1-1 呪われし男と濃霧の森

ヴァン・クロウドside

ぐずりと呪いがまた、俺の腕を蝕んでいく。不老の呪いをかけられた我が身は不老ではあるものの、しばしば激痛が走り魔力を扱えなくなる時があった。俺が魔術よりも剣技や銃火器を扱っているのは、それが主な理由である。呪いの進行が進めば常時魔術を扱えなくなってしまうのだろうか。それを恐れた俺は軍から抜け、魔女を探す旅に出たのだった。



魔女が住んでいると言われている谷は濃霧の森の中にあった。帝国から森に辿り着くまで時間がかかり、汽車を使っても移動加速魔術を使っても真夜中になってしまった。それに加え事前情報には無かったはずのスケルトンが森中に蔓延り、濃霧で足元が疎かになりがちの戦闘はとても危険極まりない。弓使いのスケルトンが彼らの後ろから援護をしてくるのがたちが悪く、大型スケルトンまでもが襲いかかってきた。侵入者の排除が目的なのだろうが、それにしては盛大な歓迎だ。



「また蔓延っているのか。呪骨が集まるのは良いことではあるがな」

『我が主よ、加護を我に与えたまえ。―――風よ、舞い上がれ』


静かな声と共に風が舞い、ガシャンガシャンと雑音が鳴り響く。濃霧は晴れた空間にはスケルトンがバラバラになり地に落ちていた。そして声の主は一際呪いを放つ骨―――いわゆる呪骨を選別していた。後ろ姿しか見えないが、エメラルドグリーンの髪の男だ。彼は呪骨を麻袋の中に乱雑に詰め込んでいく。そして振り向かずに俺に話しかけたのだった。


「まったく…… 真夜中に女性の家を訪問するのはマナー違反だろう。それに、こんな無能共スケルトンに足を取られるとはな」

「助かった、ありがとう。……仕方ないだろう、濃霧の中は動きにくいんだ」

「だから風属性の魔術が必要なのだろうが。馬鹿者め、私がいなければ貴様は濃霧の中を少しずつ探索せねばならなかったのだぞ」

「だからお礼は言っただろう。……貴方は魔女の使い魔なのだろうか」

「貴様の中で答えは既に出ているではないか。答え合わせのためだけに聞くな。無意味だ」

「……頑固者」

「頑固で結構。頑固であれば、不用意に話しかけられることもないからなァ」


男はフフンと笑うと、くるりと身を翻した。エメラルドグリーンの髪に、つり上がった金の瞳。整った顔立ちの若い男だった。魔術武器だと思われる白い槍を背中に抱え、腰には呪骨が詰まっているであろう中程の大きさの麻袋。


「私の名はハルァ。さて、我が主である[霧の魔女]の元に案内してやろう」

「えっいいのか!?こんな夜中に、」

「帝国からは遠いしな。よくあることだ。それに貴様が森に居ては、異物の気配でまたスケルトンが暴れる。その方が目障りだ」

「あー……ありがとう。俺はヴァン・クロウドだ」

「別にいい。クロウドねぇ……ああ、若くして隊長になった男か。なぜ[霧の魔女]に逢いに来た。出世の邪魔になる無能の毒殺か?」

「違う。それに、俺はもう軍を辞めたんだ」


そう言うと、ハルァは無言で足を進めた。聞きたいことが聞けたのでそれで良かったのだろう。―――ああ、それにしても霧が深い。濃霧の森だと聞いてはいたが、3メートルすら先が見えない。霧払いもせず、ハルァはどんどん足を進めていく。これで離れ離れになれば、現在地が分からずに迷ってしまうだろう。「居場所探知」には魔法機械を使うが、魔法機械それはとても高額でそうそう手に入ることなどない。


「おい、ヴァン。早く来い。お前は谷底に突き落とされたいのか?」

「突き落とされたくはないな!」


目の前に吊り橋が見える。あの谷こそが、魔女が住んでいる霧の谷なのだ。谷の底に大きな屋敷があるらしいが、なぜ谷の底に作ったのだろうか。谷の中にアンデッドが落ちてきそうで少々怖い。

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