三章 知らないなりのやり方

第19話

「意外と舐めた真似をしてきやがるな」


 クライクハントが通信魔法を用いてまでして切り出してきたのは、この件に決着をつけるという内容だった。

 そこには古川も不満はない。むしろ望むところで、性格的に受けに回るのはまどろっこしくて苦手だった。

 だが、その決着方法はひどく気に入らなかった。


『現当主、藤吉泰生との決闘。その結果で全て決着をつけよう、とのことである』


 つまりは一対一。

 相手があの素人であることを考えれば圧倒的に有利な条件。

 だが、その条件に感じたのは歓喜ではなく、寧ろ怒り。

 何しろ、相手は自分のことを「決闘でもなんとでもなる相手」と評価していると言うことであるのだから。


 が、古川の冷静な部分が囁く、

 藤吉泰生という魔法使いは何かを企んでいるのではないかーーと。


 舌打ち。

 それは敵に対するものではなく、弱気な考えが浮かんだ自分に対してだ。


「知ったこっちやねぇ」

 策を弄して罠を張るのが敵の手だと言うならば、正面から破ればいいだけのこと。

 弱者が己の未熟を何かで埋めると言うのならば、それを認めるのも強者の度量というものだ。


 予め決められたのは場所と時間。


『本日午後一〇時。県立如月高校の本館屋上にて二人でケリをつけましょう、とのことであるぞ』


 ※


「何を考えているのですか?」


 目を覚まして開口一番、口から漏れ出た言葉。それにしては、その言葉はあまりにもはっきりしていて、あまりに辛辣であった。

 泰生としては頭を掻くくらいしか、できることはない。


「私が寝てる間にそのようなことを勝手に決めたのですか?」

 彼女の静かな怒りはなおも、燻り続ける残り火のように燃えていた。


 その質問にどう返せばいいか戸惑って、

「いや、早い方がいいかなと思ってさ」

 と、あまり頭の良くない答えを口にした。

「ーーッ」

 不機嫌さが冗談じゃないと分かるくらいに吹き上がるのを見て、「ちょ、ちょっと待って」と遅まきながらに訂正の機会を嘆願した。

 言葉を発しようと開きかけた口が止まる。それが許可であると受け取って、泰生も口を開く。

 ーーあと一瞬でも言葉が出るのが遅れればどんな言葉がその端正な唇から投げつけられていたかは想像するだけでも戦慄するが。


「今の状況はとんでもなくヤバイ状況。

 当主ぼくの未熟、トコシエの不調、中立を崩さない強者に強力な敵対者。

 しかも、どうしても事態の好転は望めない。」

「ッだったら、そういったことは、私の魔力が全開なったあとにすば良いではないですか!」

 キツイ言い方に思わず首をすくめる。

「甘い見立てを立てているのかも知れませんが、魔法使いとしての技量は間違いなく貴方が格下です。

 もし、一対一で向き合えば勝ち目はないんです」

「まぁ、そうだよね」

 泰生はそこは否定しない。

 むしろ何処か他人事だった。

 その態度に再び沸騰しそうになる前に続ける。

「トコシエが治療中ってわかりきってるからこそ、こっちの誘いに乗ってくる。

 むしろ、トコシエが居ない今だからこそ、ってアイツは思っていると思う」

 今の間であれば多少はこちらの有利な条件をつけても相手はこちらの提案に乗ってくる。

 無論、相手が冷静であればこの思惑は失敗だ。

 だが、この魔法の素人と一騎打ちをして、慢心をしないように注意していたとしても、油断をせずに構えていられる者などいるのだろうか?


 泰生は良くも悪くもわきまえている。

 自分のことを決して高く評価しない。

 自分の限界を超えようなどとは軽々しく考えはしない。

 時にそれが欠点になることもあるだろう。

 だか、彼は劣った自分が優れた相手に対してどう立ち回れば良いのかを知っていた。

「能力で劣るなら戦術を、ってね」


 そこまでの流れから、彼が破れかぶれの特攻に出たわけではないと理解すると、息を大きく吐いて「で、具体的な策はあるのですか?」と尋ねる。

 正直、未だに彼女の納得できる言葉でないのだろう。

 だが、その言葉を聞いて、取り敢えずは意見を聞く気になったことに安堵しつつ、用意していた作戦について語り始めた。


 彼の話した策は、比較的単純で、結局は行き当たりばったりなものだと、彼自身が自覚している。

「なんとまぁーー」

「本当に貴君が考えついたことなのかね」

 しかし、説明が終わって漏れ出た反応からして、自分が話したことは、どうも想定していたよりも型破りなことだったことに気づかされた。

 その反応は、驚きか呆れか、或いはその両方なのか。


「モチロン理想は魔法を使って一騎打ちーーなんて出来ればいいんだけど。残念ながら現実的じゃない」

 その言葉はどこか開き直ったようで、堂々としている。


「公平かつ不公平だ決闘で誤魔化すしかないじゃないか」

 その言葉に二人の魔法使いが反応した。

 片方は息を呑み、もう片方は「ほぅ」と声を漏らす。

 その言葉、その作戦の内容は、魔法使いのそれに近い。

 当然、彼のあずかり知らぬところでの話であるが、余計に魔女が見初めた資質の一端ではないか、と魔法使い二人は考えずにはいられない。

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