造酒に近い成分が含まれていると考えていいのか!?

 うわあ……啜りたい。

 花の中に鼻先を突っ込んで、蜜をペロペロしたい!

 そう思った時にはもう、スカイツリーを登り始めていた。

 池袋で飛竜と戦った時にサンシャイン60から転落したが、展望台までの高さはその倍はある。

 落ちたらただでは済まないだろうが、そんなことを考えるだけの理性も麻痺していた。

 とにかく甘い蜜を舐めたい一心で蔦を掴み、ひたすら登り続ける。

 さいわいにも植物怪獣の蔦は丈夫で、俺の体重を支えられるだけの強度があった。

 百メートルほども登ったところで、俺はライバルの存在に気付いた。

 ドリルのような角を持つ、カメレオンに似た怪獣が、下から登ってくる。

 スカイツリーの断面は地上では正三角形で、展望台に近付くにつれて円形になっていくという独特の形状をしている。

 カメレオンは俺から見て左隣の面から登ってきていた。

 枝に掴まるのに都合のいい手足の形をしているためだろう、よじ登る速度が断然速い。

 いかん……このままでは先を越される!

 いきなり他の怪獣が現れたことに何の疑問も持たず、俺は花の蜜を横取りされることだけを心配していた。

 カメレオンの方は俺を無視して――カメレオンの視界は恐ろしく広いはずなので視認してはいるのだろうが――構わず追い抜いていこうとする。

 させるか!

 俺はクリーム状の泡をカメレオンの顔に吹き付けた。

 ダメージは当然ながらゼロだ。

 だが視覚を奪われて脚が止まったぜヤッホーイ!

 俺は背負っているサバ頭を左手で抜き、カメレオン野郎に斬りつけた。

 ……クッ、届かねえだと!?

 刃渡りは十分だが、角度的に。

 俺は自分の腕の短さを呪った。

 いったんサバ頭を甲羅に戻すと、気合いを入れて登攀を再開する。

 魅惑の甘露は誰にも渡さん!

 わずかにリードしたと思った矢先、塔の右側の面から別の怪獣が登ってきた。

 今度はどんな奴だ?

 ………………

 …………

 ……

 困った。

 いつか来るのではないかと恐れていたものが、この局面で目の前に現れるとは。

 花の匂いに惹かれてきた新たな怪獣は――何だかよく分からない姿形をしていた。

 外見は白くて、目の荒いスポンジに似ている。

 無数に開いている穴は丸くはなく、ほとんどが五角形か六角形である。

 全体的には丸い……と、そう表現していいかもしれない。

 手足のようなものはない。

 目や鼻や口や耳に相当する器官も見当たらない。

 頭どころか表も裏もなさそうだ。

 体組織はゼラチンっぽくてしている。

 俺の知っている生き物に該当するものがない。

 見たことも聞いたこともないタイプの謎生物……いや、そもそも生物なのか?

 あえて印象だけで一番近いものを挙げるなら『ハチノス』だ。

 その塊が、植物怪獣の幹に張り付き、変形しながら転がるようにして登ってくる。

 あまりにシュールな光景。

 いったい何なんだよ、こいつは!?

 恐れていた事態とは、つまり、こういうことだ。

 俺のボキャブラリーで満足に解説できない怪獣が出てきてしまったら、こっちとしてはもはや途方に暮れるしかないのだ。

 こんな動物なのか植物なのかも判然としない奴の相手なんて御免だ。

 せめて脊椎動物でお願いしたい。

 だが……ええい、蜜を奪われてなるものか!

 俺の甘いやつだぞ!

 どこで食うのか知らねーけど!

 俺は脇鰓のあたりを右手でまさぐり、そこに隠し持っていたものを投げた。

 銀色の星型手裏剣が、ハチノスを貫通してパックリと裂け目が開く。

 俺の装備がサバ頭の剣だけだと思ったか?

 抜け目なく鱗手裏剣も拾っておいたんだよ!

 裂けた部分では壁に貼り付けないのか、ハチノスはそれ以上登れずに立ち往生した。

 フハハハハッ、ざまあ!

 心の中で高笑いする。

 カメには笑う機能がついていないのが残念だ。

 しかしその笑いもすぐに引っ込んだ。

 三匹目が現れたから?

 それどころじゃねえ……団体で来やがった!

 高いところにいるから分かる。

 団体といっても一匹として同じ種類の怪獣はいない。

 群れではなく、それぞれがオンリー・ワンの存在だった。

 足の数が多いのは昆虫か海産物系だ。

 恐竜型でも二足歩行だったり鎧に包まれた四つ足だったりとバラエティ豊か。

 二十三区それぞれの代表怪獣が一堂に集結したのかってくらいの数だ。

 ここで東京都代表を決める予選が開催されるのか?

 地上を這いずってる奴らばかりじゃなく、空中を飛んでくる怪獣も五匹ほどいた。

 飛竜のように翼で羽ばたいて飛んでいるならまだ理解できるが、風船みたいに膨らんで浮いているクラゲみたいなのや、絡み合うスパゲッティの塊みたいな姿で、飛行原理がまるで分からないのまでいる。

 てんでバラバラの混成旅団だが、奴らの目的は分かっている。

 このユグドラシルの果実を求めて集まってきやがったのだ。

 ああ……クソッ、ナパーム吐きてえ!

 ナパームさえありゃ一匹残らず焼き尽くしてくれるのに!

 俺の願いが届いたのか、空から流星のように真っ赤に燃える火の玉が降ってきて、地上で爆発した。

 ゲジゲジみたいな怪獣が吹っ飛ばされ、炎に包まれてのたうち回る。

『――キュオオオオン!』

 鼓膜に刺さる咆吼に顔を上げると、紅蓮の翼を持つ飛竜が上空を舞っていた。

 来やがったか、シード権を持ってる優勝候補が。

 火の玉は飛竜が吐いたものだ。

 よし……やれ、飛竜!

 怪獣共を薙ぎ払え!

 俺のナパームでな!

 その間に俺は頂点を目指す!

 ひたすら登る。

 登る。

 登って。

 一瞬ずり落ちそうになったが……

 どうにか登る。

 高さは今や三百メートルを超え、俺はスカイツリーのほぼ中腹に達した。

 脳を痺れさせる甘い匂いはいよいよ強くなっている。

 じゅるるる。

 涎が止まらん。

 フヒヒ。

 一刻一秒でも早くこの舌で甘露を味わいたい。

 展望台まではもうすぐだ。

 ほんの目と鼻の先だ。

 あと何メートル?

 三十メートルはあるまい。

 もうあと二回ほど手足を動かして登れば、それで届くはずだ。

 だが――頭上を影が通り過ぎたかと思うと、突風が真横から叩き付けてきた。

 俺の巨体が吹っ飛ばされそうになるほどの風圧。

 見えない雪崩が襲ってきたようなもんだ。

 左手を引っ掛けていた蔦がスカイツリーから剥がれ、俺は右手と右足だけで宙ぶらりんの形になった。

 こ、この体勢は――何秒ももたない!

 左手がサバ頭の柄を掴んだ。

 我ながら器用に逆手に持ち替え、切っ先をスカイツリーに突き立てる。

 ひとまず手掛かりを得てバランスを取り戻すと、飛竜の姿を求めて周囲を見回した。

 いつの間にやら飛行タイプの怪獣は一匹残らず撃墜されて地表に転がっている。

 何分も経ってないのに?

 パねえな、おい。

 飛竜の機動力と俺のナパームの威力がひとつになれば造作もないってことか。

 よろしい、続けたまえ。

 俺の果実を狙ってくる奴らを一掃した後でなら、褒美に一個くらい分けてやらんこともないぞ。

 だから俺の邪魔だけはするなよ――と思っているのが分からんのか!?

 どうやら分からないらしい。

 飛竜の吐いた〈ナパーム・ブレス〉が展望台に着弾し、視界が真紅の炎の色に染まる。

 掴んでいたサバ頭ごと俺の身体は宙に投げ出され、重力の感覚を失った。

 頭と手足を引っ込めて、墜落の衝撃に備える。

 ぬふうっ!

 柔らかくて分厚い壁に二度ほど激突する感覚。

 壁が二枚あるように思えたが、一度バウンドして裏返ったからだろう。

 甲羅が分厚くなったからか、以前高所から落とされた時ほどの衝撃は感じない。

 さすがカメだ、何ともないぜ!

 重力が戻ってきたのを確認して手足と首を伸ばすと、首筋が触れるかどうかという位置にサバ頭が突き立っていて「ひいっ」となった。

 フフ……首を引っ込めていなければヤバかったぜ。

 ナパームで破壊された展望台の破片が辺りに降り注ぐ。

 焦げ臭さの中に例の甘い匂いが混じった。

 反射的に振り向くと、白い花を付けたままの枝が落ちている。

 花びらは半分ほど散ってしまっていて、黄色い花心が露わになっていた。

 うおおおっ、蜜ぅぅぅぅ!

 俺は地面を蹴ってダイブする。

 次の瞬間――横から伸びてきた細長い触手のようなものが花を捕らえ、目の前で掻っ攫っていった。

 なん……だと……!?

 枝からもぎ取られた花は、触手ごとカメレオンの口の中に吸い込まれる。

 触手じゃねえ、舌か!

 てっ、てっ、てめええええっ!

 何という……何という真似を……

 ドロボー!

 このドロボー!

 おまわりさん、こいつです!

『……子供かよ。そもそもお前のじゃねーし』

 うるさい!

 他にも爆発で落ちてきた花があるのではと思い直して見回す。

 ……あった!

 ただし散らされた花びらだけだ。

 花心はすでに他の怪獣に食べられていた。

 俺の知らない間に争奪戦は終了していたのだ。

 カメレオンに喰われたのが最後のひとつだったらしい。

 つまりこの状況……独り占めしようとして結果的に食いっぱぐれた!?

 うぬぬぬぬぬぬぬ……

 チクショーめェェェェッ!

『お前だって畜生じゃん。ウケケ』

 俺は脳天から地面に突き刺さったままで下品に笑うサバ頭を睨んだ。

 ん?

 そういやこいつ、スカイツリーに登ってる間ずっとダンマリだったな。

 さては高所恐怖症か。

『ちげーよ。俺はずっとしゃべりかけてたぜ。てめーが聞く耳持たなかっただけでよー』

 そうなのか?

『ヤバい花粉食らってラリッてたじゃねーかよ』

 花粉がヤバい……だと?

 ユグドラシルの花を喰ったカメレオンの様子がおかしいことに俺は気付いた。

 身体がサイケデリックな虹色の縞模様になり、てんでデタラメに変色したかと思うと、いきなり全身が白くなってその場に蹲った。

 凄い勢いで悪酔いして気を失ったように見える。

 まさか……花に毒が!?

 周囲を見回すと、同じように花を喰った怪獣たちが悉く昏倒していた。

 巨大怪獣が数秒でコロッといく……神経系の麻痺毒か?

 よく分からんが、とにかく強烈にヤバい成分が含まれているに違いない。

『だから言ったろー?』

 いや聞いてねーし。

 しかし、だとすると……まさかお前って、俺の理性を司ってたのか?

 てっきり俺の中のやんちゃで破天荒な部分というか、抑圧されたアナーキズムを代弁してると思ったんだが。

『ウケケケケ……今がチャ~ンスだ。片っ端からブッ殺してこうぜ~』

 どうやら思い過ごしだったか。

 不意に、足元の地面が波打った。

 地中を何かか這いずっている!?

 ほどなくして、地面を割って何かが飛び出してきた。

 数十本の指を生やした一対の手のようなものが伸び、カメレオンの身体を包み込む。

 これは根っこ? 枝?――いや、葉っぱか?

 指の間には緑色の薄膜が張っていて、包んだ怪獣の姿がうっすら透けて見えている。

 形としては二枚貝に近いが……この形は見た記憶があるぞ。

 ……そうか、食虫植物だ!

 ハエトリグサとかそういうやつの親類か。

 ってことは、つまり食虫ならぬ食植物!?

 スケールがデカすぎだろ!

 しかし……クソッ、花の匂いで誘っておきながら、ギブ&テイクの共生関係を結ぶ気がカケラもねーとはどういう了見だ!?

 怪獣を喰ってどうするつも――

 ……まさか?

 植物のくせに?

 これだけの数の、様々な種類の怪獣の血肉を喰らって……その能力を奪う?

〈怪獣王〉にでもなるつもりか!?

 いや――まさか、というのはおかしいか。

 怪獣の本能が地上最強の存在を目指すことなら、これもまた生存戦略だ。

 そして毎度の如くと引っかかる俺……

 もーヤダ! こんな生活!

 気付くと根から生えた蔓が足元に絡みついている。

 さすがに一本や二本で元気な怪獣を拘束できるほどの力はなく簡単に引きちぎれるが、これが何十本、何百本と増えればもはや脱出不能だろう。

 食虫植物には粘着質の蜜で虫を捕らえる種類もあったはずだ。

 この甲羅持ちの身体にネバネバの罠はあまりにキツい。

 長居は無用。

 俺はサバ頭を地面から引っこ抜くと、ちょっとした草むら並に成長しつつある蔓を刈りながら浅草方面への脱出を試みた。

 この蔓や毒の花に適応できる体質の怪獣なら共生も可能だろうが、とりあえず今の俺には無理だな。

 花を食わなかった怪獣たちも俺と同じ考えらしく、我先にと退散しはじめている。

 唯一の例外は飛竜だ。

 空中に留まってユグドラシルを攻撃し続けている。

 といっても有効な攻撃は〈ナパーム・ブレス〉だげだが。

 水平方向への飛距離が足りないのか、狙ったところに当てられないらしく、かなり高度を下げて接近した位置からナパームを吐いていた。

 専門家の見地から評させてもらうと、ずいぶんと下手だな。

 気嚢は持っているはずだが圧縮空気を上手く組み合わせて使えないのか?

 飛行のために酸素を大量に消費するからブレスに回す余裕がないのか。

 どちらにせよ、たかだか数発のナパーム攻撃で焼き尽くせるような相手じゃない。

 どこが急所なのかも判然としない植物怪獣だ。

 それが分からんほどアホでもなかろうし……そもそも何故だ?

 どうしてユグドラシルと戦う?

 確かに、こんなバケモノが東京中に根を伸ばしたら大変なことになるだろうが……

 お前なら飛んで逃げりゃいいじゃないか。

 もしかして、俺のナパーム袋を奪ったのも、ユグドラシルを倒すためか?

 そうまでして倒さなきゃならん理由でもあるのか?

 今、ここで倒さなきゃならん相手なのか?

 怪獣の本能がそう命じるのか?

 それとも――人間として?

『親のカタキだからじゃねーの?』

 それはないと思うが……何にせよ俺には関わり合いのないことだな。

 どんな事情だか知りようもないし、知ったところで俺には手の出しようもない。

 スカイツリーから離れるに従って蔓の生長が止まり、根っこが広がるエリアの外へ無事に出られそうだと安堵しかけたその時、ユグドラシルに劇的な変化が起きた。

 蔦や根の表面にニキビを思わせる無数のブツブツができたかと思うと、フジツボのように山型に盛り上がった。

 その先端には丸い穴が開いていて、ガラス玉のようなものが嵌っている。

 フジツボ風……と言ったが、もっと似ているものがある。

 ――だ。

 遺伝子を解析して取り込んだのか!?

 早えぇぇぇぇっ!

 進化の速度が早すぎるだろ!

 待てよ、真っ先に眼を作ったってことは――

 カメレオンの眼が動いて、一斉に空を向いた。

 飛竜は何度目かの攻撃を仕掛けようと急降下してきているところだ。

 おい、今近寄るのはマズい!

 のが分からないのか!?

 飛竜は展望台のあたりで急制動をかけ、ナパームを放つため空中停止した。

 その時――ユグドラシルの姿が消えた。

 消えた、というのは正確じゃない。

 しかし一瞬とはいえ、そう錯覚して見えたことは確かだ。

 鮮やかな緑色が、曇り空に溶ける灰色に変化したからだ。

 カメレオンの擬態能力の応用か!?

 何でもありかよ!

 地上の俺から見ると擬態はバレバレだが、飛竜に対しては効果覿面だったようだ。

 目標を見失った飛竜がナパームを吐きかけた体勢のまま空中で立ち往生した。

 直後、何かが破裂する音がして、上空から降ってくるものがあった。

 散弾のように飛び散った拳大の塊が、俺の甲羅にも何個かぶち当たる。

 降ってきたのは無数のトゲが付いた種子――いわゆる『ひっつき虫』だった。

 俺のところまで飛んでくるってことは……?

 飛竜の動きがおかしい。

 つーか、シルエットがモコモコに変わってる!?

 ひっつき虫をしこたま食らって翼が重くなった飛竜は、上手く羽ばたけないらしく、空中でもがいている。

 種子はおそらく第二展望台よりさらに上から降ってきたに違いない。

 飛竜は苦し紛れにナパームを吐いたが、あさっての方向に飛んでいった。

 思い切り翼を広げて力強く羽ばたく。

 烈風でひっつき虫が何個か剥がれて飛び散った。

 この分なら離脱できるか?

 しかし……案の定というべきか、俺の見通しは甘かった。

 スカイツリーの根元から眼のないヘビの鎌首が何本も伸び――大きく口を開いた。

 口の中から飛び出したのは、長い触手のような舌だ。

 トリモチのような粘着質になっている舌の先端が空中の飛竜を絡め捕り、地上に引きずり下ろした。

『ギイイイィィィッ!?』

 飛竜の悲鳴は短かった。

 一際大きなハエトリグサの葉に包まれて聞こえなくなったからだ。

 やられた……?

 こうもあっさりと?

 あの飛竜が?

『我が宿命のライバルと認めたあの飛竜が!?』

 そこまでは言ってない。

 この俺でさえ逃げおおせてるってのに、捕まるとは情けない。

 得体の知れない植物怪獣に、調子に乗ってケンカを売るからだ。

 やれやれ……もっと賢いヤツだと思ってたんだがな。

『……とか言いつつ、回れ右してるのは何でなんだぜ?』

 そう指摘されると、俺も返答に困る。

 確かに、俺は立ち止まって、スカイツリーに向き直っている。

 何のために?

『戻るのか? マヌケ野郎を助けに? わざわざ?』

 普通に考えればあり得ない話だ。

 君子危うきに近寄らず、というのが俺のポリシーだし。

 しかし……何事にも例外ってもんがあるんだよ。

『だーかーらー、その理由っつーヤツを言ってみ? ズバァーッとよォ~』

 理由ねえ……

 まずひとつ――あの飛竜がだという説がある。

『そうか! 助けたら一発やらせてくれるかもしんねーな!』

 言い種が直球すぎる!

『だがよー、もし雄だったらどーすんだよ? 構わずやっちまうのか?』

 それは想像したくない。

 ちなみに、俺の方が実は雌だったという可能性も残されてはいる。

『つまりだいたい二分の一の確率でやれるわけだな!』

 どういう勘定かよく分からんが……その件はまあ置いておこう。

 ふたつめの理由は――は返してもらわないとな。

 もちろんナパーム袋のことだ。

 上手く扱えないのなら取り返しておかないと。

 ユグドラシルが〈ナパーム・ブレス〉を吐きまくる事態になったらこの世の終わりだ。

 動けない植物怪獣が自分の周囲を火の海にするとは考えにくいが……

 自滅してくれればラッキーだが、それを当てにするわけにもいかない。

 ナパームは俺の切り札で、生命線だ。

 これから先のことを考えれば是が非でも奪還しておきたいし、そのチャンスは飛竜が地に墜ちた今しかない。

 そしてみっつめ――俺が今、無性にムカついてるってことだ。

 有り体に言って、ハラワタが煮えくりかえりそうになっている。

 何に対しての憤りかはよく分からない。

 この、あまりにも不条理かつ理不尽な、何もかもがままならない、怪獣としての生活に嫌気が差した――そんなところだろう。

 危険すぎることは理性では分かりきっている。

 だが、あえて、今回ばかりは、俺はこの勘定抜きの感情に従ってみたい。

 時に、理屈に合わないことをのもまた人間の特性だ。

 思えば、これまでだってそうだったじゃないか。

 いつも愚かな真似をしでかすのは人間なればこそだ。

そう、こいつは……俺なりの人間の証明ってやつだ。

『んで、勝算は?』

 勝算があるからやるんじゃない。

 今はまだカメレオンの能力をコピーしてるだけだが、他の怪獣の能力まで利用しはじめたらもう手がつけられない。

 一度に複数の怪獣の遺伝子を解析するには処理能力が追いつかないのか?

 だったら善は急げ、だ。

 大きく息を吸い込み、雄叫びを上げる。

『ポメェェェェェ――――ッ!(訳:「俺、推参!」)』

 脇鰓から圧縮空気を噴射し、両足と尻尾で地面を踏み切った。

 一気に二百メートルほどジャンプして、ユグドラシルの支配するエリアに飛び込む。

 無数のカメレオンの眼が俺を捉え、ヘビ型の触手がこちらに向いた。

 反応いいねえ。

 俺は〈シャボン・ジェッター〉で視線を遮るように正面に泡の壁を作った。

 その壁を突き破って舌が伸びてくる。

 舌の先端が俺の身体にぶつかったが、捕縛されることなく弾いた。

 泡まみれになったせいで粘着力が失われたのだ。

 フッ、計算通り!

 今日の俺はひと味違うぜ。

 再びジャンプし、フジツボを踏み散らかしつつ着地、足を踏み換えて身体ごと時計回りに回転しながらサバ頭を振るう。

 切断されたヘビ型触手がすっ飛んだ。

 ユグドラシルの表面にマーブル状の波紋が広がる。

 植物怪獣にもいっちょまえに痛覚があるのか?

 痛いという感覚はなくても神経は通っているんだろう。

 足元から髪の毛のように蔓が伸びてくる。

 ユグドラシルは俺という存在を完全に『敵』として認識したようだ。

 だが、処理能力が追いついていないという俺の読みは当たっているらしい。

 大量に蔓を伸ばすのはいいが、せっかく作った『眼』を自分で遮ることになるぜ?

 それとも、所詮地面を這い回るだけの鈍亀を相手に視覚は必要ないと判断したか?

 飛竜が囚われているハエトリグサまで目測でおよそ六百メートル。

 蔓は一本一本に吸盤が付いている。

 ノコノコ歩いて進めばあっという間に絡め捕られる。

 一度に飛ぶには遠すぎる。

 なら――どうする?

 俺は泡を一直線に飛ばして飛竜までの道を描くと、サバ頭の峰を口に咥えた。

 身体を右に向け、右側の脇鰓からエアーを噴射すると同時に尻尾で地面を叩く。

 歩くのも飛ぶのもダメなら――行ったらええねん!

 俺は手足を引っ込め、刃物のエッジを持つ一個の円盤と化して側転した。

 これなら障害物も関係ねえ!

 蔓だろうが!

 触手だろうが!

 突き進む!

『ヒャッハー! どいつもこいつも真っ二つだー!』

 ……ん? 待てよ、そいつはちょっとマズいかもだぜ。

 肝心の飛竜を真っ二つにしては元も子もない。

 三回転半したところで尻尾の反動でひねりを加え、うつ伏せでになって止まる。

 飛竜入りのロールキャベツはまさに目と鼻の先だった。

 ドンピシャ計算通り!

 ……と言いたいところだが、あと半回転待ったらザックリいってたぜ。

 あぶねーあぶねー。

 テンションが上がると目的のための手段がつい楽しくなってしまうのは、果たして俺の性格によるものか、はたまた怪獣脳のせいなのか――

 その検証は別の日に回すとして、今はとにかく飛竜の救出だ。

 飛竜を包んだハエトリグサ風の葉っぱは俵型のロールキャベツというより蝶のサナギを太らせたようなフォルムだった。

 うーむ、キモい。

 ギッチリ簀巻きになってるってことは……呼吸止まってるんじゃねえの?

 緊急オペしかねーな!

 メスと呼ぶには巨大過ぎるサバ頭の刃を横からサナギの表皮に押し当て、滑らせる。

 裂け目から湯気を上げる乳白色の液体が勢いよく噴き出した。

 包みの中が液体で満たされてる……だと?

 なんで蒸したての小籠包みたいになってるんだよ!?

 さっきから食い物の譬えばかり出てくるのは食いっぱぐれた恨みからで、他意はない。

 鶏がらスープなら美味そうだが溶解液だとしたらもうヤバい。

 裂け目を広げてみると、中から飛竜の片足の膝がはみ出てきた。

 体表を覆っている鱗が剥がれ落ちて、とした白い皮膚が見えている。

 どうやら本当に溶解しているらしい。

 それにしては酸っぱい臭いはしないな。

 どちらかといえば花と同じ甘い匂いだ。

 葉の根本に刃を入れて茎から切り離し、横倒しにして液体を排出すると、包みを舟型に切り開く。そして――

『ポ……メ……!?』

 俺は絶句した。

 やはりと言うべきか、飛竜は完全に気を失っていた。

 救出してやれば飛竜は感激してさっさとナパーム袋を返し、俺はそれを体内にセットして反撃に転じる……という極めてご都合主義なシナリオが俺の頭にあったのは事実だ。

 しかし――は想定外だ。

『意識がねーなら仕方ねーよな。腹ァかっ捌いて取り出そーぜ』

 そんなこと、できるわけがないだろ。

 たとえ殺したいほどの恨みがあったとしても、だ。

 なにしろ、こいつは――

 呆然としている俺の意識をかき乱すように、ヘリのローター音が近付いてきた。

 このエンジンの音は……初めて聞くぞ。

 それに速い。

 速いというか、まっすぐに急接近してくる。

 これまでのヘリは安全な距離を保って飛んでいたが、これは雰囲気が違う。

 頭上を仰ぐと、飛来したのは青い機体にオレンジの縦ラインが入ったヘリだった。

 自衛隊じゃない?

 一般のヘリなのか……それとも警察?

 青いヘリは、機体の下に黒いボールのような物体をぶら下げている。

 大きさは直径一・五メートルほど。

 まさか……怪獣を一撃で葬り去る超強力爆弾とか!?

 間違ってもくす玉じゃないだろう。

 ボールがパカッと割れて『ドッキリ大成功!』の垂れ幕が出てくるなんてことは俺だって今さら期待していない。

 こんなドッキリがあってたまるか。

 俺はサバ頭をバットのように持ち、ボールが落ちてきたら打ち返そうと身構えた。

 腰が回らないのに上手く打てるだろうか。

 最新の打法は体幹を捻らないって聞いたような聞かないような……

 しかし、青いヘリはそのボールを投下しに来たわけではなかった。

 ガガガガ……と壊れたトランシーバーのような耳障りなノイズが響く。

 ヘリのローター音をも上回る大音量だ。

 その音源はどうやら黒いボールらしい。

 するとあの黒いのはスピーカーなのか!?

 疑問符だらけの俺の頭の中に、信じがたい『音』が飛び込んできた。

『……カ………………ジュ…………コ……』

 その奇妙なノイズだらけの音は、いきなりラジオのチューニングが合ったように鮮明になった。

『カイジュ……ナサン。コ……エガ……聞こえますか?』

ポッなっ……ポメェなにぃ!?』

 思わず返事をしてしまった。

 妄想以外で人間の言葉を耳にしたのは、怪獣になって以来、初めてかもしれない。

 呼びかけている側も怪獣に聞こえる波長を探っているのだろう、再びチューニングが外れて聞き取れなくなったので、サバ頭を上に振って少し戻すように要求する。

『……アー……テス……ス…………アメ…………アメンボ赤いなアイウエオ』

ポメポメェそこ、そこ!』

 俺のジェスチャーが通じたらしく、完全にチューニングが合った。

 早口で喋られると聞き取りづらくなるが、少し電波の悪いAMラジオだと思えば申し分のない音質だ。

 何より、意思疎通ができていることが嬉しすぎる!

 こっちはボディランゲージだけとはいえ……うわ、もう泣きそうだわ俺。

 しかし信じられん……こんなことが現実にあるのか?

 まさかこれも俺の妄想じゃないだろうな?

 話すスピードを調整したのだろう、町内放送のような間延びした声がスピーカーから聞こえてくる。

『怪獣の皆さんに……警告……します。間もなく……に……致命的な攻撃……されます。ただちに……退避し……さい。繰り返し――』

 何ですと?

 致命的な……攻撃?

 どういうことだ?

 いや、考えてみればそうか。

 ユグドラシルの花の匂いに誘われて二十三区内の怪獣がこの場に集まっているのだ。

 一網打尽にする絶好のチャンスじゃないか。

 俺が自衛隊の人間なら一も二もなく総攻撃に賛同する局面だ。

 スカイツリーを木っ端微塵にしてでもやるに決まってる。

 するとわざわざ警告しに来てくれたこのヘリは何だ?

 順当に考えれば、怪獣とコミュニケーションを取ろうと研究していた一部の人間が差し向けたってとこか。

 俺が人間から変化した存在で、人間の意識が残っていると理解しているのか?

 しかしこのゲリラ的なやり方からすると、怪獣人間説を支持する派は主流ではなく、自衛隊の総攻撃を止めるだけの発言力はないのだろう。

 幼女A(仮)の正体が擬態怪獣だったことも影響しているのか?

 ロリコン共を怒らせた結果が総攻撃かよ!

 まあ俺だって立場が変われば(以下略)

 総攻撃ってことは海上自衛隊の艦船からのミサイル攻撃か?

 怪獣殲滅が目的ならスカイツリーどころか浅草一帯が影も形もなくなるくらいの攻撃を覚悟すべきなんだろうな。

 俺は両手の先を頭の上で合わせて大きな「マル」を作ってヘリに見せると、飛竜を乗せたままのハエトリグサの端を左手で掴んで引きずった。

 隅田川を下るのが最速の脱出経路だろう。

 葉っぱは一応舟型に切ったが隅田川に浮かべるには大きすぎるか?

 荒川の方が断然広いが、飛竜を連れて行くには引きずる距離が長すぎる。

 おそらく総攻撃が始まる前までには辿り着けまい。

 ユグドラシルが震えるようにざわめいた。

 スカイツリーを覆っていた緑が急激に濃くなり、展望台から外側に向かって、複数の蔦が束ねられてできた太い枝が伸びていく。

 枝に繁った青葉によって陽光が遮られ、辺りの広い範囲が日陰になる。

 柔らかかった茎はみるみる太く、固く変化し、見るからに強度が増している。

 地面に張り巡らされた根も、もはや草のそれじゃない。

 スカイツリーに寄生するように覆っていたユグドラシルが、自分で自重を支えられる強度のある幹と根を持った巨樹へと変化したのだ。

 これは……どう見ても防御態勢だ。

 青いヘリの警告を聞いていたのか?

 それとも外敵からの攻撃を独自に予見したのか?

 大きく広がった枝はミサイルの雨を避けるのに都合がいい。

 ユグドラシルの能力を考えれば、堅い種子を散弾のように広範囲に飛ばしてミサイルを迎撃するくらいのことはできるかもしれない。

 慌てて逃げるよりも、しばらくここに留まった方が安全なんじゃないか……と一瞬思ったが、自衛隊の総攻撃から逃れたところで今度はこいつが再び敵になるだけだ。

 どっちの味方をすべきかと問われれば答えは決まっている。

 寝てる飛竜を抱えて右往左往するわけにはいかないのだ。

 いや、むしろ……今となっては、この飛竜の安全を最優先に考えて行動することこそが俺の任務だった。奇妙な巡り合わせと言わざるを得ない

 ユグドラシルが自衛隊を引き受けているうちにトンズラさせてもらうとするぜ。

 ――と。

 踏み出そうとした足が固まった。

 まったく突然に、急に、何かが変わった。

 風が――音が、消えた。

 あまりに静かすぎて……耳がキーンってなる。

 世界中のあらゆるモノたちが、息を潜め、心臓の鼓動さえ止めて、気配を消したような――そんな錯覚。

 おいおい、どうした?

 自問自答する。 

 俺自身の、怪獣の本能に、何が起きているのか問いかける。

 分かっている。

 人間の五感を超えた、怪獣の超感覚がを捉えていた。

 自衛隊のミサイル攻撃――じゃない。

 ミサイルの雨の方が何倍もマシだと思えるほどの『何か』が……ここへやって来る!

 どこから?

 俺は顔を上げ、南の空に目を向けた。

 中天に、陽光を反射して、ギラリと光る点がひとつ。

 次の瞬間。

 銀色の閃光がユグドラシルを貫き、凄まじい爆発が視界を覆い尽くした――


           ★


 ……やれやれ、酷い目に遭ったぜ。

 俺は瓦礫の中から身を起こした。

 凄え爆発だったが……どうにか生き延びられたようだ。

 さすがは俺だ。

 頑丈さだけが取り柄みたいなもんだし。

 俺の無駄なまでの頑丈さも、今回ばかりは有り難い。

 なにせ、自分ひとりの問題じゃないからな……

 自分の身体の下にいる飛竜を確認する。

 銀色の光が落ちてくる寸前、俺は飛竜の上に覆い被さって爆発から庇った。

 ほとんど無意識の行動だったが、正しい判断だったようだ。

 爆風で少し汚れただけで、目立った傷はない。

 いや……どうだろう?

 果たしてこの状態を無傷と言っていいものかどうか。

 ユグドラシルの葉っぱに包まれ、謎の液体に浸かっていた飛竜の身体には、大きな変化が起きていた。

 全身を覆っている深紅の鱗が溶け落ち、殻を剥いたみたいな滑らかな肌が露わになっている。

 鱗が剥がれているのは一部じゃない。

 手足の先を除く胴体のほとんどがその状態だった。

 問題は……それがどうやら怪我じゃないらしいってことだ。

 胎児のように身体を丸めている飛竜を仰向けにする。

 張りのあるふたつの膨らみが、と揺れた。

 胸の位置だ。

 どう見ても、その……オ、オ、オパ~イ……ですか?

 すまん、言い直す。

 こういうのは照れて言葉を濁すとかえってドツボにはまるからな。

 有り体に申し上げると、飛竜の胸に、人間の、女の、乳房が……あるんです!

 しかもけっこうな巨乳。

 仰向けになっても全然垂れない。

 ちょっと肩を揺すってみようかな。

 おおっ……

 ………………

 …………おっぱいが……

 ……ぷるんぷる~ん……

 待て待て、乳にばかり目を奪われてる場合か。

 さっきからの俺の物言いだと、まるで飛竜のボディに唐突に人間のおっぱいだけが生えていると思われるかも知れないが、さにあらず。

 鱗が剥がれた後の身体全体が、まるっきりになっているのだ。

 おっぱいは柔らかそうだが、身体つきは完全にアスリートのそれだ。

 腹筋なんて六つに割れている。

 巨乳なのに垂れないのも筋肉で支えられているからか?

 とにかく若くてピッチピチの、ハイスペックな悩殺ボディの持ち主というわけだ。

 じゃあ……顔は?

 葉っぱのパッケージを破った時はまだ長かった首が、人間並に短くなっている。

 鏃のように尖っていた頭の形が変わっている。

 鱗の代わりに頭から赤毛の髪が伸び放題に伸びていて、その間から側頭部にある角の一部が突き出している形だ。

 俺は手を伸ばして、飛竜の顔を覆っている髪を、恐る恐るかき分けた。

 ……マジか!?

 いったん手を引っ込め、呼吸を整えてから、あらためて確認する。

 うわ……やっぱりマジだ。

 完全に人間の顔になってる。

 頬や額のあたりに鱗の一部が残っているものの、中途半端にトカゲ人間風ってこともなく、拍子抜けするほどにまるっきり人間だ。

 しかもブスじゃない。

 変身前の飛竜のイメージそのまんまの、いかにも強気で凛々しい、野性味のある、男前な面構え――

 この言い方だと全然女の子らしくないように聞こえるかもしれないが……正直な話、お世辞抜きで美形だ。

 ただ、見るからに生意気そうで性格キツそうだし、可愛らしいって感じじゃない。

 勝手な想像だが、革のツナギを着てハーレーとか乗り回してそうな女だ。

 しかし、まあ何というか……すごく……好みのタイプです。

 とはいえ、いくつか割り引いておく必要がある。

 好みのタイプといっても、それが果たして人間時代のままの感覚なのか、あるいは怪獣の美的感覚でそう感じているだけなのか、今の俺には判断がつかない。

 ぶっちゃけ、飛竜が雌だった時点で俺にとっては大勝利であり、どんな顔だったとしても好きになってしまうだろう。

 なにしろ怪獣のサイズになって以来、初めて肉眼でまじまじと観察する女の顔だ。

 スッゲー新鮮!

 感動的ですらある。

 好みのタイプか否かなんて些細なことだ。

 問題は別にある。

 この変身の原因は何かってことだ。

 すぐに思いつく説としてはふたつ――

 飛竜は幼女A(仮)を捕食している。

 幼女A(仮)の擬態能力を獲得している可能性は十分にある。

 もうひとつは、ユグドラシルの葉から分泌される乳白色の液体だ。

 あの液体には怪獣の変身を解いて人間に戻す効果でもあるんじゃないのか?

 戻すったってサイズはそのままだから巨人だけど……

 もしかして、飛竜のを溶かして吸収したから人間に戻った?

 怪獣の中身はみんな巨人で、着ぐるみを着ている状態なのか?

 ……うーむ、やっぱりよく分からん。

 オマケとしてもうひとつ、最も有力と思われる説があるにはあるが――こいつは別に言わなくてもいいか。

 女の瞼がピクピクと痙攣した。

 苦悶するように眉根を寄せて低く唸る。

 胸を大きく上下させて深呼吸すると、パチッと目を見開いた。

 覆い被さっている俺と、真正面から目が合う。

 瞳の虹彩は飛竜のままの金色だった。

 ……ヤバい。

 眼力がパねえ。

 寝起きはいい方らしいが、それでも、目の前にあるのが俺の顔だと認識するまで数秒を要した。

『…………!?』

 俺だと分かったとたん、歯を剥いて威嚇してきた。

 グイッと首を伸ばして顔を近付ける。

 互いの鼻先がぶつかり、押しつけられた頬の柔らかさと体温を感じた。

 いきなりのことに驚いたが、女はキスをしたかったわけではないらしい。

 はは~ん……これはアレだな。

 俺がいきなり怪獣になった時と逆のパターンだ。

 まだ飛竜のつもりで、嘴の先で俺の顔面を突いて退けようとしたのだろう。

 女は自分の行為がまるで攻撃になっていないことに気付いたのか、ひどく途惑った表情を浮かべた。

 自分が八割方人間に戻っていることを理解したかどうか。

 俺が怪獣としての自分の肉体を認識するのだってけっこうな時間がかかったのだ。

 人間時代の記憶を持っているならまだしも、それがないのだすれば――

 女は飛竜の特徴を残した両手で俺の顔を叩き、押し退けようとする。

 鈎爪はあるにはあるが親指の一本だけで、他の指は翼の膜を支える機能に特化しているため、打撃による攻撃力なんてささやかなものだ。

 下腹を膝で蹴ってきたが、腹の装甲があるので全然平気。

 ひとまず女が理解したのは首が短くなって噛みつき攻撃が弱体化したことだけらしい。

 遮二無二暴れているだけでダメージはないに等しいが鬱陶しい。

 俺は女の手首を掴み、バンザイする形で地面に押しつけた。

 飛竜女は自分の非力さに愕然とした様子だった。

『ポメェ~』

『…………はうっ!?』

 俺が顔の前で大口を開くと、飛竜女は初めて怯えの色を浮かべ、屈辱に眉をひそめた。

 やっぱり人間はいいな。

 表情が豊かで反応を見るのが楽しい。

 俺は女の頬に鼻先を軽くこすりつけた。

『ぐうう~……』

 硬くて分厚い顔の角質で傷付けないように気を遣ったつもりだが、それでも痛いのか、唸り声とともに顔を逸らしてした。

 痛いなら痛いと言ってほしいところだが、言葉を忘れているのか、それとも巨人のサイズになると上手く発声できないのか、はたまた俺には言葉が通じないと思っているのか。

 だったら……こうだ!

 俺は舌を伸ばして飛竜女の顔をベロ~ンと舐めた。

 ほんのり甘い。 

 例の乳白色の液体の味だろうか。

 首筋から耳を舐めてやると、飛竜女はくすぐったがって首を縮み込ませた。

 耳は完全には人間化しておらず、耳たぶは後ろ向きに伸びた角のような突起と一体になっているが、穴をほじられるのは我慢できないようだ。

 獣のような毛皮も、爬虫類のような鱗にも覆われていない人間の皮膚は無防備だ。

 飛竜のままなら身体のどこを舐められようと、少々歯を立てられようと平気だろうが、人間の身体はそうはいかない。

 敏感な柔肌はくすぐりには滅法弱い。

『うにゅ……はひゃ!』

 女は舌から逃れようとジタバタもがいたが、弱点を探りながらペロペロしていると、やがて荒々しい吐息に、堪えかねたように漏れる甘い嬌声が混じりはじめた。

 この反応は……人間でいえばくすぐったくて笑っていると考えてよさそうだな。

 いったん舌を離すと、女の身体から力が抜け、疲れ果てたようにぐったりした。

 それまで顔を背けていた飛竜女は、少し恨めしそうな目つきで俺を見上げた。

 潤んだ瞳が綺麗だ。

 不機嫌で無愛想なのは相変わらずだが、その表情からは、さっきまであった険が取れている。

 俺が攻撃したり、ましてや食べようとしているのではないと理解してくれたらしい。

 女は地面に押しつけられている自分の手をチラリと見た。

『あんたが敵じゃないってことはもう分かったから、いい加減この手を放したらどう?』

 そんなようなことを言いたげな顔だ。

 だが、それに従うつもりはない。

 俺のターンはまだ終わっていないからだ。

 ターン制ゲームの『行動ターン』と『タン』が掛かった高度な駄洒落であることは言うまでもない。

 我ながら好調だ。

 俺は目の前に並んでいるふたつの魅惑の果実に舌を伸ばし、舐めしゃぶった。

 飛竜女がビクンと身体を仰け反らせる。

 痛くはないはずだ。

 歯を立てないように加減しながら甘噛みし、先端のポッチに舌を絡ませる。

 舌の上で固く凝っていくサクランボのような感触を楽しむ。

『おおっ! あぐうううっ!』

 飛竜女の反応は激しかった。

 ドラゴンの一種なのだから胎生ではなく卵生だろう。

 当然、子供に乳を与えることもない。

 飛竜には存在しなかった器官を刺激されて、未知の感覚に翻弄されているのか――

 などと、エロいことをしながら冷静に分析してるんじゃねえとお叱りを受けるかもしれないが、まったくの言いがかりだと申し上げたい。

 これでも俺は必死に自分を抑えていた。

 暴風のような衝動が俺の中で荒れ狂っている真っ最中だからだ。

 カニ貴を食べた時と同じように、生物としての怪獣の本能が、理性という手綱を振り解いて暴走しかけている。

 それこそ駄洒落のひとつも挟まないとヤバい。

 衝動の正体が繁殖へ向かう本能であることは明らかだ。

 飛竜女が人間の身体に途惑うように、俺も怪獣の本能を御しきれない。

 俺の本能は、同じ爬虫類型怪獣との生殖行為を想定しているはずだ。

 さっきから女の首筋に噛みつきたいという衝動を抑えるのに苦労している。

 背後からのしかかり、首筋に噛みついて雌が逃げられないように押さえつけながら――というのが本能にプログラムされた基本的なスタイルなのだろう。

 だが今の飛竜女に本気で噛みつけば致命傷を与えかねない。

 この巨体の全体重をすっかり預けてしまうなんて以ての外だ。

 だからこそ、理性を振り絞って自制し、人間的な行為に変換しようと必死なのだ。

 しかし衝動を抑え続けるのも、もはや限界だった。

 おっぱいだけで誤魔化せるような代物じゃない。

 ともすると、飛竜女の身体を引き裂いて、温かい腹の中に頭を突っ込んで臓腑を貪りたいという猟奇的な破壊衝動に化けてしまいかねない恐怖があった。

 抑えるのが不可能なら、正しく解消する方向へ導いてやらねばならない。

 人間として最低限のラインを守るには、それしかなかった。

 理性の手綱を手放さないようにしながら、ほんの少しだけ緩める。

 とたんに、俺の下腹に灼熱の塊が生じた。

 ………………

 …………

 ……

 ……さて。

 ここで新たな発見について報告せねばなるまい。

 俺の身体のことだ。

 かねてよりの懸案だった『実は俺の方が雌かも知れない疑惑』は、めでたいことに完全に否定された。

 雄のシンボルが、俺の股間からニョッキリそそり立っているのがその証拠だ。

 カメ型怪獣の生殖器は、尻尾の途中から枝分かれするように生えていた。

 うわあ……

 何でしょうか、この形、この色。

 正直、自分でも引くくらいグロい。

 カメのカメ頭がカメとはおよそ似ても似つかぬエイリアンだとは……

 それだと結局モチーフが一巡してしまうわけだが。

 とにかく、とんでもねえモンスターが潜んでいたもんだ。

 無意識に勃起していたら、自分の体内に別の怪獣が寄生していたのかと勘違いしてパニックを起こしかねないレベルだ。

 しかも……あり得ないほどデカい。

 冗談でも誇張でもなく、相撲部主将の腕くらいのサイズだ。

 まさに掛け値無しの肉の凶器。

 これを……使う?

 いやいやいやいやいやいや……

 裂けるって!

 絶対、死んじゃうって!

 どう見ても、ヘソどころか鳩尾まで達するサイズだぞ!?

 飛竜女の目も、自分の腹の上に顔を出したこの新怪獣に釘付けになっていた。

 その顔は驚愕に青ざめている。

 まあ、無理もないか。

 俺だって怖い。

 俺の視線に気付いた飛竜女が顔を上げる。

 目が合った。

『…………』

 俺は最後の理性で手綱を引き、押さえつけていた女の手を放した。

 逃げろ。

 これ以上は無理だ。

 俺は……お前を傷付けてしまう。

 自由になった飛竜女は――しかし、逃げなかった。

 その顔からは怯えの色が消えている。

 蔑むように目を細め、鼻を鳴らし、頬を膨らませると、プイと横を向く。

 まるで『バカにするな』とでも言いたげな態度。

 ……あれ?

 まさか?

 もしかして…………のか?

 理性と本能の綱引きが拮抗したまま固まっていると、飛竜女は業を煮やしたように眉を吊り上げてこちらに向き直り、両手で俺の顔を掴んだ。

 そのまま引き寄せ、鼻先を触れ合わせる。

 今度は突っつくのが目的じゃない。

 怪獣同士の接吻だ。

 俺が舌を突き出すと、女も自分の舌を絡めてきた。

 軟体動物ような粘膜の感触と吐息を感じた瞬間――

 俺は、理性のタガが吹っ飛ぶ音を聞いた。


 それからはもう、何が何だか分からない。

 頭の中に極彩色の閃光が渦巻き、身体の中に稲妻が飛び交った。

 人間の感覚には変換できない、あまりにも圧倒的な、目眩く怪獣の肉体感覚――

 しかし、悪くない。

 人間としての自我が飲み込まれる恐怖?

 そんなものは、ない。

 これは、津波に押し流されるような絶望的な感覚とは違う。

 むしろ、伝説のビッグウェーブに乗るサーファーの気分だ。

 俺の意識と怪獣の肉体の間にあった齟齬は、その垣根は、もう感じられない。

 俺は怪獣で、怪獣が俺だからだ。

 今はただ、極彩色が混じり合った果てにある、純白の歓喜にすべてを委ねるだけだ。

 すべてが溶け合い、無限に上昇していくような浮揚感――

 それは頂点に達すると急速に薄れていき、不意に重力が戻ってきた。

 下半身に広がる甘い疼痛とともに脱力感に襲われ、身体を支えきれずにうつ伏せる。

『グルルゥ~~ッ!』

 真下から抗議の唸り声が聞こえてきたかと思うと、強かに腹を蹴り上げられた。

 ゴロンと転がされて裏返しになる俺。

 すぐには起き上がる気になれず、首だけを伸ばして相手を見る。

 そこにいたのは飛竜女――ではなく女飛竜……

 いや、飛竜だった。

 少なくとも九割方は飛竜に戻っている。

 ………………

 …………

 ……

 ここは……考えどころだぞ。

 戻ったのか、それとももともと変身などしていなかったのか、それが問題だ。

 人間に変身していなかったとすると、俺はいったいどこから妄想と現実の区別がつかなくなっていたのか。

 飛竜はしつこく俺を蹴ってくる。

 視線を下げるとその理由が分かった。

 俺と飛竜は、まだドッキングしたままだったからだ。

 身体は離れているのに、新怪獣の頭は飛竜の中だ。

 ちなみに飛竜のその部分は尻尾の根元近くにあって、俺たちは互いの尻尾を交差させているように見える。

 なるほど……尻尾が交わるから『交尾』っていうんだね。

 などと納得している場合ではない。

 引っ張っても抜けないのは、ちっともカメに見えないカメの頭の部分が傘のように広がって中で引っかかっているのだろう。

 他人事に聞こえる言い方だが、俺の意志ではコントロールできないのだから仕方ない。

 自然と萎んで抜けるまで、さらに数分を要した。

 多少縮んでもモンスターはモンスターだ。

 こんな化け物を受け入れていたとは、まさに女体の神秘。

 合体していた部分がどうなっているのか確認しようとすると、尻尾で往復ビンタを食らわされた。

『……ギィ!』

 飛竜は短く鳴くと、尻尾を丸め、翼で尻を隠した。

 どうやら……デリケートな部分を見られるのは恥ずかしいらしい。

 はは、こいつめ、照れてるのか?

 姿形は飛竜に戻ったのに、えらくしおらしいじゃないか。

 わりと一方的に酷いことをしたにもかかわらず、尻尾ビンタで許してくれるとは……これはもう完全にデレたな。

 クソッ、可愛いじゃないか。

 ああもう……ペロペロしたいぞ!

 でもしつこく近寄ろうとするとまた蹴られそうなので、グッと我慢する。

 もはや妄想か現実かはどうでもよくなっていた。

 どっちにせよ、既成事実は既成事実として認めざるを得ない。

 後悔はなかったし、反省する必要も感じない。

 自分でも不思議なほど穏やかで満ち足りた気分だ。

 いや……不思議、というのはおかしいか。

 確実に、しっかりと、納得できている。

 何故か?

 未来に、希望があると感じられるからだ。

 たった一例だが、他の怪獣とも、こうして交流可能なことが証明された。

 理性を捨てずに行動してきたおかげで、俺のことを信じてくれる人間も――

 あれ?

 何か……忘れているような……

 ああああああっ!

 あの青いヘリだ!

 あの呼びかけ……あの警告は何だったんだ?

 その直後だ、銀色に輝くものが天より墜ちてきて――

 まったりとした気分が消し飛び、その代わり、初めて飛竜と遭遇した時と同じく、ケツに氷柱を突っ込まれたような、恐怖に身が竦む感覚が甦った。

 ユグドラシルは……どうなった?

 俺は周囲を見回した。

 巨大樹は、最後に見た時よりも少し遠くにあった。

 背後には隅田川がある。

 俺たちがいる場所は、隅田川沿いの、木々に囲まれた神社の敷地の中だった。

 かつて神社だった、と表現した方がいいだろうか。

 近くで起きた爆発のためか木々は薙ぎ倒され、神社の建物は倒壊している。

 辛うじて鳥居だけが残っているような有り様である。

 この破壊っぷりからして、爆風のためというよりは、それに飛ばされて転がってきた俺たちがぶつかったせいかもしれない。

 だとしたら申し訳ないが、図らずも神社で結ばれるとはなかなか縁起がいい。

 再建の暁には俺と飛竜を守護聖獣として祀ってくれて構わんぞ。

 神社から見て北の方角には、凄まじい破壊の跡が広がっていた。

 街が掃いたように廃墟と化し、周辺のあちこちからから火の手が上がっている。

 破壊の中心地にあるのは歪んだ形のクレーターだった。

 隅田川の一部が決壊し、クレーターに水が流れ込んでいる。

 いったい何が降ってきたんだ?

 再びスカイツリーに目を向ける。

 ユグドラシルもまた無傷ではなかった。

 空に向かって大きく広げた枝の、およそ半分を失っている。

 展望台には大穴が開き、タワーが中程から傾いている。

 思い出したぞ。

 南の方角から飛来した『何か』がユグドラシルの幹を貫通し、北側に落ちて街を破壊したのだ。

 弾道はピッタリ合っている。

 これが警告にあった『致命的な攻撃』なのか?

 飛来したのがミサイルなら、ユグドラシルに直撃したところで炸裂したはずだ。

 市街地の破壊も爆発ではなく、純粋な運動エネルギーによるもののように思える。

 でっかい砲弾が飛んできた……のか!?

 クレーターに異変が起きた。

 隅田川から流れ込んだ水が、真っ白い蒸気を上げて沸騰する。

 その蒸気のカーテンの向こうに、三つの青い光が揺らめいた。

 逆三角形に並んでいる三つの発光体はアーモンドか涙滴を思わせる形で、それぞれの細くなってる先端が内側を向いている。

 何だ、あれは?

 自衛隊があんな怪しげな新兵器を出してくるとは思えない。

 まさか……UFO!?

 宇宙人の侵略兵器!?

 遂にこの俺が地球の平和のために立ち上がる時が来たのか?

 ……んなわきゃないか。

 発光体がこっちに……いや、ユグドラシルの方へ移動しはじめた。

 クレーターから出たところで、その姿が明らかになる。

 白煙の中から現れたのは――ぬめらかな銀色の皮膚を持っただった。

 頭部はヘルメットを深く被ったような形で、ふたつの発光体が目にあたる箇所に左右対称にくっついている。

 ボディペインティングしたようなツルッとした銀色の皮膚には、タトゥーだか何だかよく分からない赤い模様が描かれていて、その赤い模様の流れが集まる中心である胸の上に三つ目の発光体があった。

 周囲に比較物がないため正確には分からないが、身長は八十メートルに近い。

 しかし体型は恐ろしく細い。

 頭は小さく、八頭身どころか十頭身はある。

 腕や足なんて筋肉があるのかと疑いたくなるようなヒョロさだ。

 虫かよ、と突っ込みたくなるほどガリガリである。

 体重だけで比較すれば俺より軽いんじゃなかろうか。

 ふとそいつの足元に目を向けた俺は、思わず呻き声を漏らしそうになった。

 ピンヒールを履いたような尖った足は、

 二本の足で歩いてはいるが、ホバークラフトのようにわずかに浮いた状態で、邪魔な足元の瓦礫を謎の圧力で触れることなく押しのけながら進んでいる。

 こいつ……見かけ通りのモヤシじゃないぞ。

 宇宙人の侵略兵器、というのもあながち的外れな想像でもなさそうだ。

 なにしろ、およそ地球上のどんな生物にも似ていない。

 あえて似たものを挙げるとすれば『人間』だが、人類の範疇に入れるには異形すぎる。

 似てる似てない以前に、そもそも生物なのか?

 何よりも、この、存在そのものが発している強烈な違和感。

 見ているだけで鉛をんでいるような毒々しい味が口の中に生じる、反吐が出そうなほどの禍々しさ。

 俺の人間としての直感と、怪獣としての本能が、ともにこいつを『不倶戴天の敵』だと告げていた――










[俺的怪獣図鑑その⑤]

※このデータはすべて俺の主観であり多分に推測と想像を含む。


■ファイル№1[♂]更新!

[名称]なし(俺)

[分類]カメ型怪獣

[身長]およそ六十メートル?

[体重]甲羅はあれど中量級

[地形適応]陸/水※水中でエラ呼吸可能

[移動力]C(四足歩行時)D(直立二足歩行時)

[機動力]C/脇腹の吸気/吸水口から逆噴射してジャンプが可能

[攻撃力]C

 必殺技:シャボン・ジェッター…舌先から泡を噴射。泡の性質は濃度によって調整可能。

[装備]サバ頭の剣

[防御力]B/ダメージを受けても脱皮で再生できる

[備考・補足]雄であることが確定。とんでもないイチモツの持ち主。


■ファイル№2[♀]更新!

[名称]紅蓮飛竜

[身長]八十メートル※尻尾を含めると百二十メートル。

[体重]俺の3/2くらい

[分類]ドラゴン・ワイバーン型怪獣

[地形適応]空

[移動力]A/翼による飛行能力がダントツ。

[機動力]A

[攻撃力]A/嘴と爪、投げ落としが強い。

 必殺技:ナパーム・ブレス…口からゼリー状の爆薬を吐く。ただし圧縮空気との混合が不十分で有効射程距離が短い。

[防御力]C

[備考・補足]雌であることが確定。ツンデレ可愛い。


■ファイル№7[真・スカイツリー]

[名称]ユグドラシル/世界樹

[身長]六百三十四メートル+α

[体重]測定不能

[分類]超巨大植物怪獣

[地形適応]陸

[移動力]なし

[機動力]なし

[攻撃力]C/直接攻撃力は高くないが、相手を無力化する能力に長ける。

[防御力]C/植物なのでたぶん火に弱い。

[備考・補足]花の匂い(フェロモン?)で他の怪獣を呼び寄せ、ハエトリグサ風のの葉っぱの罠で捕獲する。捕獲した怪獣の遺伝子を解析してその能力をコピーできる。


■ファイル№8[銀色の来訪者]更新予告!

[名称]???

[身長]八十メートル

[体重]???

[分類]宇宙怪獣?

[地形適応]???

[移動力]?

[機動力]?

[攻撃力]?

[防御力]?/バリアーを持っている?

[備考・補足]直感だが、たぶんラスボス。

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