13.先達者たち Sie sind das Jugendkränzchen FoLVs
『……』
暗闇が支配する空間の中に、二つの燈火が並んで動いている。正確には街灯が遊歩道に沿って立っていたので順路に迷いはなかったが、その光が届く範囲も限定的である。また人気も無くなり、残るのはすっかり葉の落ちた広葉樹の林と凍てつく空気ばかりだった。ナタリエにすれば、手元のランタンは光源よりもむしろ熱源として重宝するものだった。
『……どうしたの?そんなじっと見て』
『えっ?あー、……やっぱり前にどこかで会ったような気がして。すみません……』
『そう……』
しかし、どうも気まずい。彼女の隣を歩くモニカ・ケッヒェルは、未だ機嫌を悪くしている。炎に照らされた横顔を見上げれば、三白の眼で、黒味がかった緋色の瞳がその印象を一層強くしている。その原因はナタリエ自身よりも、他に向いてあるようだった。
『あ、見えてきた。……エミ!ちょっとこっち来て!』
先程の位置から3分ほど歩いたところで、木立の中から人工的な光が漏れ出しているのが目に入った。草地の上には仮設のテントが何張か展開され、病院を思わせる外観は投光器によって照らし出されていた。先程からそれを動かす発電機の音が響き渡っており、人の気配も感じられる。
『はいはい~、って、モニカじゃん。どした?忘れ物?』
『そんなところ。懐中電灯ある?』
『はいよー。ちょっと待ってー』
そのテントの一つから顔を出した若い女性こそ、目的の人、エミーだった。右目側の前髪だけをかき上げ、真紅の色をしたカチューシャで留めている。つり目は夜でも崩れず眠気を微塵も感じさせない。
二人とも手にしていたランタンの火を消し、ついでにナタリエはもう片方の手で持ってきたケースをその傍らに置いておいた。
『はいお待たせ!……で、隣の子はどうしたの?』
『コレ?ベルトのおっさんから預かってきたの。アンタ宛にね』
そういって彼女はナタリエの肩を掴み、その身柄を前面に押し出した。
『ど、どうも……』
『ん……?ああ!じゃあこの子がナタリエちゃん?!初めましてだねぇ。わたしの名前はエミー・ヴェンツェル よ。よろしくね~!』
『あ、はい、よろしく……お願いします』
と言ってエミーは彼女の両手を取って上下に振り回した。ナタリエはただただその調子に目を丸くするばかりだった。それもモニカとテンションに差がありすぎるのだから、目で追うのが精一杯で、身体は固まってしまったのだ。
『んじゃあ後はアタシがやっとくから、その子のことは任せるわ。それで、ユッタってどっち?』
『あっち!』
『ん、ダンケ』
エミーが指し示した方向は、ナタリエ達が歩いてきたのとは反対に当たっていた。そこは更に暗く静かな場所のようだが、モニカは受け取った懐中電灯を光らせると、臆することなく闇の中に向かっていった。
『うん、じゃあわたしたちもやることやっとかないとね!というわけでまずはこれ!』
と、彼女が取り出したのは一本の小瓶であった。カットされたガラスで作られているが、ラベルの類は貼られていない。中に入っている液体からは、仄かに芳香が漂っている。
『これ、中身は香水……ですか?』
『お、ご明察。これはねぇFoLVの香りだよ。ほら、嗅いでみる?』
エミーの差し出した瓶にそっと顔を近付けると、その匂いは柑橘系の爽やかさと形容しがたい何か……異国的、特に南方を思わせる何かの合わさったものだった。丁度、モニカから漂っていたのもこの匂いだと気付く。
『よく覚えといてよ。FoLVのメンバーかそうじゃないか、咄嗟に判断するのはこれだからね』
と言って彼女は自ら調合したその液体を噴霧する。
『ひゃっ?!』
『よっし、これであなたもFoLVの正式な作戦メンバーの一員ね!じゃあついて来て、案内するからさ!』
エミーはナタリエの手を取ると、さっそく天幕の外に彼女を連れだした。一口にテントと言っても、大半が屋根だけ布に覆われていて、外からは丸見えになっているものが多い。その下にはアルミ製の簡易ベッドが整然と並べられている。
『このベースねぇ、見ての通り救護所も兼ねてるの。多分怪我人が出るからってね。だから人手が増えて助かったよ』
その一角でまた一人、物陰で忙しなく動いている影があった。
『あれ……ドクトルじゃないですか。ドクトルもここに?』
『ん……?ああ!君か!前より少し顔色が良くなったようだのー。結構結構』
作業を止めてこちらに向かった彼は、確かに初日の検診を担当していた老医師だった。
『お爺ちゃん!何だ知ってたの?じゃあ先に言ってくれればよかったのに』
お爺ちゃん?あの人がエミーさんの?猫背のまま薬棚の中身を弄る老人と、快活そのものと思える風体の彼女では見た目の印象は程遠いが、話し方の癖なんかは似ているような気がした。
『ああすまんの。で、今日はどうした?』
『わたしらのお手伝いだって。アルベルトさんから』
『そうかそうか。じゃあエミちゃん、薬の場所をその子に教えてやりなさい』
『オーケー!まずはこの棚からね。包帯、脱脂綿、消毒液に軟膏。それからこっちは……』
なんていっている傍らで、ドクトル・ヴェンツェルは開けた空き地に繰り出すと独り焚き火を付け始めた。その隣には簡単な造りのラジオを備え付け、目いっぱいにアンテナを伸ばしている。
『……以上!お爺ちゃんに呼ばれたらここにあるやつから持ってってね。後は……お爺ちゃん?話終わったけどー?』
『おー、ならこっちに来なさい。少しの間だが暖まるぞ』
老人は孫娘たちを呼び寄せると、また新しく薪を火に焼べる。ラジオからは夜のニュースを読み上げるキャスターの声が、不安定な電波を通じて流れ出ていた。
《……繰り返し、共和国広場で起きた悲劇をお伝えします。消防の……襲われたNS党支持者の一人が死亡……凶悪犯は群衆に紛れ依然逃亡中です》
淡々とした口調の中に語られる「死亡」の言葉。現実感はないが確かに目と鼻の先で起きた出来事だ。
《善良な市民は治安部隊の命令に従い、以下の区域においては絶対に外に出ないで下さい。対象区域はツェントラール区ターク・デア・レプブリカ、プリュメリッシャートーア・プラッツ、ツォーガルデン……東口です。繰り返します……》
その情報によれば、ナタリエの自宅のある場所は範囲には入っていないようだった。ひとまずは安心だが、まだ油断ならない状況は終わっていない。
《続いて……NS党私兵部隊指揮官のリヒャルト……氏は、この事件に強く憤りを覚えると……を発し、自ら部隊を率いて賊を殲滅すると……》
その時、遠くで何かが弾けるような、甲高い音が立て続けに夜空に響いた。
『なっ……今の音は?!』
『始まったな……ナタリエ!すぐに支度せい!』
そのすぐ後に発信源と思われる方角から風が吹きつけ、、彼女の嗅いだことのない、不快で異様な臭いが流れてくる。そこは先程モニカが歩みを向けた方と同じ場所からだった。
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