第17話

 たった一晩に色々あって。

 夜の学校を訪れ、魔法使いに襲撃を受け、見知らぬ魔法使いと出会い、


 そしてトコシエが倒れた。


 学校から藤吉邸までの距離を、泰生が負ぶって運んだ。

 一見、年端もいかないように見えるトコシエでも、体に力の入らない状態で運ぶことは、彼の想像以上に重たく、難しい。


「トコシエは一体どうしたんですか?」


 頼んでもいないのについてきたクライクハントに当たるように尋ねる。

 いや、事実それは八つ当たりでしかない。

 彼はトコシエが倒れたことに無関係であるのだから。

 むしろ、彼の登場によって危機を救われ、トコシエの命が護られたのだから、本来は感謝しなければならなかったのだ。


 しかし、そんな泰生の無礼に気を悪くした様子もなく、和室に敷かれた布団で眠っているトコシエの手にとって確かめるように触る。

 彼女の自室ではない。

 一応、泰生が家主とはいえ、女性の私室に無断で入るのは躊躇われたためだ。


「私の見立てでは魔法の使いすぎによる魔力枯渇である」

 たった数分の作業のあいだに、そう結論付けた。

「どういうこと?」

「さほど難しいとこではない。貴君は魔力というものは、生命力と類似していると聞いたことはあるか?」

 その質問に頷いた。

 以前、たしかトコシエがそう言っていたことを覚えている。

「この少女の症状もそれに等しい。

 魔力というエネルギーを何らかの魔法の行使によって喪ったことにより、意識の混濁な冷汗などの症状が現れているのである」

 坦々と、的確に説明するその姿を見て、ポツリと言った。

「……なんか、医者みたいですね」

 その思わず口をついた言葉に、眉がピクリと動く。

 大きく咳払いをしたかと思えば、「ところでーー」と話を切り出した。

「私は歴とした医師である」

 と、険が混じったように感じなくもないそう告げた。


「あ、お医者さんでしたか……」

 思わず気まずい声が出たがすでに遅い。

 表情も変わらない、険が混じったように感じたのも一瞬の話だが、クライクハントとと言う男は間違いなく機嫌を悪くしたと確信した。

「気にせずとも良い。私は確かに祖国ドイツで医師の資格を持ってはいるが、私の本質は魔法使いにあるのだ。

 貴君が言ったことは私は気にしていない」

 さっき八つ当たりをした時よりもみに見えて不機嫌であったように感じるが、まさか口にはできない。「は、はぁ」と頷くのみにとどめておいた。

「もっとも、我が家は代々魔法使いの家系ではあるが、同時に医師の家系でもある。

 つまり、決して医師であることを軽んじているわけではない。

 まぁ、貴君に言われたことは全く気にしていないが」

 最後に付け足される「全く気にしていない」に、とってつけた感を感じずにはいられない。

「はぁ」

「私の魔法も医術を基にして組み立てているのである。回復、蘇生のみならず、それらを応用した攻撃の手段もーー」

「……あの、何かごめんなさい」

 ついに居た堪れずに、謝罪の言葉を述べると、クライクハントも我に返ったように言葉を止め、「分かればいいのである」とそれ以上の追求を止めた。


「トコシエは大丈夫なんですか?」

「基本的に身体を酷使し続けたことによる消耗である。一晩でも身体を休めておけば、立って歩けるようになるであろう。

 魔法の行使ともなれば、三日はかかると思っておいた方が良いが……」

 医師の見立てが間違いなければ、それまではトコシエに無理はさせられない。

 もし、その間に襲ってくれば……、

「力を借りても構いませんか?」

「無論である。先ほども言ったように、あの男にこの大結界を委ねるのは危険であると判断したのだ。

 こちらから手出しはしない。だが、その要因になる者が襲ってくるならば排除しよう」

 その言葉に少し安堵する。しかし、「だが」とその感情に割り込むように言葉を挟む。

「貴君はそれで良いのか?」

 感情に割り込んだためか、泰生の心の奥に言葉が刺さ立たように感じる。

 彼が「何が?」などと今更に聞く必要はない。

 その直後に、クライクハントは丁寧に言葉にしてくれたからだ。


「私の手に全て委ねてそれで良いのかね?」


「ーー」

 それは泰生だって分かっている。

 実際につい先ほどまで方針はその通りだったのだ。

 魔法のことなどよくわからないから専門家に任せよう。


 結果、泰生どころかトコシエの命すらも危険に晒した。

 なおも同じ道を辿ろう、とでも言うのか?


 今度は本当に誰か死ぬかもしれないのに。


「……あなたの力を借りなければ、きっとトコシエは死んでしまう。仕方ないことなんです」

 しかし、以外にどう言えば良いのか、彼には持ち合わせた答えは無かった。

「ーーでも、僕だって指をくわえて見ているだけじゃない」

 だが、今回はそれだけで終わらせない。崩折れたトコシエを見て、無関係を決め込むような愚かな真似はしないと決めた。

「全部をあなたに委ねて、僕は何もしないなんてもうしないと誓いました。

 お願いです。そのために必要なことを教えてくれませんか?」


 全て一人でできるなどと言わない。

 むしろ、自分ではトコシエやクライクハントの一割だって役に立たない。それは分かっている。


 だからなのだろう。

 クライクハントは何を押すように泰生に尋ねたのだった。

「一応、理由を訊いても良いのであるか?」

「僕が自分からそんなことを言い出した理由ですか?」

 その質問にクライクハントは頷いた。

「今まで、魔法の存在すらも隠され、伝えてもらえなかった。

 そんな貴君が、何故自ら進んで魔法の世界に足を踏み入れようとするのかね?」


 確かにクライクハントが言ったことは図星だ。

 つい先月まで自分がこんなことに関わるなんて夢にも思わなかったし、今でもどこか夢心地だ。

 それに加えて古川は一切も躊躇わずにトコシエを刺した。クライクハントが来なければ自分も刺されていたことを考えればはっきりと言えば怖い。

でもーー、


「色々あります。婆ちゃんをバカにされたことか、アイツに良いようにされてるっていう今の状況とか」


 そして、何よりーー、

「トコシエを刺したんです。それを許すわけにはいきません」


「ーー」

「アイツに勝たなきゃいけないんです。僕の手で」

 それが、この家に引き取られた責任なのだと、泰生は理解した。少しばかり遅かったが、それでも取り返せない時間ではないはずだ。


 その決意を耳にして、「そうかーー」と口にする。数秒の逡巡の後、再びクライクハントは口を開いた。


「なら、貴君に何ができると言うのだね?」


 その言葉を待っていたかのように不敵にニヤリと笑い、言い放った。

「僕はもとより魔法なんて使えない。なら、使わずに勝つ方法を考えればいいでしょう」

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