1-2 霧の谷にて魔女は笑う

結々side


屋敷の中は暇で仕方が無い。ああ、自分もハルァの野郎と共にスケルトン狩りに行けばよかったと今更ながら反省した。だがハルァと共にいて、生きて帰る自信が無い。あいつがいれば簡単に霧が払えるが、は危険な男だ。[霧の魔女]は飽きもせず、薬草作りに勤しんでいる。 少しはまともに食事をとって欲しいところだ。


小言を口に出そうとすると、タイミングが良いのか悪いのか連絡用の魔術道具羽根ペンが動き出す。緑インクだからハルァからの連絡で間違いないだろう。


結々ユイユイ、ハルァから速報が来たぞ」

「えー?まぁた大型スケルトン軍団のお出ましかよ。面倒臭ェな」

「今宵は違うようだ。……聞いて驚け。黄昏帝国の元軍人、ヴァン・クロウド元隊長が濃霧の森を訪れている」

「若くして隊長に就任し、カーマインに殺されず、でもって笑顔で見送られたって奴?もうちっとマシな作り話にしろっての」


黄昏帝国の将軍、クレイヴ・カーマインとは異名の[狂人]《マッドマン》で有名な男だ。一見ただの優男に見えるが、中身は冷酷無慈悲で気難しい。気に入らない部下は簡単に肉壁として扱い容赦なく住民を巻き込み、その場で一番合理的な方法で以て殲滅する。火系統の魔術が得意なこともあり、大掛かりな戦争で活躍したとよく聞く。―――そんな男に気に入られた人間など、まともな訳が無い。まともな人間がカーマインの元で正気を保っていられるわけがない。


「作り話だろうがどうでもいいな。問題は、その男がかだ。渡れたのであれば、信用に足りるだろうよ」

「……ほんっと、いい趣味してんなァ。谷底に叩きつけられた死体なんて見たかねぇっての」


この魔女が魔法でかけた吊り橋は、霧の谷に悪意を持つ人間が板を踏んだ途端に板が仕組みになっている。勿論逃げられないように岩肌には魔法無効レジストを張り巡らし、鳥と合成された合成獣キメラでもなければ確実に50メートル真っ逆さまな心折設定になっている。なおその死体からスケルトンが発生するため、すぐに回収しなければならない。


は俺の仕事なんだからさ、もう少しキレイにしてくれよ」

「それはどうかな」

「はあ?ら、谷底真っ逆さまだろ。何十メートルもあるんだから死ぬって。魔法無効レジスト張り巡らしてんのはどこの魔女様だよ」

魔法無効レジストのことは忘れろ。……カーマインが気に入った人間だ。どっかしら狂っているのだろう。まあ、駄目なら駄目で収入源が無くなるだけだ」

「それが一番嫌なんだっての。もう蟲で腹を膨らませたくねぇ」

「蟲が嫌なら土でも食うといい」

「味も栄養もないからな!!」


そう笑い、魔女は蟲がみっちりと詰まった瓶を投げ渡す。目を凝らしてよく見ると、中身は無属性の蜘蛛の稚児だった。じとりと睨みつければ魔女は「そいつは栄養価が高いぞ」と嫌味ったらしく笑った。


を食べないで―――だなんて、甘ったるいことは言わないだろう?結々ユイユイ

「無属性なんてレアリティ高いんじゃねーの? そう易々と食っていいようなものじゃないだろうよ」

「いや、今期は無属性が豊作でな。逆に食べてもらわないとこっちが困る。一応私は商人だからなァ」

「……ほんっとう、あんたは魔女だな!ミスティア様よォ!!」


蜘蛛は蜘蛛でも、この無属性の蜘蛛には名前が無い。魔力もほとんど無いのだろう。―――ああ、それでもを必要性も無く喰らうのは気が引ける。だが性根が腐り切ったハルァがこれを知れば、間違いなく汚く食い散らかし俺に見せ付けるに決まっていた。ならば、やることは一つだった。


「……ごめんな。可能性があれば、お前らもミスティアに拾って貰えたんだろうけどよ」

「それでも、頭数は減らさないといけないんだ。アイツの金のこともあるけどよ、んだ」



笑え、笑え。笑うといい、いつかの同胞よ。過去の夢は既にどこかで燃え尽きた。今の希望も既に無く、ただ現在いまを消費するだけの存在に成り果てる。それでもなお、生にしがみつくのが蟲の本質なのだろう。笑え、笑え。憎め、恨め。他人を切り捨てて自分だけが生き延びる―――これではまるで帝国の軍人のようだなと、ひとり呟いた。

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