第27話
「
その名は、正直なところ魔法の世界に疎い古川でも知っている。
魔法を使う上では全く意味のない知識ではある。
その逸話は「魔法の世界では知らぬ者はいない」と言うよりも、「知らずにはいられない」と言うくらいには有名な御伽噺である。
世界に隠された超常の神秘。
科学的にはおろか、本来専門であるはずの魔法を用いても解明されていない本当の不思議たち。
「今回の一件にそいつが絡んでるって言うのかよ」
そして、その言葉が正しいとすれば、また別の真実が明らかになる。
「そんでもって、それは七大神秘が実在するってことかい?」
軽く頷き、古川の質問に肯定した。
「マジか」
それ以上の感想は思いつかない。
「こんなにポロッと出逢えるモンなのか? 七大神秘ってのは」
「無論、本来そうやすやすと出逢える者ではない」
そうだろうとも、と言おうとしてやめた。
当然すぎるほどに当然だ。何せ世界に残ったたった七つの不思議なのだから。
「七大神秘の実在を知っていても、その全容を知る者はさらに絞られる。それほどまでに規格外なのだよ」
その『知る者』と言うのがどれほどのものなのかは知らないが、間違いなく魔法の世界を牛耳るような大物に違いないだろう。
「ついでに聞いていいか?」
「何を?」
「この街に眠る七大神秘について」
深く聞くことは、彼自身にもリスクがある。
しかし、考えてみれば彼は今回の件において道化だった。
全員に騙され、利用される立場でしかなかった。
ならば、ここで何らかのリスクを負ったとしても、自分が何に関わったのかは知っておきたい。
その思いが通じたかは分からないが、彼は淡々と語り始めた。
「一般の大結界は、本来土地が持つ魔力の流れを効率的に流すことで、土地に恵みを齎す魔法である。
さしずめ、魔力運用の司令塔と言った所であるか。知恵を貸しても力は貸さない。魔法自体は何かを与えることはない」
「なら、あの結界は違うって言うのかよ」
「いや、何も変わらんのである。魔法自体は」
わざわざ強調した後半部分が耳につく。
「魔法以外に何か違うとでも?」
その言葉に深く頷く。
「如月の大結界が管理しているのは土地の魔力ではない。
大結界の奥底から湧き出る無尽蔵の魔力を管理・運用を行っているのだ」
「無尽蔵だって?」
聞き捨てならないとばかりについ反射的に聞き返す。
しかし、その反応はさほど不思議なものではない。世界有数の霊穴ですらそんなことは起こりえないのだから。
話の流れから鑑みれば、その原因となるものはーー。
「御察しの通り、である。その恩恵は七大神秘により
思わず息を呑んでいた。
自分が軽い気持ちで選んだ場所がとんでもない鬼門であったことを遅まきながら知ることになった。
「どおりで魔導機関から人材が派遣されたわけだよ。あんたが来なかったら確かにこの町の結界は壊れてたかもしれねぇな」
軽い気持ちで藪をつついたら蛇が出てきた、と言う心持ちだった。
「……七大神秘の介入は本来ならばマダム=シークラにしか許されていない事象である。藤吉の後継者である藤吉泰生は例外的にその管理を許されている一人に過ぎぬのである」
「ま、確かにそれは俺には荷が勝ちすぎる」
泰生の方が適しているなどと認めることはないが、それでも自分なら相応しいとも思い上がってはいない。
そして、古川はこの街の核心でありながら、名前も正体も明らかになっていない物について尋ねる。
「で、あの中にある七大神秘の正体ってのは何さ? 触れ回ったりしたいから教えてはくれねぇのか?」
※
寝間着を脱ぎ、セーラー服に身を包んだトコシエは儀式に取りかかる。
星と魔力が生み出す光に照らされた髪は輝き、幻想的な印象を与える。
「まったく……」
はっきりいえば、泰生との電話の時に切り捨てられるつもりでいた。
ここから先は魔法世界の全てを敵に回すことになるであろうことは容易に想像できる。
そのとき、あのお人好しな少年はきっとトコシエについていこうとするかもしれない。
しだと言うのにあの男、あんなタイミングで「声が綺麗」などと言ってきたときに、考えてきた計画は全ておじゃんになった。
あのせいで、心の動きを封じられ、トコシエは何も言うことはできなくなるのだった。
「早く終わらせなくては……」
世界に残された七つある不思議の一つ。
それは
それがこの土地の奥に眠っていると言う。
泰生が動き出したとなると、クライクハントが何も気づかないことなどあり得ない。
泰生がこの藤吉邸に帰ってくるのに、おそらく一〇分から一五分と言ったところか。
クライクハントに至っては、いつ、どんな魔法を使ってやってくるかも未知数と、トコシエからすればあまり悠長に構えてはいられない。
しかし、急いては事を仕損じる。
管理者の証である指輪を所持していたとしても、かの
可能な限り迅速かつ丁寧に。
藤吉邸の庭の全体を使って大きく描かれた円、その周りに等間隔に書かれた文字のように見える記号、そこから数歩離れた場所で焚かれたハーブ。
それは一種の儀式である。
「
それらの流れは、古川がしていたものと同じものであるが、それぞれの技術の安定性は比べ物にならないほどにトコシエの技術が上である。
無論、トコシエには完全なる遮断などできないがもとよりその必要はない。
彼女が今から行う儀式とは、この土地の奥に隠された第六神秘を覗くこと。
そのために空間の一部を歪める魔法である。
故に必要な「陣」の強度とは、せいぜい「常識と非常識が混ざらない程度」で問題ないのである。
焚かれた魔草の勢いが少々強くなる。
その炎に反応するように徐々に円の縁から徐々に黒く染まっていく。
その色は全てを塗り潰す漆黒。
ここにあったはずのものを全て否定するかのようだった。
「そろそろですね」
そうして全てを真っ黒に塗った闇は、まるで泥のように重く纏わり付くようなもの。
その泥を押しのけるようにして浮かび上がってきたのはビー玉のように小さな正二十面体の透明な鉱物である。
透き通ったその石は輝きは、泥にも侵されない強さと、その小ささゆえの儚さが備わっている。
「これが……?」
その名前は、調べはついている。
如月の大結界の奥に眠る第六神秘。その名はーー、
「それが、七大神秘ってヤツなのか?」
出入り口に背を向けている少女はその姿を捉えることはない。
しかし、それが誰であるかなど、わざわざ問うまでもない。
「やっぱり来ましたか」
とそう言ってからの方を向く。
いや、嘘だ。
本当は「どうして来た?」と言ってやるつもりだったのに。
トコシエが振り返ると、泰生のひどく困惑した表情をしていた
「トコシエ、これは何?」
泰生はおそらく様々なことを考えていたはずだろうが、これは想像していなかったはず。
普段歩き慣れた家の敷地内にこんな不気味な空間が隠されていたなど寝耳に水だろう。
「あれが見えますか?」
そう言って陣の中央に佇む小さな鉱物を指を指す。
つられるように泰生も見る。
「あれって……宝石?」
「それは
「星の雫?」
大袈裟な名前である、とトコシエも思う。
おそらくは泰生も同じように感じているのだろうことは、表情を見ればわかる。
「甚大な魔力を秘め、本来ならば魔法使いなら行使不可能な規模の魔法を発動させることも可能です」
「……外付けのバッテリーみたいなモンかな?」
その表現はチープすぎて、素直に頷けないが、概ね間違いではない。
ここで泰生ではなく、自分の説明が不味かったのだと改めて思い直す。
「中世の錬金術師が目指した到達点である『賢者の石』は、これを目標にして造られたものだと聞いています」
賢者の石、その詳細については以前話したはずだ。
「それってこの前、さっきの戦いで使った……」
紅か透き通った宝石のような石を思い出したのだろう。
しかし、そこを指摘すると、どこがバツが悪そうに目を逸らしてしまう。
「あれはそんな大層なものではありません。
『賢者の石』と呼ぶにはお粗末で、『星の雫』とは比べるのも畏れ多い」
その言葉に泰生が眉をひそめた。それはいくらなんでも謙遜しすぎだろう、とか考えているのは透けて見えたので、やんわりと、しかし咎めるように訂正した。
「いいえ。最高傑作と呼ばれた『石』でさえ、『星の雫』の出力の足元にすら及ばなかったと記録には残されています」
言葉で言われても分からないだろう、と思う。
その不思議の価値は魔法使いにしか正確には分からない。
さらに正確に言えば、魔法に長く親しんだトコシエでも、その規模の想像は難しい。
さて、どう説明すべきか悩む。
そして、口にした答えと言えば、
「端的に言えば使い方次第ではこの惑星を終わらせることも可能になります」
そんな、言い過ぎとも思えるような極端な言葉だった。
「幾ら何でもそれは……」
素人である自分が頭ごなしにも否定できないが、自分の家の中に核兵器が眠っていたと言われて素直に信じたくない、とでも思っているのだろうか。
「やっぱり、最初からこの『星の雫』が欲しかったの?」
「えぇ」
トコシエはその感情を大きく揺さぶることない。
「なら、トコシエは何をしたかったの?」
その言葉は問い詰めるような言い方だったように思える。
「星を滅ぼせる魔力で何を叶えようとしたのさ?」
言い逃れは許さない、と言いたげな表情だった。
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