1.ある画商の家にて

 私が思うに、マルユスは自殺です。


 マルユスとは小さな頃から親しくしていました。私の方が年上でしたから、彼は私を兄のように思っていたようで、悩みや困ったことを打ち明けてくれました。ですから、彼の性分は、他の人よりも分かっているつもりです。


 私が思うに、彼は真面目すぎました――始まったばかりの画家生活が少しうまくいかず、それで思い詰めてしまうには十分なほどに。しかし、彼が自殺だと考えている根拠は、それだけではありません。


 彼と最後に会ったのは今から一月前――彼の死の一週間ほど前、一緒に酒を飲んだ時です。下戸で、しかも酒好きでもない彼から誘ってくるとは、不思議なこともあるものだ。しかし晴らしたい鬱憤があるのだろう。私はそう割り切って誘いを受けました。


 彼は最初の一杯ですっかり赤くなりました。しかし、その回らない呂律で蒸留酒を頼み、グラスを受け取るや否や泣きそうな顔でそれを空けました。そして、私がたしなめるのも聞かず、立て続けに三、四杯を飲み干してしまったのです。


 彼の抱える感情は、私が思っていたよりも深刻らしい。しかしそれについて話しそうにない。ならばこちらから切り出してみようか――そう思った時でした。


「僕の……」


と云ったかと思うと、彼は雷に打たれたように立ち上がりました。見たものを射殺すほどに恐ろしい光を、両目にぎらつかせながら。


「僕の絵を誰かが切り刻む……キャンバスを、何枚も、びりびりに! いや、誰かは分かっている……奴だ。奴だ、あの、恐ろしい悪魔のような――」


 彼は熱病に冒されているような形相で、血を吐くように続けました。


「どれだけ足掻いても僕はお前に追いつけない! そしてお前は僕を指差して嗤う……ああ、忌々しい悪魔! お前の胸を一突きにしてやる。この手で息の根を止めてやる!」


 彼はテーブルのグラスを取り上げると、あたかも悪魔を刺すナイフのように振り下ろそうとしました。そして、私がとっさにグラスを奪おうと手を伸ばした途端、彼はその場に崩れ落ちたのです。グラスは彼の手から床へと転がりました。


 寝息を立てはじめた彼を見て、私は呆気にとられていました。今までの騒ぎようからは想像もつかない、なんと安らかな、少年のような顔であることか――。


 とにもかくにも、私は店を出ました。彼を担ぎ、やっとのことで彼のアパートに着くと、扉の鍵が開いていました。


 部屋には女性がいました。


「ああ、よかった。なかなか戻ってこないものだから、心配していたんです」


 マルユスの恋人であるその女性――リエンデさんは、そう云って笑みを浮かべました。


 私は、リエンデさんとはそれまでに数回しか会ったことがありませんでした。しかし彼女は珍しいまでの幼顔、また素直で気立ての良い人でしたから、それではっきりと記憶していたのです。


 私はリエンデさんに手伝ってもらって、眠っている彼をベッドに横たえました。それから少し彼女と話した後、アパートを出ました。


 マルユスはリエンデさんに殺されたのではないか……そんな噂もあるようですが、私は断じてそれはないと信じています。彼からは、リエンデさんとの不仲を窺わせることなど、一つも聞いたことがありませんでしたから。

 

 それに何より、彼女が人殺しをするなど考えられません。あの優しい、咲いたばかりの野花のような人が、そんな恐ろしいことをするはずがないのです。

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