柳生十兵衛――松林無雲斎――。
これまで次々に剣豪小説の傑作を著してきた超獣大陸氏が、満を持して最強の男・宮本武蔵を登場させた第三弾!
巌流島の決闘――恐らく日本でもっとも有名な決闘であろうこの戦いは、しかし多くの謎に包まれている。
一般的なイメージの巌流島の決闘は、宮本武蔵と佐々木小次郎の戦いとして知られている。
敵を苛立たせるためわざと決闘に遅刻してきた宮本武蔵に対して、若き佐々木小次郎は戦いを前に鞘を投げ捨てる。
宮本武蔵は「勝つ身であれば、なんで鞘を投げ捨てむ。小次郎破れたり」との有名な台詞を呟き、木剣の一撃によって佐々木小次郎を斃す。
だが、これらのイメージは吉川英治の「宮本武蔵」やその元となった「二天記」によって流布されたものであって、実際の決闘の模様は諸説あるというのが実情だ。
たとえば佐々木小次郎という名前にしても、この名前の初出は江戸時代の歌舞伎であって、他の文献では「津田小次郎」とされていたり「上田宗入」とされていたりなど様々だ。
小次郎の年齢にしても、十八歳の若い青年剣士だったという説もあれば六、七十歳の老人だったという説もある。それは吉川英治自身が「随筆 宮本武蔵」において認めていることだ。
自身を宮本武蔵フリークと語る著者は当然これらの事情を熟知している。
著者は本作の冒頭で、巌流島の決闘においてもっとも信憑性が高いとされている、宮本武蔵の養子・宮本伊織の著した「小倉碑文」のみを引用している。
これはこの小説を執筆するにあたっては、小倉碑文の記述のみに従って、あとは様々な文献から自由に想像の翼を広げさせるという著者の宣言であろう。それこそが時代小説、伝奇小説の醍醐味である。
さて――お立ち会い。
この作品において、著者は如何なる「巌流島」を活写してみせたのであろうか?
誰も見たことのない「巌流島」がここにある。