第3話

「ねえ、伊月さん」

 給食の時間は、最も油断をしている時間である。

「んむぅ?」と食事を頬張りながら返事をして相手を見る。

 転校二日目。お昼ご飯。さっそく数名の女子に囲まれて、なんだなんだと身構える。ただし、ごくりと飲み込んだのは生唾ではなくコッペパンだ。

 話しかけてきたのは三人の女子生徒逹。似たもの同士なのだろうか。雰囲気がとてもよく似ている。

「今日八ヶ谷くんと登校して来たでしょ?」

「昨日もいきなり二人でどっか出て行ったし」

「もしかして、もう付き合ってるの?」

 はああああああああ!??

 一瞬で頭に血が上った。しかし、三人娘は止まらない。

「八ヶ谷くんさ、昨日伊月さんが教室入って来た時から変だったもん!」

「あれは一目ぼれだよ」

「運命の相手なんだよ~!」

 いやいや待て待てそれは無い。断じてない。決してない。ありえない。

 自慢じゃないが私はモテない。世の中にかわいい女の子がこんなにあふれている中、敢えて私を選ぶ人間が居るわけがないだろうが。

 隣でもぐもぐとパンを頬張る四宮ちゃんにちらりと目を向ける。

 はい、かわいい。

 かわいいしかない。

 こういう娘になら一目で惚れるわ。寧ろもう惚れとるわ。いや、あくまで友達としてね。うん。

「ちゃうちゃう誤解やし」

 兎にも角にも誤解はまずい。早々に解いておかなければ。これはお互いの為である。

「転校生やし、物珍しいだけやろ?」

「まあ、学級委員だし、案内くらいはするかぁ」

「えーつまんない」

「もうちょっとコイバナしたい」

 三人娘はつまるところは退屈していたらしいです。

 あっさりと新しいネタを探し始めた。

「前のガッコに好きだった子とか居た?」

「最後の日に告白されたり」

「遠距離恋愛になっちゃったり」

「ええええ?」

 これは困った。

 本当の本当にそういう話題には貢献できない。

 こんな私が、そんな甘酸っぱい人間に見えるのだろうか?

 いや、黙っていれば大人しく見えるとはよく言われる。

 しゃべらなければ、ごまかせるよとも。……ごまかすってなんやねん。

「じゃあ初恋話でもいいよ」

「もう皆のはあらかた聞いちゃったから」

「聞き飽きたから」

 うーん。それならなんとかならなくもないかもしれない。

 そもそも転校生なんやから、皆と早く仲良くなりたいし。

 こんな所で初恋の話をしたところで、んやし。

 そう思ってしまえば記憶をたどるのはすぐだった。

「んーと…あれかなぁ?小学校上がったばっかりくらいの頃か…近くの公園でいつも一緒になる男の子が居てさ」

「ただいま仁藤!いや~腹減った~!お待たせオレの昼ご飯」

「煩い。昼食くらいは静かにしろ」

 うるさいのが戻って来た。さっき関係を疑われたばかりなので若干意識しないように意識してしまう。

 関係ない。関係ない。今はクラスメートとの憩いの時間だ。

 私は雑念を振り払って、思い出の引き出しをひたすら漁る。

「向こうが『りくちゃん』って呼ぶから、こっちも『みーちゃん』って呼んでてさ」

「ほうほう」

「ふむふむ」

「来ました幼馴染系!」

 三者三様で相槌を打ち、三人娘が目を輝かせる。

「―――どうかしたかハチ?」

「いや、なんか、ちょっと…ヤバい」

 なにやらヤバいらしいが、私には関係ないので気にしない。

 ……気にしないのだ。

「なんかめちゃめちゃかわいい子やってさ、最初女の子と思ってたんよ。多分近所の子やねんけど、あだなしか覚えてないし、もう会ってもお互い分からんやろうなぁ」

 他人のこんな話の何がそんなに面白いのか、しかしこんなに興味深く聞かれると悪い気はしない。なんだか妙に口の滑りが良くて、私もだんだん乗って来ている自覚があった。

「なんかすっかり一緒に居るのが当たり前みたいに思っててさ、本音とか言える相手でもあったし、そんなんやから、ある日急にお別れが来たときはショックやったなぁ。あれが、私の初恋やったんやろうなあって今は思うかなぁ?」

 なんだか気恥ずかしい話ではあるが、子供の時分なのでどこか他人事でもある。

 と、そんな話をしていると、

 ―――ガタガタン!

 げえほげほと咳込む声と共に後ろの方が騒がしくなった。

「おい大丈夫か?…汚いな」

 一緒に食事をとっていた眼鏡の男子生徒に何故か縋りつくような体勢でむせている八ヶ谷水城をなんやなんやと見ていると、こちらに気が付いた彼と視線が合った。

「ひゃ―――」

 みるみる内にその顔面が赤くなる。

 飲み込むのに失敗して器官にでも入ったのだろうか?

「あ、あのっ、オレ、オレも…―――や、イヤイヤイヤなんでも、ないっす!!」

「さーせんっしたーーー!!!」と叫びながら、騒がしい少年は一人で教室から逃げて行った。

 一体、なんだったのだろう?

「はっちゃん大丈夫かなぁ?」

 四宮ちゃんは天使である。そんな優しい天使に「ほっときほっとき」と笑いかけ、私は残りの食事に取り掛かる事にする。

 三人娘も満足してくれたようだし、役目はまっとう出来たという事でいいだろう。



 まったく、私にコイバナは向いてない。

 こんな話は最初で最後にしよう。

 つくづくそう思った。

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