仮想世界パラノイア
林道夏向
0-1 まどろみ
■■side
まどろみに浸かっていると、どこからかキィキィと金属が擦れる音がし始めた。それに加え誰かがピアノを弾いているようで、不協和音が鳴り響く。けれど、この部屋にピアノなどあっただろうか? あるのは無造作に設置された機械とぼく一人だけで、楽器は置いていない。■■は上手に弾けないのだから、置くはずがない。不信感は降り積もり、ぼくは体を起こした。―――「起きなければよかったのに」と悪魔は微笑んだ。
「やーい!悔しかったら奪ってみろよ!」
「ぼくのペン返してよぉ……」
「返して欲しいなら本気で走れよ。お前のせいで負けたんだろ」
「うぅ……」
■■はよく虐められていた。痩せぎすの小さい体に加え、泣き虫で臆病者。どんくさくて頭だけはよかったことも含め、周囲からは忌み嫌われていた。「男らしくない」と「女々しい」と、いつも蔑まれていた。それと同時に妬み嫉みを向けられていたのだが。
だが、それでもぼくの隣には黒い少年がいた。その人の名は■■■■。彼は留学生だった。いずれキースは母国に帰るのだと。いつかキースはぼくの前からいなくなるのだと、心のどこかで理解していた。それでも依存は止まらなかった。
「ホンダ、タナカ。■■■をいじめるな」
「■■■■くんに庇われて恥ずかしくないのォ?少しは反撃したらどうなの、天才くん」
「いっつも背中に隠れて、男として情けなくねぇの?俺だったら恥ずかしくて泣きたくなるね」
「……埒が明かない。■■■、行こう」
「うん」
■■■■はいつものようにぼくの腕を引いた。彼からふわりと漂うキンモクセイの香りが、怒りと悲しみに暮れるぼくの心を落ち着かせた。それでもぼくは心のどこかで彼らを、■■■■を憎むのだ。もっと上手くやれる。きみがいなくても、ぼく一人で――― 嗚呼、なんてぼくは最低な人間なのだろうか。
どうして■■は優しい彼を信じれなかったのだろう。どうしてぼくたちはこうなってしまったのだろうか。考える度に、過去を思い出す度に自然と涙が零れ落ちる。けれど今の■■■にできることは眠ることだけだ。平和のためにも、この世界のためにもまどろみに身を委ねなくては。……起きればまた、醒めぬ悪夢が待っているのだから。
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