第11話
夢を見た。
それも何の脈絡も筋立ても合理性も関連性も無い、出鱈目で唐突で不条理で無意味な夢らしい夢。
夢の場面はおそらく葬儀場だと思う。
今は告別式だろうか、荘厳な白木祭壇には白や薄い紫の菊や百合などが控えめながらも華やかに飾られ、式の主役がそこにいることを主張している。
自分はセーラー服を着ており、下を向いている。
少しでも男性に気に入られようと黒くまっすぐと伸ばした髪に、潔癖を疑われる程の白い肌と印象の薄い表情は、それだけで葬式が完成しているじゃないかと自分自身笑ってしまいそうだった。
私は自分自身を俯瞰して見ていた。
その一方で周りにいる人たちは、普段着をそのまま着ており、思い思い様々なことをしている。
周りで談笑している人、寝ている人、立ち歩いている人、携帯を隠れ見ている人。
参列者も、親しい人、憎らしい人、声を交わした人、交わしてない人、見たの事のある人、ない人、本来出会うことのない人たちが一堂に介している。
普通の葬式ではあり得ない脈絡のなさに、これは夢だな、と自分を見ている私は気がついた。
皆、好き勝手に、自分勝手に、得意勝手に振舞っている。
誰も故人になど見向きもしない。
しかし、夢の中でさえ自分は真面目に席について、ただ黙って時間が過ぎるのを待っているとは。
そこまで、常識人の良い子で思われたいのだろうか。
我ながらその痛々しさに目をそらしてしまう。
目をそらした先にはまたあの荘厳な祭壇あった。
あぁ、この夢が夢たらしめる何よりあり得ない事はこれだ。
祭壇の中心、本来ならにこやかに笑っているはずの故人の写真が、そこにないからだ。
憎らしく嫌になるほどに明るい朝日が目に染みるほどに眩しく、美奈子の目は辛うじて光を感じ取れる程の瞼しか開ける事が出来ていない。
頭の中は点灯して間もない水銀燈の様なぼんやりとした鮮明さしかなく、ほぼ反射的に現代人の本能として根付いた、とりあえず現時間を見る、という行為を遂行する。
いつも寝る前に枕元の左上辺りに携帯を充電して置いているはずだったが、いくら手で弄っても空を切るばかりである。
そもそも、普段自分が身体を預けているベッドにしてはいささか窮屈であり、なんとなく体の節々が痛かった。
いよいよ、普段の朝とは違う違和感に気づき、羽化さながらの慢心の力を込め目を開いた。
少女が無症状に自分を見下ろしている。
どこかで見たことのある少女、そう、つい最近知り合って間もない女性を連想させる少女。
病気の様に白い肌、主張の薄い黒い髪、育ちの悪そうな座った目つき、しかしそれはそれで一種の嗜好を刺激しそうな愛らしい少女。
額が見える左右に分けたお下げ髪と黒いセーラー服、その二つに限ってのみ別の誰かを連想させる。
昔の映画、それも確か外国の漫画のリバイバルだったはず、確かコメディタッチなホラー映画の子役で……
少女と目があった。
美奈子と視線を合わせた少女が口角をいっぱいにあげ、白い歯を見せる。
「会長、目ぇ覚ましやした」
いや、知らない、自分はこんな口調の女性とも、こんな口調の子役も見たことがない。
美奈子は両目を二度擦る。
美奈子は急いで起き上がると、自分は応接セットの2人がけソファで眠っていたことがわかった。
「私ゃ、社長だよ」
ハスキーで気怠そうな低い女性の声。
「おはようさん、昨日はお互い大変だったね、よく寝れたかい?」
美奈子が後ろを振り返るとゆったりと気怠い雰囲気の女性が近づいてきた。
不機嫌そうで不健康そうな据わった目つき、まるで芥川龍之介の幽霊が女性になった様な白い肌、しかしそれはそれで絵になるほどの美人。
黒いライダースジャケットと白のブラウス、ライダースジャケットの前立てを閉めていないのは誰もが目を引く大きな胸のせいで、下は細い黒のレザーパンツがよく似合っている。
美奈子の頭の記憶が、映画を高速で巻き戻したようにフラッシュバックをして行く。
彼女の名前は久瀬天子。
多分、おそらく、悪い人。
美奈子が辺りを見渡すともう1人、見覚えのある人物がいた。
整った顔立ちにパーマを当てたパールグレージュの長い髪が良く似合う健康的な明るい雰囲気の美少女、鹿野幸子が腰を曲げて口を押さえ肩を震わせている。
昨日の遊んでそうな雰囲気がある露出の多い格好とは違い今日はブレザーを着ているが、赤い蝶ネクタイを緩めブレザーの前をはだけさせた崩した着こなしから、やはり遊んでそうな印象を受ける少女だ。
そうだ、自分は昨日連れ去られたのだ。
そして、人生を三週ほどしても一回巡り会えるかも分からないような出来事が2回、3回と続いたことまでは覚えている。
自分は、その終幕辺りで気を失う様に眠っていたらしい。
そのまま永遠に眠っていてもおかしくなかったが、どうやら無事に眩しい朝日を見る事が叶った様である。
だが、昨日最後の一幕は爪痕を事務所にくっきり残していた。
事務所の南側、天子のエグゼクティブデスク横の壁面は、石膏ボードに大きな穴が空いており、元々白かった壁面だったので黒く煤けた部分が目立つ。
床のコンクリートも、ゴミ箱があった付近がめくれ上がっており爆発の威力を物語っていた。
エグゼクティブデスクや現在自分が座っている応接セットのソファ等、至る所に肉食獣の爪痕の様な傷が残っている。
「映画のセットみたい……」
美奈子は、日常を一コマだけ区切ってそこに非日常を当てはめた様な事務所の一画を見てそう独りごちる。
すると、あの少女が美奈子の視界に割って入り、美奈子の両頬を両手で押さえた。
「アホンダラァ!ホンマモンの出入りじゃ!己の命タマと会長の命タマ取られかけて何が映画じゃ、カバチタレちょるんか⁉︎」
天子の縮小版の様な少女が、その小柄で愛らしい姿からはあり得ないような口調で美奈子に声を飛ばす。
美奈子は呆気にとられてしまい、口から気でも抜けたような表情で少女を見ていた。
少女は反応のない美奈子から視線を外すと、次は天子の方を見る。
「会長、これが例の若いのですかいの?こげんスケみたいなほっそい腕しちょるようやけんども、勢いで野良ついて大物叩いとるだけやぁせんですかい?」
「一応アンタよか人生においては先輩なんだから、少なくともアンタに心配される様な事はないよ、あと他所でスケなんて絶対言うんじゃないよ」
天子の返答に「ほうですか」と不満げに天子から視線を外した少女は、再び美奈子を訝しげに見やった。
天子は困った様にこめかみを掻きながら、美奈子の側まで寄ると少女を指差す。
「その口調がおかしい子は宇山歌音子うやまかのこ、この子もウチの社員ってか……まぁ、年齢的にはバイトみたいなもんか」
天子は、歌音子と空に字を書いて紹介する。
しかし、歌音子でかのこと読ませるのか、最近の子の名前は下手に凝っているとは思っていたが、それはそれとして。
「社員ってことは……」
「そ、魔法少女って事」
歌音子の年齢はどう見ても中学生より上には見えない。
そんな少女ですら魔法少女なのだ。
いや、魔法少女なのだから少女であることは当たり前であるのだが。
それでもである。
事務所にくっきりと残る惨劇の爪痕。
その爪を立てたのが、歌音子と同じ様にどこかでセーラー服を着ている少女である可能性。
日常という羊の毛皮を被った狼に睨まれたような恐ろしいさがそこにはある。
「おどれ、さっきからチラチラ目ぇ合わせよって何しとるんじゃ、わしゃキ〇タマ掻いとる場合じゃありゃせんのじゃがのう」
「歌音子さ、アンタやっぱり今日は学校休まないかい?」
しかし、美奈子の目の前には羊の毛皮を被った狼ではなく、極道の仁義を切る少女がいる。
天子の動揺ぶりから察するに、最近、それも極々最近こうなったのだろう。
恐ろしさ、というよりは得体のしれない不気味さを感じつつも、美奈子はソファから立ち上がると、歌音子を正面に見た。
「えっと、加藤美奈子と言います、こちらでお世話になることになりました、歳は22歳です、これからよろしくお願い致します。」
美奈子が自身の美徳を敢えて上げるとすれば、そのいじらしいまでの自信の無さ故に誰であろうと遜れる事だろう。
それに相手は年下であっても、仕事の先輩と言うことになる。
美奈子は特に苦も無く、歌音子に対して深く頭を下げた。
美奈子が頭を上げると、歌音子は豆鉄砲を食らった鳩の様に間の抜けた様な驚いた顔して、美奈子を見ていた。
大人から深く頭を下げられる様な機会など無かったのが、その表情から見て取れる。
一拍の間の後に、白い頬を桃色に染めた歌音子は照れ臭そうに美奈子から視線を外す。
「ほ、ほうか、わしゃ、ここでカシラやらせてもらっちょる宇山歌音」
「歌音子!挨拶くらいはちゃんとしな!」
「……宇山歌音子です」
天子から厳しい視線と叱責を受けた歌音子は、渋々といった感じで軽く頭を下げた。
「それで、アンタの歳は?」
「14歳……」
「他になんか言うことあるんじゃないの?」
「……よろしくお願いします」
「はい、よくできました」と、天子が歌音子の頭を大雑把に撫でると歌音子は鬱陶しそうに頭を振ってその手を払いのけようとする。
自己紹介の一部始終を傍から見ていた幸子が「ダメ、もう無理だ」といって腹を抱えて笑い始めた。
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