第9話
「大袈裟ですね」
一〇分程度意識を失った泰生にたいしてトコシエの反応はお世辞にも優しいとは言えなかった。
確かに気を失うのは泰生としても不本意だ。
「でも、突然切り落とされた腕なんて出てきたらビビるだろ!」
突然に切り取られた右腕が出てくれば目ぐらい回るくらい不思議じゃないと弁解したい。
「これは『栄光の右手』と呼ばれる魔道具です」
「魔道具って……魔法の道具ってこと?」
読んで字のごとく、今まで出た専門用語の中では一番分かりやすい。
そして、トコシエも頷く。
「魔法の力のこもった道具や、魔法を使うための触媒などを纏めてそう言います。この前見せた賢者の石モドキもその一つです」
「つまり、魔法を使うために必要なのか?」
「極めればそう言ったものに頼らずとも可能ですが、そうそう身につくことはありません。強大な才能と膨大な経験でその境地に至れるか否かと言ったところでしょうか」
「じゃあ、僕も魔道具を使えば魔法が使えるようになるの?」
「まぁ、物にもよるでしょうね」
右手を象ったオブジェを掴み上げ、「これなら貴方でも扱えます」と言って泰生に突き出した。
栄光の右手。
先ほどの発見して泰生が目を回した奇怪な魔道具。
泰生は二度と目に入れたいと思わなかったそれが泰生にでも使用できる魔法だと言う。
「でも、僕は魔力とか出したりできないよ」
「そうでもありません。大結界を起動している大部分と土地の地脈からのものですが、貴方の魔力が少しは使われていますから」
そう言われて自分の身体を色々触ってみたが、やはりよく分からない。
そんな魔法をコントロールしている自覚はおろか、魔力とやらが身体を流れていることすら自覚できない。
肝心なことは如月の大結界とやらがやっているそうだが、そう思うとなんだか不気味だ。
「ですが、これは魔力を制御できない貴方だけでなく、本当の意味で魔力を持たないものでも利用できる奇跡です。
他のつま先に火を点けるだけでその奇跡を行使できる魔道具です」
「へぇ……、ってこれ蝋燭なの?」
思ったよりもお手軽に不思議が行使できるよりも、不気味な置物が実は蝋燭であったことの方に驚いてしまう。
「はい。数百年前に古き魔女の手で製造された屍蝋の蝋燭です。そこらの模造品よりも強力な効果を持ってます」
数百年と言う時間の重みも凄いが、それよりも聞き逃せない単語が混じっていた気がする。
「シ、シロウ?」
「はい、屍蝋とは遺体が長期間外気から遮断された状態で脂肪が変性しーー」
「おっと、もういいです。もういいですから」
これ以上聞くと色々と後悔しそうなのでやめておくことにした。
ちなみにーー、
「それってどんな効果があるの?」
「周りの人を眠らせる効果があります」
見た目と材料の割には、思ったよりも地味でおとなしい効果だった。
※
ある程度の片付けが終わったのは、その日の夕方のこと。
「やっと終わりました」
いつものように淡々と口調だが、その中に疲労の色をわずかに滲ませている。
だが、それは泰生も同じであるが、トコシエとはまた別の疲れがあった。
掃除をしていると、そこはかとなく危険そうな代物が「栄光の右手」以外にも多数発掘された。
かつて京の都を襲った強大な霊獣の「鵺」を封じ込められた「鵺の卵」。
かつて倫敦の街を跋扈した連続殺人鬼が娼婦を切り刻んだ「魔剣」。
それを手にする度に生きた心地のしなかった泰生は今日一日で一気に老け込んだ気がする。
「魔法使いって、魔法を使って掃除とかするもんじゃないの?」
泰生は軽い気持ちで口にしたが、トコシエそれを耳にすると「はあー」と深くため息をつく。
「時々いるんですよね。ファンタジーを読みすぎて、魔法使いに自分勝手なイメージを持っていて、それを魔法使いに押し付けようとする人が」
と、あまり夢を壊すようなことを言いながら辟易していた。
「魔法使いは自分自身ができないことは基本的にできないようになってますから、家事ができない私は魔法で家事をすることはできません」
「なるほど……、ところでそれ自分で言ってて哀しくない?」
「……そんなことはないです」
目をわずかに反らしているところを見るに、泰生の指摘は完全な的外れということもないらしい。
「それよりも、私は家事などではなく古川道治の捜索をしなきゃいけないんです」
「捜すって……場所はわかるの?」
ゆっくりと首を振る。
「結界さえ万全に使えれば、すぐに可能ですが」
「……なんかゴメン」
「別に責めてる訳ではありません。ただ、素人同然である貴方に失望に近い感情を持っているだけですので」
「……もういっそのこと堂々と罵倒してもらえないでしょうか」
そこまで聞いて考える。
「そこまでいうなら、僕も魔法の基礎ができればいいんじゃない?」
「え?」
「いや、僕が結界の基点とかが把握できるくらいになればいいんじゃないかと思ったんだけど」
「魔法の基礎はそう簡単に学べるものではありません。早くても半年以上。人によっては二、三年かかることだって珍しくはないですからね」
「う」
確かに思いつきをそのまま口にしたとはいえ、短絡的な発想だったかもしれない。
「まぁ、何もしないよりはいいでしょう。では、夕食を済ませてから始めましょうか」
「え?」
そう言って立ち上がるトコシエはどこか優しく笑っているようにーー、
「何ですか?」
「いや、別に」
やはり気のせいかもしれないというくらいに平坦な表情だった。
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