第55話 アーデルハイト皇女の想い
ビアンカが使った茨姫は、この世界の人族や魔獣が持つ魔法器官に直接働きかけて魔力の発動を阻害するため、たとえ魔法使いであっても拘束することができる。
茨姫から逃れるには魔法ではなく物理的に茨姫の蔓を切断する必要があるのだが、そもそも拘束されているので物理的に切断するすることは不可能だ。
この魔技から逃れる術がないのには拘束魔法として完璧なだけでなく、対抗手段が研究されていないという要因もある。なぜなら、この魔技を使えるのはアルフェラッツ王国だとフレッチャーとビアンカ、そしてツバサ・フリューゲルの元婚約者ジュリエッタしかいないので、ありふれた魔技ではないからだ。
その茨姫の蔓で雁字搦めにされたカトラスが、椅子に座って寛ぐフレッチャー達を恨めしそうに見つめている。
カトラスとしてはプライドを傷つけられて悔恨の念に絶えないだろうが、魔法師団の団長としてそれほど悲観する必要はない。なぜなら、フレッチャーは同胞であるカトラス達を殺すつもりはないし、何より当初の目的であるフレッチャーの足止めに成功している。つまり、カトラスの作戦は結果オーライなのである。
もし、問題があるとすれば、ずたずたになったカトラスのプライドだけだ。
「次こそは……」
「兄貴、もうやめときましょうや。相手が悪すぎるっす」
「お前は俺がフレッチャーよりも弱いと思っているのか?」
「はっきり言っていいでやすか?」
「いや……、それを聞いたら立ち直れなくなりそうだから言わんでいい」
「魔法で負けたくらいで落ち込まないくだせぇ……」
「そうだな……」
一方のフレッチャーは少しだけ困っていた。
それは彼の逃亡劇を知ったアーデルハイト皇女がしきりに帝国への亡命を勧めて来るからである。
「フレッチャー様、帝国は貴方様を歓迎いたしますわ」
「アーデルハイト様、私は三年ほど帝国と戦ってまいりました。その間、多くの帝国兵を犠牲にしてきたのです。つまり、帝国の民からすれば私は大罪人。処刑されることはあっても、歓迎される道理はございません」
「それは戦争のせいですわ。フレッチャー様に罪はありません」
「殿下、それは詭弁でございます」
王国と同様に帝国の兵士たちにも親兄弟、そして妻や子供が居たかも知れない。
戦争という名の殺し合いで親、夫、そして兄弟を失い、残された家族はどうしたらいいのだ。
フレッチャーは帝国でも名の知れた大魔導師だ。もし、フレッチャーの亡命が知られたら、帝国の人民達はフレッチャーを吊るそうとするだろ。
アーデルハイト皇女が何か言おうとする前にヴィルフリート皇子が口を挟んだ。
「アーデル、フレッチャー様を困らせてはいけないよ」
「でも、お兄様……」
皇子は首を振って皇女の発言を静止した。
兄の悲しい顔を見て、皇女はそれ以上言わなかった。
決して聞き分けのいい皇女ではない。だが、フレッチャーの亡命にはそれなりのリスクが伴うことを彼女も理解しているのだろう。
アーデルハイト皇女がこれほどまでフレッチャーの亡命に拘っているのには理由がある。
フレッチャーは先の大戦前にアーデルハイト皇女の病気を治療した経緯があるからだ。
皇女の病気は魔力器官亢進症といい、死を免れないはずの難病だった。
それが王国の大魔導師マックス・フレッチャーによって難なく治療された。
正確には根治ではないが、幼い皇女からすればフレッチャーに命を与えられたように感じたことだろう。
はじめは命の恩人として慕っていた。それは確かだ。
しかし、彼女の成長と伴に、その想いが恋愛へと変化していったが、その変化に気づく身内は存在しなかった。
実の兄のヴィルフリート皇子でさえ、今回の無茶な強攻策は治療のためだと勘違いしていたのである。
アーデルハイト皇女はその想いを伏して偽装商隊に同行したのは、魔力器官亢進症が再発したためだということをフレッチャーに告げた。
「だからといって偽装商隊に便乗して来るとは、ずいぶん無茶をしたものですね」
いくら皇位継承順位の低い皇子と皇女であっても、皇族のとる行動ではないと、フレッチャーは非難しているのだ。
「もっと他にやりようがあったのでは?」
成人して分別があるはずのヴィルフリート皇子も俯いてしまった。
「申し訳ございませんフレッチャー様、どうしてもフレッチャー様にお逢いしたくて……」
だが今は皇子と皇女の軽率な行動を非難している時間はない。
フレッチャー捕縛部隊が接近しているのだ。もし、今遭遇すれば、帝国の偽装商隊もただではすまないだろう。
「アーデルハイト殿下、戦前とは違い簡単にお逢いすることはできなくなりました。ですが、アーデルハイト殿下がお困りでしたら、いつでもお呼びください。亡命はできませんが、私一人ならどんな手段を使っても助けに行かせていただきます」
「フレッチャー様……」
アーデルハイト皇女とフレッチャーの話を聞いていて、ビアンカ姉弟は内緒話をしていた。
「お師匠様って、こんなに女っ誑しだったっけ? てか、お師匠と皇女様って二十歳くらい離れてないか?」
「昔からロリコンの気があったのは確かだわ」
「そうなの? 俺が知らなかっただけ?」
「ルッツ、あんたは知らなくてもいいことよ」
アーデルハイト皇女と年齢の近いビアンカ姉弟が、誰よりも皇女の行動の意味を理解していた。
そして、その時は来た――
【後書き】
いよいよ次回はクソ勇者が登場する……予定です。
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