第4話
なぜあんな暴力やら辱めやらのひどいことを自分からすることができたか、シャールにはわかりませんでしたが、どうすることもできないからだと、至極シンプルな答えが出ました。餌木に対して、お前のやったことは異常行為だから、お前のことは告発もするし今までよりもっと避けるし、お前のことは嫌いだと、言う事は完全に無駄だと理解していたし、その理解の通りに、シャールは何も言いませんでした。餌木は異常行為だと自覚した上で異常行為を成し遂げていて、告発したことで変わる環境なんて餌木を殺すほどでもなく、餌木は、シャールに嫌われている事を自覚しているらしいからです。
「好きになってほしいんじゃないの、シャールくんが私のこと嫌いな事は、ほんとによくわかってるの。嫌いなままでいいし、何されてもいいから、側においてほしいの、それだけなの」
それだけなの、「それだけ」という言葉にシャールは、それによってシャールが大事にしている大半を奪われるということに対して無頓着である勝手さが感じられ、心の底から怒りがふつふつと湧いてきました。どうしようもない。どうしてもひとりでいたくても、これからはそれが叶わない気がしました。だって餌木はこの部屋にいたのです。だったらこの部屋は自分だけの部屋ではないのです。本当に僕のためになりたいなら、ひとりにさせてください。貴方が一番、僕の大事なものを奪って、ストレスになって、僕の心とか命を、削っているんです。そう言いそうにもなりましたが、それを餌木に教えて、それを餌木に共有すること自体が癪でした。自分の本当の気持ちくらい、自分だけのものにしていたい。かといって、日記に綴りたくもありません。こんなに他人に侵食されている心で言葉綴って、それを残すなんて、自分の世界が穢れる。シャールは日記を書くことも休むことにしました。このどうしようもなさと折り合いをつけて、自分を、この男がいる状態であっても自分の手の中へ、帰してあげられなければ、そう変わらなければ、そう思いました。その一方法として無意識にとった行動こそ、餌木に対してのひどいことの数々だったのです、きっと。シャールにとって、怒りと諦めは対局にあります。加えて、シャールは諦めが好きでした。シャールにシャールを帰す為には、全てを諦めるしかありません。シャールは餌木を最初に暴行したときに、自分は餌木がこの部屋にいることを諦めたのだと割り切りました。餌木がこの部屋に出入りすることを諦めて、今までのことも諦めたのだと。じゃないと、イライラするばっかで、自由になんてなれない。本当に自由になりたいのなら、どんなことも平気にならなくちゃいけません。自分が自由じゃなくなった分、シャールは餌木に不自由を強いたくなりました。餌木の自由を同じくらい奪わないと、自分が自由になれないような気がしました。餌木から何かを奪わないと、自分の何も取り返せないような気がしました。あの日の自分が、自分じゃないみたいにひどいやつになったのは、餌木が自分からいろいろ奪ったせいなのです。餌木はシャールの部屋で、居場所がなさそうにベッドに座ってシャールの部屋にあった本を読んでいます。そうしていろと、命じたからです。シャールはベッドから少し離れたところにある椅子に座って餌木を観察します。餌木が勝手に自分と一緒にいるようになって一日弱で、餌木のいる部屋でもまともに考え事ができるようになりました。それは自分が餌木から何かを取り返すことができたということにも思えましたし、自分が餌木に何かを完全に奪われたのだとも思えました。割り切れているわけではありません。餌木には、これから徹底的に自分の益になってもらわないと、気が済みません。徹底的に自分の害にだけは、なってほしくありません。シャールは、諦めを上手に使って、物事を乗り越えてきました。今回も上手に諦めがついて、乗り越えられる感覚が、ないわけではありません。別に、餌木をパシリに使う気はありません。見目に関しては好ましい範囲なのだから、ペットにでもすればいいのです。順応すればいいのです。だからただただ餌木を眺めました。今まで目を合わせるのも嫌でしたから、こんな見方をしたことは初めてです。
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シャールは、自分はみんなにそう尊敬されてはいないけれど、餌木はみんなの前では凛としていて、美しく、尊敬を集めていることに関しては、全く何も感じません。
ええ、ええ、餌木さんとは仲よくなりました……
食事の場で、餌木とは少し離れた席で、シャールは餌木と、何事もなかったみたいに目を合わせました。本当に少しだけ仲良くなり始めた隣人を見る目で、少し困ったみたいな笑顔をして、餌木を見ました。餌木も、この場での自分の立場と仮組みされたシャールとの関係性を考慮した笑顔をして、シャールを見ました。
だって、わかるでしょう、照れくさいし、わけわかんなかったんですよ……僕こんなふうに人に良くしてもらうの人生で初めてなんですから…
みんなバカだから、餌木さんがこんなだとわかりっこない。それに関しての考え方は、そう自分と餌木で差はないだろうと思えました。茶番は茶番ですが、自分にとったらこの茶番以外だって充分茶番だったりしたので、案外平気でした。餌木が自分の声に集中している気がして、居心地が悪いのは今までと変わりありませんが、自分の心構えが諦めに傾いた分、少しはマシでした。餌木の目線が鬱陶しく感じても、あとで散々、見てんじゃねえともなんとでも言えるのです。それだけで少しは、生きるのが楽になった気がしながら、食事を口に運びました。見られていることも慣れてしまえば、別に生活に支障をきたす程でもなくなりました。今まで見ないようにしていた餌木を観察しながら、これは慣れる恐怖と、慣れない恐怖でいえば、慣れる方だったのだなと思いました。シャールは、自分に時に、本当にどうしても、どうしようもなく、他人を噛み千切ってぶん殴って蹴り飛ばして踏んづけてぶち殺してやりたくなる時があることに気付いていましたが、どうすることもできないでいました。そういうときの為のサンドバッグとしては、餌木の存在は都合がいいのかもしれない。そう思えばもう、明日にでも割り切れそうでした。シャールはそんな自分がとても好きでした。けれど自分が自分を好きだということには、気付いていませんでした。
サフォケイション 杓井写楽 @shakuisharaku
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