第23話

 一度の不思議で泰生は止まらない。


 再び手にした「賢者の小石」を投げつけ、「水星マーキュリー」と言霊を放つことで不思議を巻き起こした。


 瞬間的に小石は砕け、まるで卵が割れるかのように中身まほうが弾ける。


 その変化は激しく劇的。

 砕けた小石を起点として、封じられた蛇が逃げ出すように四方八方に水流がのたうちながら吹き出す。


 その水流は蛇のように形を為し、一つ一つは地面や塀を抉りながら動き続ける。

 本当に生きているかのような不規則かつ無秩序な動きを見せる水の塊は、常人の運動能力では回避できるはずもない。

 かといって、その水の圧力に生身で直接触れればどうなるかなどと語るまでもない。


 対して古川は、慌てることなく短刀を逆手に握り、踊るように自分を中心に円を描き、縁をを結ぶ。

「陣」

 その一言を付け加えたのは「強く」するためか。

 魔法の堅さや、陣の硬さもさることながら、自身の持つイメージを固くするためだった。


 そのせいか、張られた陣は辺りを飛び交う水の蛇を寄せ付けない。

 それらが彼の「陣」に触れれば、その圧力を物ともせずに水を弾く。


 一〇秒以上にもわたる瀑布にも匹敵する水流は完全に防ぎきった。

(やっぱ、これでもダメ……と)

 恐るべき強度。トコシエから預かった「賢者の小石」の全てを一度にぶつけても破れる気がしない。

 だが、強度よりも大きな問題はその持続時間。

 もし、連続稼働させることができる時間が数分程度ならば、適当に動き回って時間を稼げば隙ができる。

(だが、もしも何時間も同じ状態が維持できるとしたら……)

 こちらの攻撃は相手に届かない。

 この戦いにおける決定的な手段が無いことを意味する。


 が、救いはある。

 強力に遮断されていると言うことは、古川の攻撃も泰生には届かないと言うことである。

 必ず、攻撃をするために「陣」を解く必要がある。


「陣を解いた隙に勝機があるーーって思ったんじゃねぇのか?」


 余裕綽々に語られるその言葉にドキリとする。

 まるでーーではない。完全に心を読まれた。


「簡単に教えとくと、俺の『陣」はあと十二時間は軽く持つ。

 だが、そんなことは関係ない。この結界に篭ったまま攻撃できる手段がありゃいいわけだ」


 足元から魔力が起こす儚くて淡い光が漏れる。

 足元にあるのは小さな円。

 拳大の円が五つほど描かれていた。


(こんなものいつの間に……!)


 思えば、「火星」の魔法を放った時に後方に大きく跳ねていた。

 ともすれば、その跳躍はこれの前に誘き寄せるために……。



 口にしたのは、陣を張るためのものではなく。

「疵の呪剣」を発動させるキーワード。

 その不可解さを理解する前に、既に始まってしまった。


 立て続けに起こる衝撃が泰生の身体に叩きつけられた。


 ※


 奥の手、と言うものを最後まで取っておくならば、古川道治の奥の手はまさしくこの魔法であった。


 古川道治の祖母から受け継がれた「疵の呪剣」。

 それは、つけた疵を拡大する魔法。

 硬いものを抉る、斬るときに強大な効果を発揮する魔法。

 反面、人につけた疵は拡大できないと言う欠点も持ち合わせているが、古川は専ら切りつけるよりも陣を描くのとために重宝している。


 そう「陣」を描く時である。


 さて、ならば疵の形が直線でない時はどうなるのか。

 より具体的には、起点と終点が繋がった正円の疵を拡大すればどうなるのだろうか?

 疵の起点と終点が繋がっている状態。


 その状態で疵を伸ばせば、拡大することにより、それぞれの端が互いに押し合う格好となる。

 そのまま途切れることなく力が流れ続ければ、力の逃げ場を失った「拡大力」は、そのまま限界を超えれば、溜まった力が一気に放出される。


 彼自身が「疵の暴走」と名付けたそのわざは、その際に生まれる力を攻撃に転用し、相手にダメージを与える。

 真っ当な使用方法ではなく、いわゆる「裏技」だった。


 道具が放つエネルギーを、製作者が意図した「本来の目的」以外の方法に使った方法。

 例えるなら、テロリストなどがありふれた日用品を元に自作の兵器を作るのと同じようなものである。


 使った人間だからわかる、製作者すらも意図しなかった使用方法。

 しかし、一見便利であるものの、制作者が予期しないと言うことは、使用によってなんらかの歪みが生じるリスクは否めないし、「暴走」という名が示す通り、危険リスクを抱えたものだった。

 それ故に、古川も滅多なことではこの手段は用いない。


 それを使うと言うことはーー、

「認めてやるよ。お前はサッサとなんとかしないとマズイってことをな」

 そのリスクを負ってでも、対処しなくてはいけない事案となったということであった。


 古川からすれば完全に会心の一撃ーーいや、連撃か。


 ただ、気になるのは。

 衝撃を身体に叩きつけられたはずの泰生がニヤリと笑っていることだった。


 ※


 はっきり言えば、

 古川が本気になった地点で、作戦はほぼ失敗のはずだった。


 古川の危機感を煽る前に倒せなかったことは失敗だったが、自分の力では倒せないなどとは最初から分かっていたことだった。

 故にここまでの流れは想定していた中ではそこまで悪いものではない。


 その証拠に「疵の暴走」の直撃を受けて、吹き飛ばされ、身体が傷つきながらも彼の表情から絶望の色が微塵もない。


(そう悪いことばかりではないもんね)

 作戦を始める前からチラついていた不確定要素である、あの爆発に近い攻撃のタネの一部を知ることができた。


 もちろん、素人である泰生に魔法の詳細までは掴めないが、疵を伸ばす魔法の応用であることと、正円の「陣」に気をつけなければならないことは突き止められた。


 ことを古川が分かっていないなら問題はない。


 残る問題は古川の敷く強力な「陣」をどのようにして突破するか。


 トコシエから預かった「賢者の小石」は残り三個。

『貴方に渡せるのはこれだけです』

 最初に渡されたのは五つ。

 その五つを渡されたときに言われたことは、激励などでは断じてない。

『タイセイ。もしも全て使い切ったら終わりだと思ってください』

 少々分かりにくい言い回しであったが、それは忠告である、と泰生には感じられた。

『いいですか? 本当に全て無くなったときはもう手段やることが無い、ということなのです』

 彼女の危惧は正しい。

 はっきりと言えば、この段階で勝機など無いに等しい。

『トコシエ、大丈夫さ。全て無くなったときはきっともう全部終わってるよ。

 未完作業やることが無い、ってね』


 どこまで泰生が本気で話しているのか、トコシエも量りかねた様子で曖昧な表情を浮かべていた。

 正直言って、それは泰生も同様だった。

 自分がどこまで本気に、どこから冗談を話しているのか、まるで現実感のない言葉だと感じていた。




 

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