とても大事なお知らせです。

「あーーーーーーーー!!ずっこいでおっちゃん!」


 大声を上げて、柳屋良星やなぎや りょうせいは飛び降りんばかりの勢いで非常階段から身を乗り出した。

 その大声が開幕の合図となって、ゲームが始まった。


 これは、あくまで良いひまつぶしだ。少なくとも、良星にとっては。

 アルバイト三昧の良星は色んなことに興味があって、彼は退屈が苦手である。

「あ、」

 乗り出した勢いで、帽子が飛んで地面に落ちる。良星の目印『縦縞球団の帽子』。元々球団のファンである良星の通常装備で、この目印が当たった事で良星のやる気はすこぶる上がっていた。

 いかにも冴えないサラリーマンが卑怯にも獲物に背後から近づいて、あっさりと終了させられるところだった。それを阻止出来たのは我ながらファインプレーだ。良星は運の良さに自信があった。因みに彼に割り振られている番号は言わずもがな、『7ラッキーセブン』である。

(あのアホ二人、どこ行きよった!?)

 焦りつつ、先ほどの二人を探す。

 逃げている方はまだ学生にも見えたが、恐らくは二十歳そこそこ。体力はあるだろうからあのサラリーマンになら追いつかれる心配はないだろうが。それにしたってライバルは多いはず。狩人同士もお互いがだとは分からないので、誰に横取りされるか分かったもんじゃない。

 一番に見つけたのは、良星だ。

 大通りへ顔を向けると彼らが見えた。急いで先回りして、彼らの間に割り込むように横から飛び出す。

「うわっ、とっ…」「ッ!?」

 成功だ。サラリーマンが飛び出してきた良星に驚いて、転びかける。とっさに手を伸ばしてそれを支えると彼は小さく礼を述べた。

 わざとぶつかって行った良星としては少々後ろめたい。

 荒い呼吸を繰り返す男に「大丈夫?」と声を掛けると彼は困ったように頷いて笑顔を返してくれた。卑怯ではあったけれど、根は良い人間なのだろう。

 兎に角これで目先のピンチはいったんは免れた。

 遠く離れていく獲物の背中を横目で見送って、さてとと誰にともなく呟く。

 今、付近にどれだけの狩人が居るのか分からないが、良星やあのサラリーマンが居あわせたのはたまたまだ。そう近くに居るものでもない。そんな偶然は重ならないと思いたいものだ。じゃないとゲームは面白くない。

 そもそもこれはゲームなどではなく実験である。きちんと結果を出さなければならないのにあっさり終了しては意味がない。何の『実験』なのかは今のところ良星の知ったところではないので、取りあえずどうでもいい。

 楽しいことは良いことだ。


 スマホを見ると、ポイントが入っていた。このポイントは、実験が終わった時点で良いものと交換してもらえるらしい。このポイントは、獲物を見つけて画像を送ったポイントである。初ということで、通常よりも高得点がついているらしいが、そもそも基準が分からないので有難味が分からなかった。

 この画像を頼りに他の狩人達が集まってくるのだが、こんなポイントでは全然足しにはならないし、最終的に捕まえた人間に高ポイントを持っていかれる。出来るだけ長期に泳がせてコツコツ貯めるのが良いのか、一気に捕まえて高得点を狙うのか、意見が分かれるところだろう。良星のように足に自信があったり、時間に余裕があったり、それぞれの事情で変わるものだ。狩人の間でもかけ引きが要る。その点は、少々面倒くさい。色んな人間を集めるには、様々な事情が付き物だ。良星にだってそれくらいは分かるから、敢えて不満も苦情も漏らしはしないけれど。

 まあどうせ、参加しているうちに事情は変わってくるだろう。実験なんてこんなものだ。


 そんなどうでもいいことをぼんやりと考えて、街をぶらつく。

 自分と同じような人間が居るか気になったので、人間観察しつつ、あわよくば獲物を探してみるうちに、気が付けばスタート位置に戻っていた。

 まだ十分も経っていない。

 非日常に、時間の感覚を微妙に狂わされている。それは良星にとっては喜ばしいことだった。濃密な時間は長く感じても実際には短いものだ。


「は?」


 人が倒れている。

 その身体の下からは、赤い液体が流れていた。

 一瞬停止しかけた思考が、嫌な予感にフル回転を始め、彼は慌てて建物の中へ移動した。直後、彼が居た場所の地面で何かが爆ぜる。

 アレは、先ほどのサラリーマンだ。一体何があったのか、とにかく救急車を呼ぶべきなのは明白だった。――のではあるのだが、自分の参加している実験イベントの事が彼の常識の邪魔をしている。


「だ、大丈夫ですか!?」

 そうこうしている内に、通りがかった『誰か』が役割を果たしてくれた。

 良星の存在には気づかぬまま、「そんな」「なんで」「しっかりしてください!」と一人で奮闘する発見者。それはまるで映画のワンシーンのように見えた。一番近くに居ながら、どこか遠い世界に感じる。

(――もしかして、撃たれた?)

 さっき確かに狙撃された。本物か判別は出来ないが、確かに一度狙われた。

 でも、なんで?

 獲物は一人で、自分達は狩人の筈ではないのか。


 スマホに通知が来ている。

 

 ポイントが増えていた。

「は?」

 良星は、顔を顰めてスマホを睨む。

 なにが実験イベントで、なにがそうでないのか、境界線が分からない。

 自分の中にある僅かな高揚感に、胸糞が悪くなる。ほんの数秒交わしたやり取りと、ぎこちない笑顔が強烈に心に残ってしまった。しばらく忘れられそうにない。

 あれはもう助からないだろう。どう見ても死んでいる。


『【重要なお知らせ】

 実験中の参加者様同士の妨害行為は各自自己責任でお願いしております。

 また、当実験において道具の使用は自由としておりますが、『対象』の命を奪う行為は実験の妨げとなるため一切禁止致します。』


 なんでそんな忠告が、今来るのか。


 早くも事情が変わったのは、実験開始後僅か二十分の出来事だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アヤコ博士が実験中。 zoo @miniyon9

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る