第9話

「あぁ、電話の相手かい?昔馴染みの警官だよ」


天子はにべもなく答えた。


歯に衣どころか下着まで着せない様な物言いのできる相手が警官というのも中々に凄い。


「警官まで出てくれば、とりあえず向こうさんも易々と手を出しては来ないだろ」


 そこで天子は大きく欠伸をして、身体を伸ばした。

 美奈子も大分疲れが溜まっていた、今朝から休む暇もなかったのだ。

 単純な肉体の疲労もだが、何より精神的に参っており、もはや危機的状況であろうともそれを感知して怯えるのも何処か億劫になってしまっている。


「さて、援軍が到着するまではまだ油断は出来ないからね、眠気覚ましと親睦も兼ねて何か話しでもしようか」


 油断は出来ないと言った天子の方もだいぶ疲れているのだろうか、先ほどの欠伸と言い、どこか緊張の糸が切れている様だった。

 何か話しでもしようか、と聞かれ美奈子は何か話題を探してみるが正直半分寝かかっている頭の中では中々出てこないものである。


「気になることとか無いのかい?例えば、ほら私は魔法少女じゃ無いのか?とか」


 苦笑しながら天子は美奈子に助け舟を出す。

 天子としても誰かに起きていてもらいたい心境なのだろうか、と美奈子は思った。



「私は魔法少女では無いのか」という発言だが、言われてみれば確かにそうだ。天子自身が魔法少女であればそもそもヒットマンが来ようとも自分だけでなんとか対応できるだろうし、わざわざ警官を呼ぶ必要もなかったはずである。


「私は魔法少女じゃないよ、ただの人間のくせに魔法少女使って商売しているからこんな目にあって慌ててんだよ」


天子は自嘲気味に鼻で笑う。


 美奈子としては意外だった。

 例えば幸子のような魔法少女を自身の下に置くならば、自分自身も何かしらの力を持っていないと寝首を搔かれかねない。

 現に魔法少女を統制下に置いていた暴力団は叛逆に合い、彼女たちに取って変わられたのである。

 それはつまり、美奈子のまだ見ぬ能力に次第によっては天子にとって変わることも可能である事を示唆している。


「余計な事は考えない方が良いよ」


 美奈子の思ったことを見透かしてなお余裕があるといった感じで天子はほくそ笑む。


「さっきも言ったろ?アンタがさっき飲んだ”魔薬”アレが無いとアンタはこれから生きてちゃいられない、アレを手に入れるパイプや金があんたにあるかい?」


 美奈子は必至で手とかぶりを振り、自分が天子に歯向う意志など無い事を必死で伝えた。

 そもそも入社一日目で社内クーデターを考えられるほどの頭と野心があれば、美奈子はここにはいないだろう。


 そんな美奈子を見て天子は声を上げて笑う。


「まぁ、今の日本の裏社会なんて魔法少女が筋者押しのけて居座りついたようなとこがほとんどだから、私も他人事じゃないけど」


 魔法少女と言う存在が、過去の暴力団と呼ばれる組織にとって変わったのは周知の通りだ。


 しかし、その理由とはなんなのだろうか考えた時に、先ほどの天子の言葉に合った魔薬の事が美奈子には引っかかった。

 恐らく、魔薬の供給という弱みを握り、魔法少女たちを過度に抑圧・統制していたのが理由ではないだろうか。


 天子はどうなのだろう。


 幸子という前例がおり、また、今日初めてあったとはいえなんとなく天子の人間性も分かった気がする。

 そもそも、この先の心配を今していても仕方がない、天子も言っていた、まだ油断は出来ないと、無事に麻を迎えられるかも分からないのだ。

 それからのことはその時考えればいい、だから、いまは、すこし……




寝てしまったか。


 隣で眠る美奈子を見て、天子は小さくため息をつき苦笑した。

 無理もない、今日と言う日が美奈子にとって長い1日だったのは想像がつく。


 しかし、望んでヒモに雁字搦になるようなどうしようもない悲劇のヒロインかと思っていたが、存外に芯が強い、と言うより図太いのかも知れない。

男をヒモにしていたのも実は何か打算があったのではないか。


天子は鼻で笑う。


 腹芸の出来るような人間がむざむざと自分のような人間の餌になるものか、おまけにこの状況下に置かれてなお逃げ出さずにいるほどの愚直さである。


 ただのお人よし、いや少々度が過ぎる気もするが。


「ただ、このお人よしを巻き込んだ落とし前は付けて貰わないとねぇ」


 天子は地面をコルトの銃口で軽く叩きながら思案する。


さて、誰にどう落とし前をつけてもらうかだが……。


 敵は一人だろう、それは実行犯としての意味でだが。

 もし、仮に複数人だった場合、自分なら煙草をすり替えて外に誘き出すようなまどろっこしい方法はとらない。

 窓を突き破るなり、ドアを蹴破るなり無理やりにでも押し入って数の暴力で自分を袋にすれば良いはずである。


 しかしである、敵は一人だったとしても、方法を選ばなければ何時だって自分を殺れたはずである。

 先ほどの煙草の件にしたって濡れた煙草では無く、爆弾にでもすり替えてしまえばその時点で美奈子共々自分は死んでいた、おそらく敵はそのような能力を持っているはずだ。


 そうしなかったのは出来るだけ目立つのを避けるためだろう。


 しかしである、煙草が爆弾に突然すり替わったなど警察が立証出来るわけもないだろうし、事件はその時点で迷宮入り、目立つも何も無い。


 つまり、明らかに殺しが魔法少女の仕業だ、と分かるのを避けるために拙速な行動を取らなかった。


 しかし、何のために?誰に魔法少女の仕業だと分かるのがまずかったのか。 

 確実性に欠けて、やり方が杜撰過ぎる。


 ひょっとすると、敵は事を急いている?例えば、元々は自分の監視が主たる目的でり、その殺害までは予定に入っておらず、何かしらの事情によって予定が覆った。

 準備不足の中で殺害を決行せざる負えなかったとか。


 ここまでくると、もはや何でも理由は考えられる。

 だからこそ、今度は敵が何をしてくるかが分からない。


 ……下手人が誰かについてはある程度予想はついている。


 しかしこの場合、魔法少女もしくはそれを従える存在に目を付けられた、と言うのが根本的な問題である。


誰にどんな恨みを買ったのか……。


そこで天子の思索は遮られた。


 暗闇が日常の喧騒にまで自分の黒いベールで覆ってしまったような静寂、それを切り裂くようなサイレン音が徐々に音を増しながら近づいてくる。


 人を追い立てるその音は正しく番犬の鳴き声の様であり、警察が国家の番犬と自負する理由の一つがこのサイレンではないかと思える。


 天子にすると、このサイレン音には苦々しい思い出しかなかったが、初めてこの音を聞いて安堵の気持ちが出た。


「遅いんだよ」


 サイレンの音に反応したのか、美奈子が目を覚ました。


「あ、すいません、その、すこし……」


 寝ぼけているのか、にゃむにゃむと後半は聞き取れなかった。

 美奈子は大きく伸びをしようとしたが、デスクに頭をぶつけ思うように伸びが出来なかった。


「あの、少し立っても良いですか?」


「あぁ、ごめんよ」


 そういって天子は少し場所をずれてやり、美奈子は這うようにデスクの下から出てゆく。

 いよいよ主張を顕著にしてゆくサイレン音だったが、当然のその音が鳴りやんだ。


「サイレンが鳴りやんだ位置、少し遠いですね……場所を間違えたんでしょうか?」


 大きく伸びをして、腰をのけぞらていた美奈子が外の様子を見に大窓に近寄って行く。


「私の煙草を買いに下のコンビニに行ったんだろ、危ないから窓から離れな」


天子は機嫌悪そうに舌打ちをした。


 よりにもよって、例のコンビニで煙草を買いに行くとは、あの野郎。


 一応、違う銘柄を買うように言ってはおいたが、この時間にサイレン鳴らしたパトカーが急に煙草を買いに来たら敵は私との関係を訝しむだろうか。

 あと、アイツは煙草をいくつ買ってくる気だ?あの万年金欠ギャンブル野郎ならおそらく1箱だけだろうが、普段吸ってない銘柄の煙草を2箱も3箱も買って来られては処理に困る。


2箱……。


「美奈子!すぐに伏せてそこから離れな!」


まずかった!


 天子はブレーキの壊れた車の様に勢い勇んで走りだす。


 私があのコンビニで買った煙草は2箱、一つは濡れた煙草に、もう一つは


 空箱をデスク横のゴミ箱に捨てている!


 敵は事を急いでいる、加えてパトカーのサイレンも聞いているのならば、焦ってどんな手段に出てもおかしくない。


 美奈子の顔が近づいてくる。呆けていた顔が天子が走り寄ってくる事によって見る見る青い表情に変わってゆく。


 ゴミ箱から醜悪な鈍く重い物が落ちる音がした。


 音を聞いた天子は美奈子に飛びかかると、そのまま抱きかかえるように地面に体ごと伏せた。


 空と大地が揃って癇癪を起こしたような轟音が鳴り響いた。

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