第18話
古川道治の目的は非常にシンプルである。
「自分の強さを証明する」
泰生と対峙したときに放ったその言葉に嘘も偽りでもない。しかし、それだと少し言葉が足りない。
彼の持つ拘りを知るためには、少しばかり時間を遡る必要がある。
※
ーー古川が魔法というものに触れた始めの機会は、もう一五年も前のこと。
まだほんの四、五歳の頃。物心がつくかつかないかの時だった。
その頃、魔法使いは彼にとって童話や漫画の住人で、全員が悪者とは言わないまでも、悪いことをするお婆さんが多かったように記憶している。
良くも悪くも平凡な自分の家とは無縁で、遠い世界のように感じていたことを覚えている。
その日、両親の仕事の都合で、一週間ほど祖母の家に預けられたことがある。それが嫌で最初は駄々を捏ねたのは覚えている。
それまでも両親に連れられて遊びに行くことくらいはあったが、一日だって両親と離れたことはなかった子供には一週間は長すぎた。
「道治。お前さんが食べたいもの。なんでも用意してあげるよ」
祖母ながらに道治を元気付けようとしての言葉。
そんなものに騙されるか、とばかりに泣いて、両親と祖母をもっと困らせた。
もっとも、数時間後には出されたグラタンを口にして機嫌をよくしたのだから、非常に現金なものである。
ともかく、魔法というものに初めて触れたのは、グラタンを食べてから、たった三日後のことである。
※
その日から、両親が帰ってくるまでの時間を祖母の家で過ごす。
今更ながらに説明すると、祖母の家があるのは都会と言うには大袈裟だが、田舎と言うには人や物が多すぎる、そんな中途半端な街だ。
ビルやマンションが並ぶ中で祖母が住んでいるのは、少々古めかしい一戸建て。
だが、離れまであるような立派な家だった。
建物には小さいながらも庭があり、見知らぬ土地で遊び相手がいない古川は、そこで過ごすことが多かった。
が、その日は少し様子が違った。
「どうしたんだい?」
そう祖母が声をかけるくらいには。
「アリを見てる」
祖母がつられるように視線を下ろすと、古川が言う通りにアリが列を作っていた。
「それは面白いのかい?」
「つまらない」
突き放すような言葉に祖母は困った顔をしていたのだと思う。
でも、「そうかい」と何でもないように古川の傍にいた。寄り添うように。
今考えれば、それが祖母の優しさだったのかもしれない、と古川は思う。
※
ある夏の日の夜中。
祖母の家に泊まっていた彼は、知り合いを数人離れに集めて何かをしていた。
「いいかい? しばらくはこの離れに近づいちゃいけないよ」
その集会の直前に言われた、ありがちな脅し文句に、ひるむどころか、むしろ好奇心が掻き立てられた古川はこっそりと障子の隙間から部屋で何をしているのかを覗いたのだ。
離れにいたのは、五人と大した人数ではなかったが、八畳程度の離れではそれなりに窮屈そうであった。
集まった彼らは年齢も性別もバラバラで、どう言った集まりなのか幼い古川にはサッパリ分からなかった。
ただ、そこで起こっていたのは、彼の短い人生の中でも、異常と言える不思議だった。
紙の上に円を描き、その紙を両手で触れると淡く光った。
その光は青白く、仄か。
しかし、その部屋が薄暗かったせいか、未知のものであったがためか、それでもその淡い光は何よりも輝いて見えた。
祖母がそのような集まりをしたのは、古川が滞在した期間の中ではその一度きりであったが、あの幻想的な光を忘れることはできなかった。
※
「ん?」
その幻想的な光が自分のズボンの右ポケットから漏れていた。
心当たりなどあるはずもない。
不思議に思って探って見れば、小さく折り畳んだ紙片が一枚入り込んでいた。
畳まれた紙片を広げると、そこには仄かに光る正体不明の記号がいくつか書かれている。
「聞こえているのであるか?」
僅かに紙が震える。その振動が伝播して誰かの声を伝えていた。
方式は古川にも読み解けないが、それよりももっと大切なことがあった。
「その声と口調はさっきの……」
「クライクハント、である」
古川の目論見をズタズタにした男。
それだけで警戒するに足る理由はある。
いつ仕込まれたか分からなかったが、あの男ならば気づかれないようにポケットに忍ばせるくらいは出来そうだ。
「この紙はーー」
「
現代の魔法使いは魔道具を持つ術を失ったが、一時的であればこの程度の物なら作れるのだ」
「失った?」
不意を突かれたのは良くなかった。
思わず言葉が漏れてしまった。
「やはり、貴様は
揶揄われていらように感じて古川の癪に触る。
だが、それを否定する言葉はない。
事実、彼には魔道具モドキであるその紙片に書かれた"何か“を読み解くどころか、記号の形を認識することができずにいる。
「まぁ、難しい話は置いておこう」
「何?」
「こちらの言いたいことは、一つなのだ」
淡々と告げるその言葉。
「ーー決着をつけよう、と言う男がいるのだよ」
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