第2話

今日もグレブさんは同じ場所にいました。同じポーズで、落ちていました。朽ちたまま朽ちない残骸。進まない。シャールが進めないからです。しゃがみこんでビニール傘を傾けました。グレブさんはどこかで死んで、そしてここに現れたのでしょう。流れ着いたのではありません。おそらく。シャールはグレブさんの形をこれ以上崩すことだけはしたくありませんでした。時を進めてもらっては困るのです。無闇に動かさないように、振動も避けるように、遠くから眺めました。見つけた日は。雨が止んでいた気がします。シャールは自身があの時傘を持っていなかった記憶を見つけました。けれど記憶違いかもしれません。シャールは雨が降ろうと傘を持たない事があるからです。記憶違いかもしれません。乾いた顔面の方が記憶違いなのかもしれません。連日の雨にうたれさらしになっているのにずっと変わらないままのグレブさんは、月日を重ねてももう朽ちたまま戻りもこれ以上朽ちもしない気がするし、可哀想で。可哀想で?僕の責任な気がして?申し訳なくて?いいえ、シャールは、どんな感情にもなっていないか、全く別の事を心にぶら下げているか、全く別の事に心をぶら下げているかです。僕が彼に何を思うかではなくどういう心理を強制されるか?わからない振りをしている。僕が、彼がこんなになってしまって喜ぶと思いますか?それとも一言で表せない複雑な心境、という奴だとでも?僕は彼が好きでした。信用に値した。敬意を示していた。愛嬌のある人だった。彼は今だけは存在しません。眠っているこのひと時だけ。けれど彼が朽ちなければ、彼がこのままなら、彼は誕生できないのでは?できないでしょうよ。存在しないままなのでは。その通りでしょう?「でなければこんな事致しません」目が無い彼なんて彼じゃないよね、「グレブさん、何処ですか。」今だってぷるんと抜け出したあの目が、僕を見つめている。<それ>が彼であり<これ>は彼じゃない。「何処ですか。」ほら僕の背筋が凍るから、僕は今背筋にしかいないのです。彼もそれに付随している。「見ているのですか」共に生きるとは?患いとは?取り憑きとは?僕は彼を恐れている。どうして?恐れていない。どうして?僕は、こうなってしまった彼をなんとも思っていない僕と、彼が蘇ることをこの世界が阻止することを心の底から望んでいる僕を、恐れています。


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「シャールの世界でみんなみんな朽ちないのはシャールが寂しがり屋だからです。嘘です。ひとりぼっちが嫌だから。うそです。思い通りにならないただ一つの事に、いいえ、思い通りにならないのを受け入れられないただ一つの事に参っていたから、簡単な事象でないと受け入れられなかったのです。簡単な事象でないと受け入れられないのは元々ですが尚更。だから僕は我儘を通せる形をこの中で形成しました。墓なんてあるわけないでしょう。終わらせず整理しないことで、沢山の僕と僕は、ずっと一緒にいたのです。僕は僕を愛しています。愛して、愛している。その応用。」

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出入りし過ぎる男 杓井写楽 @shakuisharaku

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