第6話

「うちも最近人手不足でね、アンタが魔法少女になるってんなら大助かりだ」


 美奈子は、自身が魔法少女になれ、と言われた事に驚いたが、若干の興奮も覚えていた。

 今でこそ規制と自粛のせいで滅多に見なくなったが、美奈子が生まれる少し前にはテレビアニメで堂々と魔法少女が出るアニメなどがやっていたものだ。

 この歳になってあのようなファンシーな恰好をしたいとは思わないが、しかし異能の力や存在についての憧れ、と言うのは少なからずある。


 しかし、あくまで魔法”少女”であって、自分は現在22歳、社会人としては1年生だが少女というにはいささか年齢を取り過ぎており、天子のいう資質を満たしているのか甚だ疑問ではあるが。


「あの、どうやったらなれるんですか?」


 少しだけ声の調子を上げて喋る美奈子に対して、天子の顔はむしろ厳しい物であった。


「その粉飲んだら、多分なれるよ」


 多分とはいい加減な話である、美奈子は顔をしかめた。


「魔法少女ってのは誰でもなれるわけじゃない、なる為の資質ってのがあるんだがこれが良く分からない」


「良く分からないって、それじゃ手当たり次第に女性へ魔法少女にならないか?って声かけているんですか?」


 しかし、それならわざわざ自分だけここに呼ばれている理由が分からない。たとえば、彼が地方で保証人にしていた女性たちを手当たり次第ここへ集めて魔法少女になれるかどうか試せば良いのだ、天子と言う人物はそのくらいの事をしそうではある。


「けど分かっている所で確実に必要な条件ってのがある、処女じゃないといけない」


「……なるほど」


 だからこそ自分が選ばれたのか、美奈子は複雑な気持ちになった。


 しかしそれを不幸中の幸いと思い魔法少女になれる可能性があるのならば、と美奈子は薬包紙に手を掛けようとした。


「待った」


 天子は厳しい口調で美奈子を制する、表情は険しいままだ。


「魔法少女になった後で、こんな話は聞いてないだとか知らなかったって言われてもお互い嫌な思いするだけだからね、そこんとこフェアに行くのが私の流儀なんだよ」


 今更フェアや公平とどの口が言うのだろうか、今の状況だって美奈子に大分アンフェアな出来事があった故である。


「アンタ、兄弟はいるかい?」


「いや兄ですから!男ですし!」


「いるんだね?」


「あ」


 やってしまった、美奈子には3つほど歳の離れた兄がいる。

 実家にいたころの美奈子に異性の、それも特に同年代の異性とはほとんど関わりはなかった。

 唯一あるとすれば、この兄の存在であったが、そもそも異性として認識するのが間違っている存在である。

 今は独立して一人暮らしをしているが、美奈子と違って九州にいるため頻繁に実家に帰っているらしい。


 が、先ほどの質問の素振りだと天子は兄の存在に気づいていたかが怪しい。そこに新たな親族の存在を仄めかしてしまったのは下策であった。


「兄は関係ないですよね……?」


 美奈子は恐る恐る尋ねた。


「無いわけじゃないよ、と言ってもアンタの親御さんにだけどね、アンタが魔法少女になった場合アンタからの孫は諦めてもらう事になるから」


「え?」


「魔法少女になる時にね、股から腹にかけて中身をぐっちゃぐちゃにされるのさ、ガキなんざ拵えるなんてなりゃ男の方から願い下げちまうような感じでね」


 天子は美奈子の腹部辺りを指差し、そこに円を掻回す動作をした。


「それにガキが作れなくなるだけじゃない、魔法少女ってのはさっきも言ったように世間じゃ災害扱いだ、台風や地震と一緒のバスや電車に誰も乗りたがらないだろう?それにあんたが何しなくたって、魔法少女が勝手にあんたに突っかかってくることだってある、それで大惨事になりゃ周りはいい迷惑さ、あんたのせいだろうが無かろうが世間はあんたを白い目で見るよ?」


 天子は、先程の安易な気持ちで目の前の粉に手を出そうとした美奈子を責めるように見据える。


 美奈子は気後れしそうになるのを、そもそもの原因を作った人間が何を言うか、と思う事によって耐える。


「後、これについても説明しとこうか」


天子は机の上の薬包紙を指さした。


「これだけどね、あんたが想像したような違法な某じゃない、成分だけ見ればただのデンプン、小麦粉と一緒さ」


 天子は机の上のメモ紙とペンを取り文字を書いた。雑多で気怠そうな天子の雰囲気からは想像できない、丁寧でバランスの取れた字で”魔”という文字と”隔世”という文字を書く。

 そして、今度はそのメモを指さした。


「ただ、ウチらじゃこの粉を魔薬だとか隔世剤だとか呼んでてね、まぁ呼び方は単なるダジャレだけど、正しく名は体を表すだ、魔法少女たちにとっては麻薬も一緒、こいつによって人間をやめちまう、そしてこいつを継続的に体に入れなけりゃ魔法少女たちは人間として死ぬ」


「人として死ぬ、というのは……」


「クスリやってるやつと一緒さ、クスリが切れると最初はイライラして、日増しに自分って間隔が無くなってきて衰弱してく、そんで生きる気力なくなって、最期は文字通り死んじまう、自分でね」


 天子は首を切るジェスチャーをした。


「魔法少女になったら一生薬漬け、今はウチの会社があるから魔薬を安定して供給してやれるがウチが無くなったりすりゃただ路頭に迷うじゃすまない事になるんだよ、24時間戦える類稀なる愛社精神を嫌でも発揮してもらわないといけない」


 そこまで言って天子は一息ついた。

 そして、また新しい煙草を取り出し、火をつける。


「ここまでの話を聞いて、それでも魔法少女になるかい?私としてはスケベな親父共相手に稼いだ方がいくらかマシだとは思うけどね、さっきも言ったろ?あんたなら良い客が付くって、案外どっかの金持ちがあんたを身請けしてくれるかも知れないし、良い男だって見つかるかも知れん、きれいな体になった後に実家に帰って花嫁修業するのだって良い」


 しばらく黙っていた美奈子は不意に口を開いた。


「……あの、天子さんはどうして私を選んだんですか?」


 訝しむような目で天子は美奈子を見た。


「例えば彼のせいで借金に泣かされた女性ってたくさんいて、例えばその中には私なんかよりも全然可愛かったり美人だったりする人だっていたかも知れないのに、それにその人たちに男の人の相手をさせた方がよっぽど早くお金だって集まりそうなのに、なんで私を選んだのかなって。」


「……あぁ、なるほど」


 訝しむように美奈子を見ていた天子だったが、得心したように頷いた。


「私があんただけを選んだのは実はあんたに魔法法少女になって貰うのを期待しているからって?そりゃなってくれれば嬉しいけどね、ただ、あんたを選んだってのはあんたしか担保になる女が残ってなかったんだよ、他の女は他の闇金業者の食い物になってしまっててね、元締めさんが債権買い叩いたところでああいう業者はそれを知らん顔で絞れるところから絞り取るんだよ、他の業者の金づるに手を出して揉めたら面倒だろ?」


 そこで、天子はまた新しい煙草に火をつける


「大体ね、さっきの独り言聞いてた時も思ったけど、あんたは誰かに必要と感じてもらって自分の存在価値や意義ってのを感じる、とかそんな人間なのかい? だとすりゃ、魔法少女なんてそれの対極にいるような鼻つまみ者の集まりだよ?自分で提案しといて何だけどあんたにゃとても向いてるとは思えないんだがね」


「……なら、なんで魔法少女になれなんていったんですか」


「だから、一応選択肢の一つとして話とかないと、客取り始めた後に魔法少女になりたかったなんて文句言われたくないからね、ただ、実際あんたはやめとい……」


 美奈子は薬包紙を手に取ると、薬包紙ごと口に含んだ。

 そして、それを目の前のオレンジジュースで咽ながら流し込む。

咽せる度に口の端からはオレンジジュース漏れ出る。一度口に含んだ液体がコップに戻り、それを再び口に無理やり飲み込む。

 天子はそれを呆れた様な驚いたような茫然した顔で見ていた。


「……あんた、ホント筋金入りの馬鹿だね」


 何度か咳きこみ、息を切らす美奈子。


「逃げ道……逃げ道作ったら、多分……また同じようになると思うんです……」


 まだ、呼吸の整わない美奈子は途切れ途切れで話す。


「多分、天子さんが言われるように私には向いてないのかもしれないです、けど、だからこそ」


「敢えて厳しい環境に身を置いて、なんなら今までの自分とは違う存在になって、違う自分に生まれ変わろうって?」


 息を切らしながら喋る美奈子に変わって天子が後を付け足した。天子は額に手をやりうなだれている。


「ホント馬鹿だねぇあんた、そんな理由で簡単にまともな人生放り出して……今更言っても仕方ないか」


「はい、だって男に簡単に騙されて知らぬ間に借金を背負ってしまう女ですから」


「もう、後戻り出来ないよ?」


「えぇ、だから魔法少女になりました」


 美奈子は苦しそうに笑う。


「それじゃ、あんたは本日付けでウチの社員だ、改めて宜しく」


 天子も苦笑しながら手を差し出した。


美奈子はその手を取った。

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