12. 嵐を待ちて -Sorg für den Sturm vor!

『ブルーノ、これで全員か?』


『はい、おやっさん!』


 ツォーガルデン公園、かつてこの地方を治めた領主の狩猟区として整備された一帯は、周囲を人の背丈より高いレンガの塀と鉄柵に囲まれている。その名が刻まれた青銅製のプレートには、ランタンに照らされた幾重もの人影が交差していた。


『さあ急げ急げ!もう波の先端は見えてるぞ!』


 ブルーノと呼ばれた青年が旗振り役となり、隊員たちは続々とトラックの後ろに整列した。右腕には一様に腕章が取り付けられ、大半が中年に差し掛かった男たちであったが、若い者や女の隊員も混じっている。


『よし。ナタリエ、一個ずつでいい、奥にある箱全部持ってこい!』


『りょ、了解です!』


 アルベルトとともに荷台に上がった彼女は、積み上げられたものの隙間を縫って進んだ。光の通らない中だからこそ、その動きに迷いがない。さっさと箱の山を見つけると、上段から一つ持ち上げた。木製のそれは見た目に比して重量が多く、両手を以てしても重心を下げざるを得ない代物だった。

『んっ……重っ……』


 腰が上がらず不恰好な状態でも、そのまま再びタラップまで戻ってくる。その時には、両脇に肩の高さまであった積み荷はすでに手の位置まで下がっていた。そこでようやく、ナタリエは荷台に大量の盾が山のように重なっていたことに気付いたのである。


『よーし、押し出せ押し出せ!せーの!』


山が一つ崩れると、また一つ奥からせり出される。そうして切り出された山の断片は防壁としての役割を得て公園の門扉に据えられていった。その流れと並行して、ナタリエの運び出した木箱からは真新しい警棒が次々と流れ出ていた。列をなしていたFoLVの隊員はそれらを受け取ると、一目散に各々の持ち場へ駆けていった。


『よし、ここはもういいだろう。……ナタリエ、ちょっといいか?』


『んん……どうかしましたか……?』


状況も落ち着き、すっかり疲れ切ってへたり込んでいたところにアルベルトが話しかけてくる。だがその目線はこちらに向いていない。


『自分の荷物はここで降ろせ。それと扉のそばから離れずにいるんだ』


『それってどういう……』


『アレだ』


 彼が親指で示した方向から幾つもの人影がこちらに行進していく様子が見える。懐中電灯の光が作り出す影だけでも、FoLVの面々とはまったく異なる雰囲気を醸し出していた。


『……分かりました。気を付けます』


『なに、すぐ終わるさ。気ぃ張りすぎんな』


 ナタリエはタラップから跳び下り、助手席に回って置きっぱなしにしていたケースとランタンを回収する。その間、アルベルトはすでに隊列の先頭と接触を果たしていた。


『……!~~……』


 ナタリエはトラックの陰からその様子を覗き込んでいた。アルベルトの身振りからは、どうも相手の何人かと知り合いのようだと感じさせるものがあった。彼女は目を閉じてその会話に耳を傾ける。


『……久しいですね、署長。……以来ですか』


『よしてくれ。もうその地位には……暴対を動かすのがこんなにも……なるとは……』


周りの物音と雑ざって完全に聞き取ることは出来ないのがモヤモヤとする。


『とにかく、……は後だ。だが党の私兵が動いてる。用心してくれ』


『了解した。それでは』


 軽い握手と敬礼を交わし、アルベルトはこちらに戻ってきた。先の集団はそうではないようで、公園の入口に向かって一直線に歩み出していた。


『今の人達は?』


『ああ、ベーアヴァルト市警本部の暴動対策課の連中だ。俺達の矢面に立ってくれるんだからありがたいことだよ』


なるほど確かに、分厚いヘルメットをかぶり小銃を引っ提げている様からFoLVの隊員と比べて装備が充実しているとはいえ、彼らもNSの手先であることには変わりない。アルベルトと親しげに話していた元署長も降格を受け、NSの息が掛かった者がその後を襲ったとの事だった。


『……ところで、「しへい」って?』


『なんだ聞いてたのか。軍隊ヴェーアでも警察ポリツァイでもないが、銃で武装している上に手荒な真似ばかりすることで悪名高い奴らだ。……茶色の服装をした連中には絶対に近付くなよ、いいな?』


『は、はい……』


暴対達の列を見送った後、アルベルトは独り再びトラックのエンジンに火をつけた。荷台にはまだ盾やらが積み残されている。


『どこへ?』


『北の入り口に移動する。お前はここに残って状況を見ておくんだ。……エミー、エミーはいないか?』


 だが、アルベルトの呼び声は当人には届いていないようだった。ナタリエも周囲を見回してみるが、それらしい人は一向に見当たらない。


『おやっさん、あいつならもう救護所の方に向かったよ』


 話の横からブルーノが割り込んできた。


『ム……誰か場所分かるやつは?』


『モニカ だ。さっきこっちに戻ってきてたの見たよ』


『すぐ呼んでくれ。なるべく早めに頼む』


『了解、気を付けるよ』


 近くに暴対がいるのを慮ったのだろう、ブルーノは声を潜めてこの場を離れていった。


『……さっき話したやつらだ。皆信頼していい』


『はあ……』


 だけどもやはり不安は拭えないものである。やがて喧騒の中から、こちらに向かってくる人影が認められた。手元に引っ提げてあったランタンがその相貌を照らし出していたが、如何せん顔が隠れていて得体が分からないのが正直なところだった。だが特筆すべきはその肩に担がれているモノの方だろう。目算でも直径10㎝に達しうる太い金属製の筒であるにもかかわらずその動きに乱れがない。その人は立ちすくんでいたナタリエの脇を通り過ぎ、トラックの席にいたアルベルトの前に荷を下ろした。


『おっさん、何か用?アタシもう働きに、って……何さ?』


 厚手の外套のフードを自ら取り去り、その容姿を露にした。彼女の右手に握られたランタンが照らし出したボサボサの長髪と鈍い目付きは、生来の気質ではないことをナタリエに確信させた。つまり……寝不足なのだ。多分。


『おう、悪いが配置変更だ。こいつをエミーのところまで連れて行ってやれ』


『はっ?アタシが?何で?』


『何でも何も、アイツの居場所はお前ぐらいしか知らんだろ。終わったらユッタのところに合流しとけ』


『それマジで言ってる?じゃあ、せっかく持ってきたコレはどうすんのさ?』


『そいつを扱える奴は他にもいるから心配するな。んで、これ以上何か不満があるか?』


 彼女、モニカは自ら運んできた器械を巡って苛立ちを抑えきれない様子だったが、アルベルトには通用しなかった。


『……んじゃあ、その弾何個か持たせて。後はアイツから借りるから』


『分かった。すぐに頼む』


 アルベルトはそのまま公園内を走り去っていった。


『そういうことだから、悪いね』


 ブルーノがその筒を取り上げ、前線に持ち去っていく。残された弾薬箱をひっくり返し、彼女は溜息を吐いた。


『あのー……』


『悪いけど明かり付けてくれない?こうも暗くっちゃなんも見えないのよ』


『あ、どうぞ……』


 言われた通りにナタリエが火を灯したランタンを近付けると、地面に散らばった球状の物体が目に付くようになる。モニカは一つ一つ拾っては腰のポーチの中にしまっていく。                                                                                                     


『あー、あったあった……さて、アタシたちも行こうじゃないの。ねえ、ナタリエ?』


 ……初対面のはずなのに、その声にはどこか馴染みがあった。そして名前も顔も、明かしていないことも知られていたのである。

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