第2話

 子供の頃、大好きだった友達と、別れた記憶。

 悲しくて、寂しくて、つらかった。

 大好きな人と別れるのは、とてもつらい。

 だから、

 もう、あんなおもいは沢山だと思った。


 学校の時間があるからと、挨拶も説明もそこそこに、オレとりくは家を出た。正直オレもあまり事情が飲み込めてはいないんだけど、まあ、父さんのやる事にオレがどうこう言う事でもないし。

「まあうちも部屋をもて余してたから、丁度良かったんじゃないかなぁ」

「そんな問題なん?」

 あの家は、オレと父さんの二人には広すぎる。それは事実だ。そもそも二世帯を想定して建てられた家らしいし。父さんには奥さんもいないし、どうせ暫くはその予定も無いだろうし。

 それに、父さんからすればオレに寂しい思いをさせずにすむし、むしろありがたいんじゃないだろうか。

 どうやらりくは、無理もないけどめちゃくちゃ遠慮しているようで、どうにも気乗りしない様子だ。オレに対してもどう接すればいいのか計りかねているらしく、今もオレの少し後ろをウロウロ付いてきながら、声に昨日の元気がない。

 気を使ってしまう気持ちは分かるから、オレに出来ることは彼女の気を少しでも紛らわせる事くらいしかない。

「子供はさ、気にしなくたって良いんだって」

「ちゅーか、うちのおかんとそっちのおとんはどういう関係なん?」

「友達だって言ってたよ」

 会社の付き合いで偶然入ったお店で、懐かしい友人と再開したとは聞いていた。

 父さんがあんなに嬉しそうに興奮して話してくれたのは久しぶりだった。

 まさか、女の人だとは思わなかったけど。

 そしてまさか、昨日転校して来た女の子が、今日からうちで一緒に暮らす事になるなんて、ほんとのホントに嘘みたいな話だ。

 オレだって多少なりとも動揺はしている。

 今だって緊張で声が裏返ったりしないか、寝癖はついていないか、気が気じゃない。

 なんたって、昨日あれだけこれからどうやって仲良くなろうか考えまくって、舞い上がった結果散々空回ってドン引きされたばかりなのだ。

 いきなりこんなに大接近出来るなら、あんなに焦る必要なかったんじゃないのかオレ。

「それにしてもりくのお母さんって美人だね。若いし」

「そっちのおとんこそ」

「ははは。もしかしてりくって年上好き?うちの父さんは格好良いし、優しいし、独身だからお勧めだよー」

「……そんなんちゃうわい」

 よしよし、少しは元気出てきてくれたかな?

 本当にそうだったらちょっと困るんだけどさ。

 うちの父さんとりくの『おかん』さんは同級生だったと言っていたから、二人ともまだまだ若い。けれど、恋人って感じではなさそうだ。今朝見た二人は、どちらかというと姉と弟のように見えた。

 少し歩調を緩めて隣に並ぶ。折角一緒に歩くなら、隣が良い。

 りくの、一つに結んだ長い髪が揺れるのを眺めていると、ふいに彼女がこちらを向いた。

「なに?」

 見られるのに慣れてないのか、居心地悪そうに困った顔を見せてくる。いったい何度、この日が来るのを夢見ただろう。

 「これからさ、」とオレは自然と緩む頬をさりげなく撫でながら、その温度を実感する。天気がいいから、ほっぺがあったかい。りくと居られるなら、オレは冬だってぽかぽかだ。

「仲良くしよう、な?」

 りくからは返事の代わりに「ううう」という唸り声と、真っ赤な困り顔が戴けた。

 相変わらず、押しに弱いなぁこの娘は。


 りくは、気付いていないけど、オレは彼女を知っている。


 オレに気付いた時、この子はどんな反応をするだろう?


 オレは、どう思うだろう?



 子供の頃、大好きな人と別れたあの時の思いが忘れられないから、もう二度と、あんな思いはしたくなくて。

 だから、今度は後悔しないように、したいと思う。


 これから、少しでもいい。

 ほんのちょっとだって構わないから、


 仲良く、仲良く、なれるといい、な。

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