第10話

「魔法の基本は三つの技術で成り立っています。

 一つ目はSET、魔力を放出する技術です。また、魔力の出力量や増減する技術も含まれます」


 そう言って一本指を立てる。


「そしてpass、魔力を他のものに接続する技術です。魔法、魔道具にいかに速く、強く接続を行うことが求められます。魔法以外にも他のものに接続することもありますが……まぁ、今はいいでしょう」


 そう言った て指を一本立てる。


「次はcircle、これは空間を区切る技術です。魔道具を用いた魔法ではあまり影響しにくい部分ではありますが、より高みを目指すのであれば必ず必要になる能力です」


 そう言って指を一本立てる。


「発と縁と陣……」

 口の中でなぞるように声を出す。

「と、ここまで語りましたが、魔法の解析や発動のために最低限必要なのは、発と縁まで。

 後は完全な魔法を行使するために必要な工程になります」

「完全な?」

 多少気になる言い方だったが、トコシエはそんなことは気にせずに話を続けた。


「でも、魔力の放出なんてどうやったらいいか、さっぱり分からないんだけど」

 確かに、彼の体内には魔力と呼ばれは力が流れているかもしれないが、それがどのように彼の身体の中に流れているのかもわからない。


 例え、目の前で実演されたとしても、それは自分の身体にない筋肉を動かすようなもの。見て真似できるような類の力ではないだろう。


 しかし、そんなこと御構い無しと、気軽にトコシエは言った。

「そんなことは簡単です。

 そう言っていつのまにか手に取っていた瓶を突き出した。


「な、何それ?」

「魔女の軟膏。本来は空を飛ぶ時に使うものですが、ちょっと応用すれば魔力を放出しやすくする薬としても使えます」


 ジャムでも入っていそうな硝子瓶の蓋をあけると、何とも言えない異臭がする。

 色は腐った膠のようなどこか濁った半透明の黄色と明らかに安全そうな物質ではない。万が一でも匙一杯の量でも口に入ろうものなら、命を落としかねない雰囲気が漂っている。


「ま、待ってくれ。トコシエ、それは何からできているんだ?」

「……聞かない方がいいでしょう。あまり詳しく知れば塗ることを躊躇ってしまうかもしれません」

「そのセリフも充分以上に躊躇ってしまうと思いますがね」


 勢いで何とか誤魔化そうとしてか泰生の逡巡には一切付き合わずに行動に移る。

「ちょっ、待ってくれ! せめて毒性とか後遺症とかが無いのかをしっかり確認してから……、最近テレビで経皮毒とかやってるのを見たしさ……。

 ねぇ、何で黙ってるんだい? 何とか言ってくれよ。ト、トコシエ?」


「静かに」


 徐々ににじり寄ってくる。トコシエの目は何処か正気では無い。声はいつも以上に平坦で、沈黙が辛かったが、発した声を聞くことがもっと怖かった。

「力を得るためには犠牲が必要なのですよ。タイセイ」

 静かで低い声で発した彼女のセリフ。

 それは一生に一度は言ってみたいものだったかもしれないが、残念ながら言われるのはそれほどでは無いらしい。


 ※


 トコシエの白くて細い指で泰生の右手の甲に薄く広く塗り広げていく。

 軟膏が傷んだにかわのような危険な色で無ければ、彼女のような美少女に塗り広げてもらうのは悪い気はしない。


「どう?」

 そう聞かれた時は泰生は何もいえなかった。

「正直、何もない」

 強いて言えば、塗った箇所がベタベタしていた。だが、話の流れから察するに、そう言った答えを期待していたわけではあるまい。


「ハッキリ言って、塗ってすぐに真っ赤にかぶれるかもとか思ったけど。本当に何もないな」

「そうですか。なら、これならどうでしょうか?」


 そう言って、右手を両手で優しく包み込む。

「なッーー」

 不意打ちだった。

 トコシエにそんな意思がないと分かっていても、思春期の完全な男子高校生である彼は、彼女を意識せざるを得ない。

 魔法どころか塗られている膏薬が胡散臭い代物であることすら脳味噌から締め出された。


「集中してますか?」

 数秒惚けてしまったが、その咎めるような声と視線に現実に引き戻される。慌てて「大丈夫だよ」と告げて顔を引き締めた。

 トコシエはと言えば変わらずマイペースに瞑想でもするかのように目を閉じて意識を集中する。


「ん?」

「どうかしましたか」

「いや、今ほんのりと薬塗ったところが温かくなったような……」


 手で温めているのだから当たり前だが、そうではない。

 そうならば、右手全体が温められるが、現在は軟膏を塗られた所が、多少ではあるが、特に温度が上がっている。

 しかし、トコシエからすれば、それは大しておかしなことではないらしい。


「それが魔力が通った感覚です」

「これが?」


 確かに軟膏を塗られた場所だけが異常に温かいので異常と理解できる。だが、そうでなければ特に変わった感覚ではない。


「魔力とは不思議な力。ですが、根源は生命力ですから。身体を通れば温かく感じるのも道理です」

「へぇ」

「では次は縁にーー」

 そう続けようとして、口をつぐむ。

 今まで滑らかに口が動いていたので、急に止まったことが不気味で思わず「どうかした?」と聞いていた。


「いえ、その必要はないでしょう。何せ常に繋がっているのですから」

 一見不可解な表現だが、その意味を理解するためにそれ以上彼女の説明を必要としない。

 ただ、彼女の理解に遅れて数秒。「あぁ」と納得できるほどには「縁」とやらでこの土地と「繋がっている」と言うことは分かる。

 脳に直接情報をぶち込まれているような。

 例えるなら、電極つけられてコンピューターと繋がればこんな感じになるのかも知れない。

「これが僕と大結界このまちの『縁』なんだね」


「……」


「? どうしたの」


 ふと彼女を見ると神妙な顔で泰生を見てーー否、観察していた。

 その顔はまるで不思議なものを見たかのようで。

 おおよそ、不思議まほうを司る魔法使いのものとは思えなかった。


「いえ。大したことでは……、それよりも分かりましたか? 結界の構造は」



 即座に答える。だが、それでは解答は不十分なことに気づき、「でも、基点と言うやつが、どう言う構造になっているのかよくわからない」と、付け加えた。


「基点とは、土地からの魔力を吸収する場所です。ですから、結界の中でも魔力量が多い場所のはずです」

 その情報を聴き、意識を結界に向ける。そうすると、トコシエが説明した条件に該当する場所がいくつかあることに気づいた。

 そして、一番近い場所はーー、


「ここから北に一五〇〇メートルほどの所に結界の魔法と魔力が集まってるところがある」

 そして、一つ気づいたことがあった。


「ここはーー学校?」


 それは、泰生が通う如月高校があるあたりだった。

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