第4話

国丸さんのお部屋に、初めてきちんと招かれた。国丸さんのお部屋には、ベッドシーツを換える時も、お掃除の時も、国丸さんに立ち会っていただかない限り入らないことを徹底していた。私から、そういった理由でお部屋に入らせてくださいねとお願いすることはあっても、国丸さんからお部屋に来てと言われることは一度もなかった。「部屋じゃないとだめな、とても大事な事だから」と彼は言った。彼の部屋は広々としている。ダブルベッドがお部屋を占めて、空間を圧迫しない程度には。こんなに広いお部屋でこんなに広いベットでお休みしている国丸さん、寂しくないのだろうか。ベッドを見ていると丁度、ベッドに仰向けになってほしい、と彼は言った。お腹の上で手を組んで、目を閉じてほしい、と。国丸さんのベッドは禁域というか、手をかけてもたれることさえ控えていた場所だった。

「本当に構わないのですか」

「特別だよ、でも、寝てくれなくちゃいけないの」

いつにも増して落ち着いた、少年らしく掠れた印象が、助長されるようなお声だった。彼は、日に日に成長していく人体の春と言える季節の真っ只中にいた。国丸さんはベッドを背にして立つ私の腹部に手を添えて、少し押すみたいにして私をかけさせた。私がかけていて、彼が立っている。この目線の近さが、非常に稀有なことに思えた。掛け布団のを下にして横たわり、目を閉じた私は、なんとなくだけれど、緊張し、強張っていたことと思う。しばらくすると目に少し重みのあるタオルか何かがかかるのを感じ、自然と息をついたその一瞬が、私を少しリラックスさせた。国丸さんの気配はベッドの側から離れず、しかし私に近付くでもなかった。私は閉じた瞼の暗闇の中で、国丸さんを探すみたいに意識を動かしていたけれど、それは彼の望むことではない気がして、すぐにやめた。私はただ横たわり、息をするだけだった。しばらくして布が取り払われ、目を開けていいという言葉と共に目を開いた後も、彼には特に変わった様子はなかった。目を合わせず、「ありがとう」とだけ、彼は言った。少年らしい横顔に、お力になれたのでしょうか、と聞くと、彼は小さく頷いた。


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国丸さんは年末年始、ほとんどの時間をこのご自宅で過ごすという。県さんのご実家はお住いの近くにあり、県さんはそちらと折々交流している。彼女は年末年始はご実家に長くいたり、宿泊されたりしているけれど、国丸さんはそちらにいると落ち着かないので、先にご帰宅することが多いのだと伺った。おじいちゃんと、おばあちゃんが苦手なのだそうだ。今年の年末年始は国丸さんと私がお家に残り、県さんはご実家に泊まられる。

「つかぬ事伺いますけれど、あなた年末年始はご家族と過ごされるの?」

「いいえ。一人寂しく。」

「まあ、訳あり?……なんて、なんとなくそんな気がしたから聞いたのだけれど。国丸と居てくれない?一緒に年越ししてあげてほしいの。私、今年はあっちに泊まろうかと思ってて。」

国丸さんは恐らく、県さんが一緒においでと言えば、ついては行くだろう。県さんは節目やけじめを軽んじる人ではないし、国丸さんは県さんのいうことを聞かない人ではない。それでも国丸さんがおじいちゃんおばあちゃんにあまり会いに行かない事はある程度定着しているようだった。今年の年末が、私がこちらに宿泊する、はじめての機会となる。私が泊まることはその翌日には国丸さんに伝わっていた。


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県さんに、国丸さんに何故サンタさんが来ないのかを私から尋ねたところ、県さんの家庭環境によるものらしい。

「どうすればいいのかわからないのよ。私にこなかったから。私からクリスマスプレゼントよって、普通にあげちゃってるの」

県さんとふたりで話す機会はほぼない。私はこれを聞くために、国丸さんがいないところでしたいお話があるのですが、と言って時間をいただいている。日曜に伺い、県さんの書斎でお話しさせていただきながら、私はサンタさんについて以外にも、お家の細々したこと、国丸さんについて、この機会にお話しできそうなことをお伝えした。お伝えしたいことをまとめたメモには、国丸さんのことばかりが並んだ。「あの子、サンタさん、信じてる?」県さんはあーあ、と言いたそうな顔をしながら、コーヒーに砂糖を入れて、ハートの飾りがついた小さなスプーンでかき混ぜ溶かしていた。溶かすには長過ぎる時間をかけて。彼はサンタさんを信じている。昨年の12月に、来年もここにいれたらと、思った理由がそれだったのだから。県さんには国丸さんがサンタさんを信じていることと、今年はサンタさんが来るかもしれないことをお伝えした。わざわざ玄関で出迎えてくださった国丸さんと、あまりお話する間もなく書斎へ通されたので、国丸さん、ご自分の話をされてるんじゃないかと心配されているかもしれない、と私の方が心配になって、そろそろ国丸さんが、と言って私からお話を切り上げた。県さんは立ち上がりがけ、あんた、過保護よお、と言ってくつくつと笑っていた。せっかく日曜に来るんだし、という県さんの提案で、お話しの後、お二人と一緒にファミレスでお昼を頂くことになっている。

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人身売買のサンタさん 杓井写楽 @shakuisharaku

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