第22話

「こっから先は本気だから」


 それは素人の口から出たとも思えないくらいに強気のセリフで、笑えない冗談だった。


「本気だぁ?」

 それ故に、古川も冗談やハッタリの類いのものであると疑わなかったし、その判断はほぼ正解であったはずだった。


「だったら、見せてもらおうじゃあねぇか!

 本気ってやつをよぉおおぉ!!」


 そう叫ぶように言い放つと同時に、泰生も動き出した。

 動く右手でヒップバックから取り出したのは紅い宝石のような透明な結晶。

 まるで宝石のように見える塊を、ポイと地面に転がすように軽く投げる。

 硬いコンクリートの床を軽い音を立てながら二度、三度と跳ねだ直後のこと。


火星マーズ


 ボソリと呟いた言葉を引き金に、紅い結晶は炸裂し、強大な紅蓮が唸りを上げる。


 強大な紅蓮が屋上を埋めつくさんとばかりに追い込んだとき、古川の行動は迅速だった。

 炎を避けるように大きく後方には跳ねた後に、短刀でぐるりと自分を囲う円を描いて「陣」を発動させる。

 その所作にかかった時間は僅かに一秒。

 ただそれだけで、「陣」の内外はほぼ遮断され、迸らせた紅蓮の脅威から完全に隔離した。


 この陣を破るならば、地面を直接抉るような攻撃でなければならない。

 威力は問題ではない。

 問題は、

(馬鹿な。これほどの魔法を習得するなんて)

 泰生は魔法を知らない魔法使いだったはずなのに。


「信じられないものでも見たのかな?」

 その口調は、まるで狙い通りと言いたげで、小癪な物言いだった。

「こいつはちょっと特別製でね『賢者の小石』っていうらしいんだ。

 僕みたいに魔力がうまく使えなくても『不思議』が起こせるらしい」

 そう言って、もう一つつまみ出して、古川に見せつける。


「詳しい原理なんて聞かないでよ。コイツはトコシエから使い方を聞いただけだし」

「そんなまやかしの力で俺に勝つっていうのか?」

「まやかしだって?」

 その言葉に信じられないと言った表情を見せる。

「それを使うのが魔法使いの専売特許じゃなかったっけ?」

 そう勝ち誇ったように言う泰生の表情は、明らかに古川を侮辱しているようにしか見えなかった。


 挑発の混じった台詞に頭に血が上りそうになるのを押さえ込んだ。

 もしここで集中を欠けば相手の思う壺であろうことを思い出す。

(逆に言えば、冷静でさえいれば、現状において負けることはねぇ。

 魔法を使えるようになった?

 それでも、たかが陣すらも突破できない程度の威力だろうが。)


 それに、つまりは魔法も借り物で限界がある。

 つまりは弾数制限があると言うこと。

 持久戦に持ち込めば圧倒的に有利なのだから。


 ※


(とか、考えてるんだろうなぁーー)


 古川が考えていた程度のことは、完全に想定済み。

 ここで手を緩めずに攻めに転じてくれていれば、想定よりも楽に終わらせられたと思っていたが、どうもそう簡単にはいかないようだ。


 しかも、想定通りとはいえ古川の思考通り、未だ古川が有利であることは間違いない。

 だが、泰生はといえば、現在の状況に対して、ただ安堵していた。

 なぜならーー


(どうやら、


 実は、泰生は未だ魔法使いではあっても、魔法は使えないままなのである。


 もっと詳しくいえば、「賢者の小石」を使用した魔法の発現は、原材料けつえきの持ち主であるトコシエにしか使用できず、泰生はどうやっても使えないはずなのである。


 その不思議タネはといえば……、


 ※


「全く、人使いが荒いものですよ」


 はっきり、悪態をつきながらも当初の作戦通りに行動しているトコシエは意外と律儀である。


『トコシエには悪いけど、「賢者の小石」だっけ。アレを借りたい』

 それは「ちょっと百円貸して」とでも言っているように気軽に、あっさりと頼んだ。

『あれは一つ作るのに一ヶ月以上かかるのですよ。そうおいそれと差し出せません。

 それに、アレは私の血を加工して作ったものです。貴方には扱いきれません』

『だから、魔法の発動までをトコシエに頼みたいんだ』

 と彼女の理解を超えたことを言い出した。

 そこで、らしくなく何を話せばいいのか分からなくなり、数秒後に言葉を選ぶようにして口を開く。

『ーーどこから指摘していいかも分からなくなりましたが……。

 まず、何よりどのようにして、この魔道具ねんりょうを使うか理解していますか?』

 その質問に、「えーと」と思い返した言葉をなぞるように回答を始めた。

『まず、「発」を使ってから「縁」で魔力を繋ぐんだったよね。それで魔法を発動させる……』

『ーーそこまでは理解できているようですね』

 それすらも理解できず適当な思いつきを言っている訳ではないことは確認できた。

『なら、実際には二人がかりで古川道治と決闘を挑むとでも言うつもりですか?』

『いや、そんなことするわけないよ』

 と、そこでようやく齟齬がある地点が理解できたが、その原因までは未だに理解できない。


 トコシエが魔法を使うのに、二人がかりではないとは、これ如何に?


 しかし、それは当然の話だ。

 思い返せば分かることだが、そもそもの大前提であり、その作戦の骨子の部分。

 そもそもは「油断した古川の隙を見て叩く」ことであったはず。

 二人がかりなど、そもそもの前提を否定している。

 泰生もそう考えてーー、

『トコシエは体調が良くないんだから、無理しちゃダメだよ』

『……』

 想像していた答えと違い、少しバツが悪くなる。誤魔化すようにして咳払いをすると

『私が魔法を発動するのに、二人がかりではない、と言う意味がよくわかりませんが』

 そこから先は少し口にするのを躊躇ったようだった。

 後から考えれば、流石に余りに堂々と語るのは憚られるようだった。

『なんていうか……、例えばだけど遠隔操作で魔法を使うことはできるのかな?』

 そこまでして言わんとしていることをようやく理解した。

『なるほど。言いたいことは理解しましたが、それは難しいですね。

 基本的に術者が知覚できる範囲でしか、「縁」の接続は不可能ですから』

 その吐き出す言葉には呆れが混じっていた。

 泰生はといえば、トコシエのそんな言葉の調子を読み取ったのかそうでないのか。「そっか」と言い、腕を組んで考え込む。


 そんな彼を見て思案した。

 彼は正々堂々とは程遠い、相手の裏をかく手段に躊躇いをもっていない。

 ある種、開き直りに近いのかもしれないが、この数日間を過ごし中で彼にこのような一面があるなどとは思っていなかった。

 魔法使いの後継者に相応しくない立ち振る舞いにに似つかわしくない魔力と能力。


 だと言うのに、ここまで話した


 その手管はまるでーー、


『なら、こんな方法はどうだい?』


 まるで魔法使いのようではないか。

 そう、トコシエは思わざるを得なかった。

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