第11話
県立如月高等学校。
各学年九クラスからなる全校生徒がほぼ一〇〇〇人程度の一般的な高校。
数年前に創立三〇周年を迎えた比較的新しい学校である。
広さも他の高等学校とさほど変わりは無い。部活動はそこそこ盛んで、三年前は水泳部が、昨年はサッカー部がそれぞれ全国大会へと駒を進めている。
立地条件だってそう悪いものではなく、私鉄「如月駅」から徒歩五分と非常に好立地な場所にある。
ーーと、泰生に聞かされた情報を頭の中で整理しながらフェンスを乗り越えていた。
「ホントにこんな所に結界の基点なんてあるの?」
とボヤいたのは場所を解析したはずの泰生であった。
深夜の校庭を歩く彼の姿はどこかおっかなびっくりで、自然と背中も丸くなっていて、はっきり言って情けない姿だった。
「だってしょうがないじゃん。僕、一応ここの生徒なんだよ。バレたら停学になるかもなんだから」
なら、付いて来なければいいのに。
それは心の中だけにとどまってはいない。実際、出発の前に口にした。
「でも、トコシエはウチの学校のこと知らないでしょ?」
「そうですが、そう言ったものを探索する魔法もありますし……」
そう重ねるも泰生は食い下がる。
「それでも魔法には制限があるんでしょ? なら魔力ってのを節約するなら、特定はできなくともある程度絞り込むために僕の『土地勘』はあったほうがいいんじゃない」
それは確かに泰生の言った通りであった。
もっともそれを素直に認めるのはシャクだったのでーー、
「わかりました。ですが、敵がいないとも限りません。注意して下さい」
「わ、わかった」
ちゃっかりとビビらせるのも忘れなかった」
「そう言えば今更だけどさ」
「?」
「基点の防衛って何するの?」
「方法は大きく二つあります。
一つは基点の周りに、罠や護衛を設置して基点を物理的に守る方法」
その方法はひどく単純だが、古くから使われている効果的な手法である。
「ただし、守るべき基点の位置が割り出されやすくなったり、関係のない一般人を傷つけたりするリスクがあります。
今回のような作戦には正直なところ向きません」
最も、自分の拠点や秘匿しきれないものを守る際には有効な作戦ではあるし、その弱点を活かして陽動すると言う手法もある。
「今の言い方だと、今回はそのもう一つの方法を取るってこと?」
その質問にトコシエは頷く。
「もう一つは魔法構成に直接介入して、魔法のセキュリティを数段引き上げる方法です」
「それって、パソコンのワクチンソフトみたいなもの?」
その答えに「えぇ」と肯定するが、本当はそこまでのことはできない。
そもそも、その必要性はほぼ無いのだ。
現在の大結界の管理者が目の前の素人であるのは間違いないが、元々の所有者は藤吉セツという規格外の魔法使いである。
トコシエが何かをするまでもなく、セキュリティは完璧に違いない。
「ですが、あの男は結界を乗っ取ることが目的ならば、必ず向こうから結界に干渉するはずです」
故に、トコシエがするのは、誰かが干渉したらトコシエに分かるようにする魔法を仕込むことくらいで構わない。
故に目下の問題はと言えばーー、
「で、結局基点ってのはどこにあるんだい?」
と言うことであった。
※
こう言った結界の基点というものは、大抵の場合は強固な防衛を敷くか、巧妙に隠されているかのどちらかである。
しかし、仕込んだのは藤吉セツを輩出した藤吉の系譜に属する魔法使い。どちらにしてもおいそれと見つかるものではない。
目立たないように夜しか活動できない事もあり、三日ほど掛かると踏んでいた。
(それ以上かかるようなら勿体無いですが、「賢者の石」を一つ消費して探索の魔法を展開するほかないですが……)
「どうしかした?」
そんな想像に絶望に近い途方のなさを感じていると、泰生が気遣うように声をかける。
「いえ、しかし学校という場所である以上、隠し部屋という可能性があるのが困りますね」
敷地面積から言えば広大とは呼べないが、人員は二人ーー、片方は隠された魔法の看破の術など知らないので、実質一人で探さなければならない。
と、そこまで考えているとーー
「ーーそれは無いんじゃない?」
「え?」
と、役立たずであるはずの少年から、まさかの意見が出た。
「それってどういうことですか?」
思考の腰を折られた不機嫌から言葉は自然と棘を纏う。
「まあ、ここが私有地だったんならそういう事も考えられたんだろーけど、ここは県立高校、隠し部屋なんて簡単に作れるほど予算も監査も緩くないだろうし」
確かにその通りであったことに驚いた。
「それにそもそも、数百年前から結界があるなら、建ってからたったの三〇年の校舎の中に基点があるのはおかしいよ」
確かに魔法の『ま』の字も知らないような素人であるが、だからと言って思考を停止せずに論理的に解答を導き出している。
魔法はなまじ便利な分、魔法使いはその手段に頼りがちなところがある。
「今の僕が言った考え方で間違ってないなら……千年桜だ」
「え?」
「千年前から咲いているという、古い桜の木だよ。学校の敷地の隅っこにひっそりと咲いてるから手を加えるにもこっそりできる。
公共の建物ってわけでもないから第三者からはあまり手を加えられない」
強いて言えば、用務員などは手を加えるかもしれないが、枝葉の形が魔法に影響を及ぼさないのであれば、常識的な範囲で手を加えた程度ではあまり影響はない。
「そこに行こう、トコシエ」
※
「そこに行こう、トコシエ」
そう言って先を行く泰生を見ながら、トコシエは目の前の素人に異質さに目を剥いていた。
数日前に魔法の一端に触れただけだというのに、その神秘に呑まれることも畏れることもなくあるがままとして受け入れている。
しかも、「発」はともかくとして、大結界の「縁」の練度はなかなかに高い。
どう言うことかと言えば、「ただ繋がっている」だけの状態ではないと言うことだ。
大結界とはもともと繋がっていたとはいえ、「結界の内部の状態を探る」と言う作業は、昨日今日に魔法の基礎に触れた人間が到達できる深度ではない。
素人であることに間違いないが、ただの素人ではあり得ない。
(伊達に藤吉家の系譜に名を連ねているわけでは無いと……)
藤吉の家は今でこそパッとしないが、古くから大結界の管理を任されてきた有力な一族である。
他に成り手がいなかったとは言え、素人同然の知識しか彼がなぜ選ばれたのか。
最初にしていた予想とは大きく異なる可能性もーー、
「いや、まさかーーですね」
頭に浮かんだ馬鹿な可能性を頭を振って追い払う。
それよりもーー。
「先達として、彼に遅れをとるわけには行きませんね」
トコシエにしては珍しく、泰生に張り合うような発言と口許が僅かに緩むような笑みがあった。
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